第一章 縄文フェスティバル

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第49回三軌展(1997)くろ・クラ・はら・ソラ松岡隆一画伯(秋田県鹿角市)

一、 拉致事件

河田美香はまだ生きていた。
車が険しい山道を走っているらしく、激しい衝撃で意識は戻ったが、手足が縛られていて身体の自由が利かず、目も見えないし妙に息苦しい。エンジン音と硬い揺れから小型トラックの荷台に積まれた箱の中にいるとも推測できる。
現状を把握しようと焦るが、嗅がされた麻酔薬の影響でか思考が定まらない。ただ、車体が揺れる度に顔に布が触れることで頭から袋を被せられたままなのは分かった。徐々に意識が回復すると、急に恐怖心が襲って来て全身に震えがきた。
まったくの油断だった。トイレを出たところでお祭り用の縄文衣装を着た茶色がかった髪でサングラスの女に「河田さんですか?」と低い声で尋ねられ、「あなたなのね? バラを届けてくれたのは……」と、応じた途端に、背後から忍び寄った男二人に両側から腕を抱えられ口許をタオルで塞がれ、肩から衣装らしい布を掛けられた。その瞬間、自分もリポ-トしたことのある拉致事件の恐怖が頭に浮かんだが、助けを呼ぼうにも声が出なかったのだ。
これから、どこに運ばれてどうなるのか?
不規則に揺れながら狭くて傾斜している場所に、不自然な形で横たわっているらしく身体の節々が痛む。かすかな人声が押し潰されたように響くのは、自分が箱詰めにされて蓋を閉められているからか? 女が届けた花束に添えられた「天国の家」を意味するメッセ-ジは、呪いか死の予告なのか……記憶を取り戻そうとしても、また、睡魔が絶え間なく襲ってきて思考が定まらない。あの縄文式住居の中でも気になる視線を感じてはいたのだが……これは誰かが巧みに仕組んだ計画的な犯行なのか?
恐怖と怒りの感情が胸の奥から突き上げてくる。
縄文研究会での恩師森元翁が言った「縄文には魔が棲む」の一言が頭の隅で渦巻いている。
このイベントの全国放送を企画した、DAT社の岡島隆雄重役の推薦で、以前から望んでいた縄文もの番組のメインキャスタ-に抜擢されたのにこの始末、これでは悔やんでも悔やみきれない。
「ツミコメ……!」
妙な声を耳に意識が遠のいたのを覚えている。布にしみ込ませたクロロホルムでも嗅がされたのか、まだ頭が重いし呼吸もままならない。日本海側の港に運ばれるなら上りの山道はない。
と、なると山を越えて太平洋側の八戸あたりの海辺で小舟に積まれ、沖の大型船に移される……とも思ったが、それなら完全舗装の国道を走るからこれほどの揺れはないはずだ。車はかなりの急坂の荒れた道を登っているのは確かだった。このままだと山の中で何人かの男たちに犯された末に屠殺場でのブタのように殺され、ボロ切れのように捨てられるのか。言いようのない不安と恐怖の中で、美香の意識はまた闇の中に落ちてゆく。
波間に漂う小舟に積まれて他国に運ばれているような悪夢と恐怖の中にいた美香は、再び激しい揺れで目覚めた。かなり傾斜のある登りの悪路を這うように進んでいるのは身体の傾きと、車体から伝わるエンジン音の重い唸り声からも読み取れる。目も耳も縛られた身体も不自由だが頭の中は冴えていた。下側になった頭が柔らかい壁に押しつけられ坂上側の足を延ばすと足先もまた柔らかい壁に触れてそれ以上は伸ばせない。
麻酔薬を嗅がされて気絶したところを縛られ、狭い場所に押し込まれた上で車に乗せられて山道を運ばれている状況は分かったが、これからが予測できないだけに怖い。
(死にたくない……)、これが再び目覚めて感じた最初の感情だった。
どんなことをしても逃げなければならない、どのような辛い最悪の状況に陥っても死なずに耐えて生き抜くのだ。その覚悟が徐々に生還への希望を強めていた。
美香は冷静に冷静にと自分で言い聞かせ、まず、急坂で下になった頭の位置を逆にすることを思い立った。身体を胎児か茹でられたエビのように丸めると、ロ-シュ-ズを履いたままの不自由な足で周囲を探り、縛られた後ろ手で手探りをしながら安定性のない狭い空間の中で苦労しながらも少しづつ右回りに全身を回転させてゆくと、やがて一回転して足が下側の壁につき、坂上側の壁に頭が密着した。形の悪いコンテナ-のような箱に入れられているらしく激しく揺られながらも、頭に上っていた血が下がり呼吸が楽になる。
車の揺れに合わせて手足を縛る縄や目隠しなどを外すべく、身体を捩ってはみたが思うようにならない。それでも必死で額を床に擦り付けているうちに目隠しがずれて微かな明るみが目に入った。蓋の部分なのか箱にかすかな隙間がある。
首を回すと蓋になった部分らしい隙間から夜の闇の僅かな明るみが覗けた。しかし、弦月で夜の闇が深いのか空を覆う樹木の茂みが微かな視界を横切るだけで、どのような場所を走っているのかも確認できない。
(これが昼間であればその僅かな隙間からでも、鬱蒼とした山々の緑が覆い被さるように迫って走り去るのが覗けるのに)
この身体の節々の痛さは、死ねば忘れ去ることもできるのだが、それも辛い。
それにしても、あの時、「大丈夫?」と、声をかけてくれた戸田先輩に同行してもらえば、こんな事にはんからなかったはずだ……
懐かしい父母の顔、愛した男達との思い出が目まぐるしく脳裏を駆けめぐって胸の痛みをえぐり出す。美香は、人は死を前にしてこのようなことを想うのを知った。美香はただ泣きじゃくった。死の恐怖がまた美香を襲う。
つい、数時間前までは撮影のライトを浴びていたのに……。

