白内障手術記-9


白内障手術記-9

花見 正樹

 台風一過、爽やかな青空が 秋の到来を知らせてくれるはずでした。
ところが今回の台風15号は、消え去って10日以上経過した今も、悪魔の爪痕をくっきりと残しています。
台風15号によって甚大な被害を受けた千葉県では19日現在、まだ停電が続いている,家屋が3万戸もあり、台風の後の大雨にも襲われて、雨漏り、浸水、停電、断水の民家が陸の孤島のように取残されています。東電では、あと数日で全面解消と発表していますが、倒木の処理に手間取って復旧工事は大幅に遅れているようです。
この災害に追い打ちをかけるように、被災者の弱みに付け込み、品薄のブルーシートを持ち込んで、「特別価格で作業します」と、いかにもボランティアを装って屋根に上り、作業後に40万円近い作業費を請求したケースが出ました。
千葉県内では、台風の被害からの復旧に便乗した不審電話なども相次ぎ、警察や自治体では注意を呼びかけているそうです。
それでも水道に続いて電気の復旧も急ピッチで続いています。止まっていた水道の蛇口から勢いよく水が流れた時、停電が解消して電気が明るく室内を照らした瞬間、それまでの絶望的な悲壮感から一転して歓喜と安堵のひと時に変わります。
ところが、停電の時に電気器具のスイッチを切っていなかったり、断水の時に水道の栓を締めなかったケースもあって、そのまま不在だったりしますから、水道も電気も家人の不在中に復旧すると大変なことになります。水道の水が室内に溢れ、電気器具からの引火で、 やっと停電から解放されたばかりの家屋で「通電火災」が発生する場合もあるので注意が必要です。
さて、私の白内障手術の場合は、右眼の手術を終えた翌日、早朝から心ウキウキ希望に燃えて通院した眼科医院で、手術仲間が白衣の天使の手で次々に眼帯を外される度に笑顔と歓声の輪が広がっていました。この情景と今回の千葉県の停電断水解除の喜びに通じるものがあります。
そこで自分の番になり、眼帯が外れて世の中を見回した瞬間、周囲が明るいだけで何も見えず、絶望的になった・・・ここまでは、前回に書きました。

例えに用いるには被災地の皆様に申し訳ありませんが、停電・断水が解除された途端に、断水時に水道の栓を締め忘れた家では、留守中でも水は流れ、停電時にブレーカーを落とさなかった家ではいっせいに通電が開始され、使いかけの電気機器から「通電火災」現象が発生します。喜びの直後に悲劇が待ち受けている場合もあり得るという厳しい現実、私もこんな気分でした。
右眼手術の翌日の朝、眼帯を外して視力ゼロ状態で院長の手術後診察を待つ間、私の冴えない頭の中では、手術の失敗に対して、どうクレームをつけるべきか、手術前の見えにくい目でも何も見えないよりはましだから元に戻してほしいと言うべきか、真剣に考えました。しかし、頭の中はパニック状態でゴチャゴチャですから考えなどまとまりようがありません。
当方の対応策が思いつかないまま、新館の第一診察室に呼び込まれ、薄暗い診察室の中で、主軸と思しきベテランナース二人に囲まれて診察用椅子に座らされ、院長診察が始まりました。
「まっすぐ前を向いて」と、顎を乗せた検眼機の向こうから、院長手持ちの懐中電灯が私の見えない右眼を照射します。
それも一瞬、「はい結構、 大成功です」、これで診察は終了です。
検眼機から顔を上げた私は、見える側の左眼で院長を睨み、ここで一言、と思った瞬間、端正な院長の顔に笑みが浮かびました。
「緑内障がひどいから腫れましたが、一週間もすればよく見えるようになりますよ」
院長の自信に満ちたこの一言で、クレームどころか思わず「有り難うございます」と素直に頭を下げ、「お大事に」と天使の声に送られて診察室を出ました。すると、それを待っていたかのように、順番が私より後の仲間数人が寄ってきて、「どうだった?」と興味津々の様子です。私が「腫れが引けば見えるそうだ」と応じると、「良かったな」と口では祝しながらも仲間達の表情は残念そうです。建具屋のA氏がぽつりと本音を漏らしました。
「カリスマ医師の失敗談が聞きたかったのにな」
こうまで言われると、私の持ち前のサービス精神が黙ってはいません。
「結論は一週間後に・・・」
こうは言ったものの、SU院長の自信満々の口ぶりから、この目は「見えるようになる」と、確信して帰路につきました。