月別アーカイブ: 2019年4月

アルゼンチンでタンゴの録音-1

幸福を売る男

芦野 宏

Ⅱ 夢のような歌ひとすじ

4、世界一周と海外録音

アルゼンチンでタンゴの録音-1

稲塚保氏ご夫妻のお取り計らいにより、津田正夫大使主催のレセプションが私のために開かれ、各国の人々の前で私はアルゼンチン・タンゴの名曲「カミニート」を歌った。お返しにブエノスアイレスの女優さんがシャンソンとしても有名な「ウマウアケニョ〈花祭り〉」の詩を朗読してくれたときは、涙が出るほど感動した。稲塚氏は私が会いたかった人、「カミニート」の作曲者フィリベルト氏にも合わせてくださった。アルゼンチン・タンゴ発祥の地ポッカの港町に「カミニート」という街角ができて、そこに住んでおられた高齢のフィリベルト氏は、ピアノに向かって私の「カミニート」に伴奏を付けてくださり、「ムイビエン、ムイビエン(素晴らしい)」を連発した。そして記念に「ラ・カンシオン」という歌の楽譜を下さったイリベルト氏のレッスンを受けたので、私は自信をもってオデオン・レコードのスタジオに入った。ディレクターのロペス氏は、中年の陽気な紳士で、日本のディレクターのようにきめ細かいやり方ではなかった。まず「カミニート」を吹き込むことになり、アレンジ・パートが配られて練習に入った。ヴァイオリンを弾く楽士の一人が私のそばに来て、譜面と違う弾き方をしてみせた。「おれはこう弾きたいが、よいか」と言っている、と通訳が伝える。私はロペス氏に任せる、と答えた。そのうち別の楽士がとんできて「おれはこう弾く」と主張する。
他の方からまた別な意見が出て、スタジオは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
稲塚氏は仕事の都合で吹き込みの現場には来られず、部下の方を代わりによこしてくれたが、まだ若い彼はスペイン語が堪能でなかった。若林氏も、まだ着任して日が浅く、どうしてよいわからぬ様子である。オデオン・レコードのロペス氏は英語がわかる人だったので助かった。


南米ブエノスアイレスへ-2

幸福を売る男

芦野 宏

Ⅱ 夢のような歌ひとすじ

4、世界一周と海外録音

南米ブエノスアイレスへ-2

 支配人がやっと納得して急きょ別のホテルを探し、タクシーに荷物を載せて少し離れた、公園に近い静かな宿に着いた。それは森の中の館といった感じのすてきなホテルであり、こぢんまりしていたし、ドアマンも制服をつけて礼儀正しかった。ヨーロッパの田舎にあるような夢のような静かなホテルで、私はその日ぐつすりと眠り、翌日の仕事にべストを尽くすことができたのである。この間、ホテルに訪ねて来られたのは東芝の若林氏で、彼は本社から連絡があって私の滞在中、とくにレコード吹き込みに関してサポートするよう頼まれたとのことである。 そこへ現れたのが、昨夜出迎えてくれた日立の稲塚氏である。「私は日立の本社から、滞在中の面倒をみるように言われている」 というのである。ロビーでちょっとしたゴタゴタがあり、私は離れたテーブルで二人のやりとりを傍観していた。若林氏が納得できない表情で語気を強めたので、どうなることかと成り行きを心配していたが、結局、稲塚氏が私の面倒をみることになったのである。若林氏は単身赴任で若かったせいか、スペイン語の達者な稲塚氏ご夫妻にお任せすることで納得し、東芝側は私がオデオン・レコードで吹き込みをする当日だけ、ずっとスタジオについてくださった。お子さんのいない稲塚氏ご夫妻は、社交的で親切なお二人で、私を息子のように方々へ案内してくださった。

ブエノスアイレスではレコード吹き込みのはかにラジオの公開録音が三本、帰る前日にはテレビの生放送があり、それらは項を改めて後述しょう。相当きついスケジュールであったが、やっと納得するホテルに落ち着き幸運であった。ところが帰る間ぎわになってわかったことだが、このホテルはビジネスの人は泊まらないということである。そういえば妙に静かで、ロビーに人がいたこともなく、大声で話す客もいなかった。いわゆる高級な二人連れのホテルだったようである。知らないということはありがたいことで、私はこの静かなホテルに男一人で泊まり、ぐつすり眠って良い仕事ができたのである。