二、 疑問

八月の最終土曜の朝、つい数時間前のことである。
年に一度の縄文祭りに参加することになった女性誌エルの事件記者・戸田友美は、宿泊した竜門館千羽ホテル本館から、愛車のアウディGH8を駆って、昨夜も会っている鹿角署の石脇・佐田両刑事の待つ大湯のスト-ンサ-クル広場入り口に到着した。まだ朝は早いのに会場には大勢の人が押しかけているらしく、警備員が駐車場に入る一般の車を忙しく誘導していて、友美の車もそこで止められた。
その時、徐行していた覆面パトカ-の運転席から、若い佐田刑事が顔を出し、友美を見て手を振った。そこで停止した黒パトの助手席から肥満気味の石脇警部が降り立って、友美の車の助手席に乗り移った。覆面パトカ-はそのままUタ-ンして警備に向かった。
「お早う。戸田さん、そっちの駐車場に向かってけろ」
「夕べは、御馳走さまでした」
友美が警察関係者と会食をするのは、本人が事件記者で知られている以上に、元恋人で警視庁出身の佐賀達也の飲み仲間がどこにでもいるからに他ならない。友美は、石脇の誘導で関係者だけが用いるスト-んサ-クル館前の警察車専用の臨時スペ-スに進んだ。
その付近では、すでに大会関係者やイベント出演者の車が並んでいて荷物の積み下ろしなどでごった返している。
石脇に伴われてテント張りのイベント本部に案内されると、先に到着していた斉東市長が「やあ」と声をかけて来た。
その後から、友美の姿を見た河田美香が縄文衣装姿で駆け寄って来て抱きついた。
「嬉しい! なんで先輩がここに?」
「ゲストに呼ばれてね。美香が司会だって聞いたから喜んで参加したのよ」
美香は百六十八センチ、友美より三センチほど背が高い上にスリムで、何よりも若さが溢れていた。
「美香、きれいよ。やっぱり、テレビに出てると違うわね」
「先輩だって昔とちっとも変わらないじゃないですか」
「だめよ。私なんか今じゃ事件記者だから、殺人現場なんかばかり取材してるのよ」
「あら、その方がすてきじゃないですか」
一応は儀礼的にエ-ルを交わしたが、肌が白く目がくりっとして美人顔の美香は、たしかに華やかな存在には間違いない。それに引き換え、友美はなりふり構わず事件を追っているから、自分でもかつての美人キャスタ-時代など忘れている。
友美は、数日前から、ここ数年の間に五度も発生している奇妙な失踪事件を追って秋田県鹿角市を訪れていた。
いま、全国的に騒がれている拉致を含む失踪事件はいまや大きな社会問題だが、それが意外にも山深い秋田県の僻地に多発していることに、友美は深い関心をもったのである。
友美が取材した中には次のような例もある。
二年ほど前のことだが、鹿角市大湯の老舗「大湯ホテル本館」の長男の須賀太一が、好きな娘との結婚を会長でもある父親に反対され、さらに社長委譲後の経営問題でも揉め、ノイロ-ゼ状態になって市内の稲村橋から豪雨で水量の増した米代川の濁流に身を投げるという事件があった。
