月別アーカイブ: 2017年3月

夢の劇場出演-2


夢の劇場出演-2

芦野 宏

オランピアの舞台は、意外と間口が狭いのである。
五、六歩で中央まで行けるくらいで、これは練習のときによく計算しておいた。
一曲目が明るいテンポアップの曲だったので助かった。私はにっこり笑いながらこの曲を歌うことが出来たからである。
ワンコーラスを終わると間奏がある。私は思わず身構えてしまった。これまで経験したこともない柏手の嵐がきたからである。
「マ・プティト・フォリー」という曲だが、早口のフランス語で歯切れよく歌えたので聴衆が納得してくれたのだと思う。
全部で四コーラス、そのうち三コーラス目は主催者側の要望で日本語にした。
フランス人は意味がわからなかったはずなのに、このときも温かい柏手を送ってくれた。
四コーラス目のころは、自分でも納得するくらい落ち着きを取り戻して早口のフランス語をできるだけはっきりと発音して終わった。
どっとくる柏手と、「ブラヴォー」 の声援。初めての経験である。空気が動いて舞台に立つ私が、風圧を感じてたじろぐほどであった。 こんなアプローズ(喝采)は、その後インドや南米、もちろん日本でも経験したことはなく、一生に一度の思い出である。
のどの渇きをいやす暇もなく、何度も頭を下げて会場を見渡すと、オランピアの客席は奥行きが深くてずっと先のほうまで超満員であることがわかった。


幸福を売る男-1

しあわせ
幸福を売る男

芦野 宏
プロローグ

昭和三十一年パリ、夢の劇場出演

初めて訪れた晩秋のパリは、灰色の曇り日が続いていた。
その日も鉛色の重たい空気がよどんでいた。
朝からソワソワしてちっとも食欲がない。
なにもしないで寝ていようと思って目を閉じるけれど、少しも眠くない。
劇場は夜九暗からなのに、午後三時からオーケストラの音合わせがある。とにかく横になっ㌔いようと思って寝ている。
ギャルソンにポタージュと肉を運ばせて寝
ながら食べる。やはり食べなければならないから……。
昼ごろから一時間ばかりうつらうつら眠り、少し早めに支度して出かける。
オランピアの前に釆たら、私の名前が大きく出ていた。
横文字なのでピンとこないけれど、たしかにジョルジュ・ユルメールの上にでかでかと出ていた。
ロベール・リバの名前はその上に書かれていた。
昼間見る劇場はうす汚くて目立たなかったが、もう日暮れも近いせいか大看板の電飾はキラキラ輝いていた。
マドレーヌ広場に近いこの「オランピア劇場」は、シャンソン歌手の憧れの舞台であり、エディット・ピアフもイヴ・モンタンも、そしてジルベール・ペコーもこの舞台から全世界にメッセージを送ったのである。
日本でいえば歌舞伎座のような格をもつ劇場である。
初めて訪れたパリで、なぜ私がここで歌うことになるのだろう。
信じられないことだが、事実なのである。
だから恐ろしかった。
楽屋はこぢんまりした個室で、小さな鍵を渡されて待っていたが、不安な気持ちはつのるばかりである。
いつもの白い上着は持ってきていないので、黒いタキシードに西陣織の光るネクタイとカマーバンドを着けて舞台に出ることにした。
だれかが 「ムッシュー」と言って迎えにきたので、おもむろに出ていった。
少しもあがっていないふりをしてゆっくり歩いていったが、のどがカラカラに渇き、息苦しくて歌えないような気分になった。
こんなとき日本でなら必ずマネージャーか付き人がいて、「水」を一口用意してくれるのだ。
まだ間に合う。私は迎えの男性に「水、水がほしい」とフランス語で頼んだ。
びっくりしたような表情で、彼は私をトイレに案内したのである。
私はあわてて彼に言った。
「ソワフ」、のどが渇いているのだ、と。
にっこり笑った彼は、ブランデーの瓶を一本持ってすぐに現れた。
アルコールは一滴も駄目で、とくに歌う前はもってのほかである私は、諦めることにした。
もう舞台の袖では私の出番がきていたからである。
司会者が東洋の果てから釆たシャントウール・ド・シャルム (魅惑の歌手)、「イロシ・アシノ」と紹介している。
もうなにがなんでも歌わなければならない。
ああイントロが始まっている。

つづく・・・


ありがとういつまでも巴里

ありがとういつまでも巴里

あの日歩いた道を 今も忘れはしない

夢を見ているような あの眼差しさえも

コンコルドの広場で 歩き疲れた二人

それでも抱き合って 踊ったワルツ

セーヌの川岸で 走りゆく小舟に

ふざけて手を振った 若かったあの日

あれから世界中の旅を続けたけれど

どこの街にきても 思い出すパリ

ミモザの花咲くパリ マロ土エの散るパリ
l
冬の厳しささえも 懐かしいパリ
いつも私達を優しく包んだパリ

初めて私達が 出会った街だから

恋が芽生えたのも 愛を育てたのも

二人寄り添いながら 歩き続けた街
あの日であった道を 今も歩いてゆく

ありがとう いつまでも あたたかいパリ

ありがとう いつまでも 思い出すパリ

 

 


旅への誘い

|

旅への誘い

忘れかけてた虹が甦るように

一筋の飛行機雲が碧空を切り裂くように

突然二人の旅がはじまるのです
ウールの膝掛けを一枚だけ用意して下さい

憂愁の夜を過ごすためです
きん
星の海を渡るには黄金のゴンドラをだします

それからアルジェの宝石箱もお忘れなく
やがて妖精になったあなたは

デ ュバルクの旋律に合わせて

限りなく拡がる世界を踊り廻るのです
あなたと私の旅はもうはじまっています