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4月ライヴスケジュール
※変更になる場合がございます。ご了承ください。

日 時
開演時間 出 演
4月27日(土) 11時~/14時~ 原れい子      ピアノ:中野宏美
4月28日(日) 11時~/14時~ 山添恵子      ピアノ:大美賀彰代
4月29日(月) 11時~/14時~ 小林美恵子    ピアノ:日野敦子

5月ライヴスケジュール
※変更になる場合がございます。ご了承ください。

日 時
開演時間 出 演
5月2日(木) 11時~/14時~ あみ         ピアノ:今野勝晴
5月3日(金) 11時~/14時~ 原れい子      ピアノ:江口純子
5月4日(土) 11時~/14時~ 小林美恵子    ピアノ:江口純子
5月5日(日) 11時~/14時~ 山添恵子      ピアノ:大美賀彰代
5月6日(月) 11時~/14時~ MIKAKO       ピアノ:日野敦子
5月11日(土) 11時~/14時~ 岩崎桃子      ピアノ:日野香織
5月12日(日) 11時~/14時~ 桜井ハルコ    ピアノ:大美賀彰代
5月18日(土) 11時~/14時~ 原れい子      ピアノ:安藤伸彦
5月19日(日) 11時~/14時~ 秋山美保      ピアノ:大美賀彰代
5月25日(土) 14時~ 第3回 村上リサコンサート ~苦しみを乗り越えて~
5月26日(日) 14時~ のど自慢 vol.22

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日本シャンソン館
ゴールデンウィーク イベント
◆シャンソンライヴ◆
出演: 5月2日 あみ、今野勝晴
5月3日 原れい子、江口純子
5月4日 小林美恵子、江口純子
5月5日 山添恵子、大美賀彰代
5月6日 MIKAKO、日野敦子
時間:第1回公演/11:00~、第2回公演14:00~
会場:日本シャンソン館2Fシャンソニエ「ヴェルメイユ」
料金:入館料 大人1,000円、小人(中学生以下)500円
ライヴ料 500円
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◆野外ライヴ◆ (入館料のみでお聴きいただけます。)
出演: 5月4・5日 フレンチカフェ(Keiko&美鶴)
時間:第1回公演/12:00~、第2回公演15:00~
会場:日本シャンソン館中庭 「ル・ジャルダン」
料金:入館料 大人1,000円、小人(中学生以下)500円

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2019年5月3日(金)
原れい子
バースデイ・ライヴ
ピアノ:江口純子
時間:第1回公演/11:00~、第2回公演14:00~
会場:日本シャンソン館2Fシャンソニエ「ヴェルメイユ」
料金:入館料 大人1,000円、小人(中学生以下)500円
ライヴ料 500円
どなたでもお聴きいただけます。どうぞお出かけください♪

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2019年5月26日(日)
日本シャンソン館
新春シャンソン
のど自慢 vol.22
参加者募集中
ご案内:日本シャンソン館館長 羽鳥功二
ピアノ:大美賀彰代
司会:飯塚裕美
時間:14:00開演
参加費:一般4,000円/友の会会員価格3,000円
会場:日本シャンソン館2F シャンソニエ「ヴェルメイユ」
主催:日本シャンソン館
★どなたでもご参加いただけます。
★歌唱曲はシャンソンに限らせていただきます。
★楽譜をご持参ください(お一人一曲)。
★当日の午前中に譜面合わせを行います。
★最後まで思う存分歌って頂けます。
観覧料:入館料(1,000円)のみでお聴きいただけます♪

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2019年7月6日(土)・7日(日)
第57回 パリ祭
時間:16時15分開場 17時00分開演
会場:NHKホール
主催:パリ祭実行委員会、一般社団法人 日本シャンソン協会
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本、
公益財団法人 日仏会館

