足元が大切


 足元が大切

大相撲春場所は一人横綱の鶴竜が順当な優勝で幕を閉じ、甲子園では選抜高校野球が始まりました。
大相撲も東京場所ですと千秋楽には千賀の裏部屋の打ち上げパーティに招かれますが大坂では声も掛かりません。
若い頃は血沸き肉躍った甲子園の高校野球も、ちらとテレビで経過を見る程度です。
もうすぐセ・パ両リーグ共々のプロ野球開幕ですが、私の世代の男は皆野球少年でしたからこれは楽しみです。
さて、テレビのニュースでは上野公園の桜が満開で、大勢の人で賑わっている光景が映されていました。
コメントによると例年より一週間以上も早いそうですから、地球温暖化は急速に進行中なのが理解できます。
ならば、今日25日(日)の午後になれば、近くの桜の名所は満開かも? そんな予感もしました。
とはいえ、私の住む埼玉県久喜市栗橋は県北のいなか町、それでも桜の名所はあります。
栗橋町と隣接する幸手市の北の端に「権現堂堤」があり3月22日(木)~4月10日(火)が桜祭り期間です。
この「権現堂堤」は季節毎に、桜、菜の花、紫陽花、水仙それぞれに見頃には祭りもあり、露店も出て賑わいます。
まだ早いと承知しながらも「ちょっと様子を見て来る」と家人に言い残してマイカーを走らせました。
どうやら渋滞を抜けて桜堤を眺める距離まで来たところでガッカリ、桜はまだ三分咲きです。当然ながら堤は花見の客で溢れ周辺道路は大渋滞、近くの畑や空き地は1回500円の臨時駐車場に化けての荒稼ぎです。
三分咲きでは駐車場にを止める価値もありません。そこですぐ先でUターンしてまた渋滞を抜けて地元へ戻りました。
そこで映したのが掲載の写真、例年、母親と来ていたのですがこの1月に母が逝き、今年は母抜きです。
この場所は、住まいから50メートルほどの距離にある地元の公園と並ぶ私の二大花見場所です。
この開花状況からみて来週の週末は満開に間違いありません。
通りがかった車を止めて、運転していた若者に撮ってもらったこの写真をご覧ください。

用水路の左右両岸に咲く染井吉野桜が満開になるとどうなるか? 想像できますか?
しかも、ご覧の通り、両側に車も人も姿がありません。
多分、来週もこんな状態で、孫達を誘って弁当を食べにくる我が家だけのお花見になるはずです。
しかも、前述の大渋滞の「権現堂堤」は目と鼻の先、世の中矛盾だらけです。
ここで分かることは、日本の文化であるお花見は、人で混んでいるほど名所なのですね。
人が来ない桜の名所があるはずないと思っている人に見せたいほど、満開時のここの桜は見事です。
ところで、今日25日(日)、長野県の八ケ岳連峰で7人の登山者が滑落し男女3人が死亡、4人が怪我で入院しました。
情報によると、阿弥陀岳(あみだだけ・2805メートル)の南稜(なんりょう)から25日午前8時35分ごろ、ザイルで繋がった7人が滑落したのを、後続の他の登山者グループが目撃して通報したとのことです。通報が早かったことで県警ヘリコプターによる救助隊の出動が早く、死亡者が最低限で済んだことが不幸中の幸いでした。
茅野署の発表によると、滑落したのは関西地方から来た登山グループで30~60代の男女7人だったそうです。
私は、19~22歳まで山男でしたが、友人が八ヶ岳連峰の旭岳で1月の雪中登山で滑落し、その死体探しに雪解けで遺体発見の五月の連休まで週末利用で八ケ岳通いをしましたから雪中の稜線歩きの恐ろしさを嫌と言うほど知っています。
友人もそうでしたが、トップは両手に持ったピッケルで左右に雪かき(ラッセル)をして先に進みますから体力が要ります。したがって、トップはこまめめに交代しないと疲労が重なって脳が疲れて幻覚症状が出ることもあり足取りが乱れます。その上、風で雪が片寄りますから南側に大きく雪庇が出来、稜線の真ん中を歩いたつもりが稜線から南寄りの雪の吹き溜まりに体重を掛けてしまって滑落するのです。私も何度かそれをやりかけてとっさにピッケルの尖った先を深く差して滑落を止めた経験がありますが、それも日頃の練習の成果で遺体探しの合間に仲間と交互に滑落時の訓練を飽きるほど繰り返したものです。
いずれにしてもトップには体力と集中力が必要で、足で地面の硬さを確認しながら一歩一歩を進み、片足を雪庇に乗せたら、すぐ反射的に地面を踏んでいる別の足に体重を戻して軌道修正すれば、どうということはありません。
ただ、この関西のグループの登山時は、快晴で雪は少なく、傾斜のきつい難所ではありますが、ロープでの連携でしたから、落ち着いて歩けば何の心配もなかったはずです。
そこで考えられるのは、トップは体力もある若者で責任感があり、疲れても「替わってくれ」が言えなくて疲労が限界を越したところに、突風で体のバランスを崩して足元が揺らぎ、堪え切れずに滑落して仲間を巻き添えにしたものと推察できます。
私は、友人の葬儀を終えた後、墓標を担いで仲間と八ヶ岳に登り、それを機に縦走や稜線歩きをやめ、沢登りと源流のイワナ・ヤマメを追っての渓流釣りに転向し、いまは激流の大鮎釣りにドップリと嵌っています。
そして時々、妙なことに気付きます。
山歩きも水遊びも足元が大切で、一歩間違えれば命に係わる局面がつねにあるのです。
もしかすると、何気なく過ごしているこの日常生活でも、そんな局面が連続していて、私はそれに気づいていないのでは?
ともあれ明日からの一週間、足元を確かめながら一歩一歩ゆっくりと歩んで参ります。