チケットは好評発売中です♪
※日本シャンソン館ではS席のみ取り扱っております。A席、B席をご希望の方はチラシに記載されているチケットのお申込み先にお願い致します。

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2019年5月25日(土)
第3回
村上リサコンサート
~苦しみを乗り越えて~

出演:村上リサ、中上香代子(ピアノ)
【午前の部】開場;10:30 開演:11:00
【午後の部】開場;14:30 開演:15:00
会場:日本シャンソン館2Fシャンソニエ「ヴェルメイユ」
料金:3,500円(入館料込み)
主催:Office Risa


南米ブエノスアイレスへ-1

幸福を売る男

芦野 宏

Ⅱ 夢のような歌ひとすじ

4、世界一周と海外録音

南米ブエノスアイレスへ-1

 日本からいちばん遠い国、ちょうど地球儀の裏側にあるアルゼンチンは、日本と逆の気候だから、四月といえば秋たけなわである。飛行機は途中ベネズエラのカラカスとパラグアイの首都アスンシオンで給油すると、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスには夜中の二時ごろ到着した。深夜のブエノスアイレス空港に着いたとき、日立製作所の稲塚保氏が出迎えてくださった。初めての外国で西も東もわからない私は、稲塚氏の指示に従ってホテルに直行し、すぐにもシャワーを浴びて寝ようとしたが、どうしたことかお湯が出ない。言葉もよく通じないし夜も更けていたので、その日は諦めてベッドに直行した。
翌朝、フロントの人と英語で交渉したら、あの部屋は工事中でお湯が出ないとのこと、少々腹が立ったので、すぐ別のホテルを紹介してもらって移ることにした。今度のホテルは新しいし、もちろんお湯が出ることを確かめて荷物を運び、オデオン・レコードに吹き込みの打ち合わせに出かけて、夜の食事を終わってから帰り、さて寝ようとするとどうも臭いのである。部屋全体が臭くてちょっと寝つかれそうもないので、さっそく支配人を呼んで交渉した。臭くない部屋に替わりたかったのである。
ところが、こういう返事が返ってきた。「新しいホテルなので消毒した。どの部屋も同じ条件である」というのである。そういえば、終戦後によくお世話になった、あのDDTという殺虫剤の臭いによく似ていた。仕事を明日に控えて、特別神経質になっていた私は、咽喉が心配であった。夜も十時を過ぎていたが、私は理由を話してさらにホテルを替わることにした。
「明日は大事なレコード吹き込みです。ぜひ最高のホテルを探してください。私はぐつすり眠りたい」 と嘆願した。


幸福を売る男

芦野 宏

Ⅱ 夢のような歌ひとすじ

4、世界一周と海外録音

初めてのアメリカ-4

ニューヨークでのエキサイティングな一週間は、猪熊ご夫妻のおかげで忘れ得ぬ思い出をいくつも残してくれた。作家の有吉佐和子さんと二人でペリー・コモのショーを見たり、ペギー・リーのレブロン・ショーをテレビのスタジオで見せてもらったりしたのも、猪熊ご夫妻のご配慮によるものだった。なかなか手には入らないメトロポリタン・オペラのチケットを買っておいて、ニューヨ-クでの思い出にと『マダム・バタフライ』の舞台を見せてくださった心温まるご親切は、忘れられない。主役はレナータ・テパルディ(マリア・カラスと双壁のプリマドンナ)で、レコードでしか聴いたことのない彼女のソプラノを実際に聴けると思うと胸が躍った。しかし、あまりに大柄な蝶々夫人が着物をまとって舞台に現れたときは、思わず苦笑してしまったが、肉声で、あのやわらかい、しかも芯のある声を実際に聴けたことはほんとうに嗜しかった。どんなに感謝しても感謝しきれない思いである。
ニューヨークからブエノスアイレスまでは、パン・アメリカンが昭和三十五年から初めて運航することになったジェット旅客機で飛ぶことになり、空港まで見送りに来られた猪熊ご夫妻に深くご礼を申し上げると、もう私の心は初めて見る南半球の国を想像して胸がときめくのであった。