警察では、乱れた字で父母に親不孝を詫びた遺書もあり、本人の財布の入った小型バッグなどの所持品や靴が橋の上に揃えられていたことから自殺と断定し、死体は後から探すことになった。それからの数日間、警察や消防団などが総出での必死の捜索が行われたが雨は止んでも山から落ちる濁流が渦巻く米代川からは太一の死体は出なかった。
事件発生三日後に捜索が打ち切られ、その一週間後に毛馬内にある須賀家の菩提寺で、遺体なき密葬が身内だけを集めてひっそりと行われた。人の噂も二ヵ月半、いつかこの姿なき自殺事件も地元の話題から薄れていた。それでなお、須賀太一の自殺を偽装ではないか、と疑問視する声も根強くあったが、生存を裏付ける証拠が何もないことから自殺と断定した警察の発表により、この話題はいつしか人々の口の端にも上らなくなっていた。
ただ、地元の新聞社が、当時、少しだけ話題になったテレビ局の男性アナウンサ-の失踪事件との関連などを憶測されたことで、警察庁から県警本部にその真偽が問われ、鹿角署が再調査したことがある。だが、それも何の確証も得られぬまま空振りに終わり、むしろ早くから自殺として処置した鹿角署の対応が正しかったと思わせる結果となっていた。
あの事件からは、すでに二年余の歳月が流れている。
この不可解な事件を含めて、この地区だけで二年余の間に五件もの失踪事件は、どうみても異常なのだが、さらに、その謎に挑むためにこの地を訪れた友美を訝しがらせたのは、取材に非協力的な地元の人達の態度だった。友美がいくら探りを入れても、誰もが顔を曇らせて「記憶にない」「済んだ事だから」と、言葉を濁して事件に触れようとしない。なぜか、ここの人達は東北人特有の口の重さ以上に口が固いのだ。
なかには好意的に話してくれる人もいたが、その人達ですら声をひそめて、「あれは昔からある神隠しだで、触れん方がええ。騒ぐと祟られるだでな」と、善意からの忠告をする。
その迷信に縛られた頑迷さは滑稽にさえ思えた。友美の胸中では次々に疑問がふくらみ、ますます取材意欲は増幅されていた。
それにしても、純朴なこの地の人々が「神隠し」などという時代がかった脅し文句を、なぜ信じるようになったのだろうか、これには何か裏がある……これが、友美が出した結論だった。
しかし、「神隠し」などという非科学的なことなど信じない友美としても、妙な気持ちになって来るのが苛立たしかった。
たしかに郷に従って視点を変えてみると、以前、須賀太一の姿なき自殺事件が話題になった頃、遺跡関係の番組を得意としていた日東テレビの津矢木キャスタ-が十和田地方のスキ-場周辺で消息を断った事例があるのも、「神隠し」などというこの地方の俗信と何らかの関係があるような気がしてくるから不思議だった。
それでも、友美は事件記者としての直感で、失踪事件の特集記事の対象の一つに鹿角地区を選んだのは正しかったと思っている。それは偶然とはいえ、自分の目の前で、親しい河田美香が失踪するなど、思いもよらない出来事が起こったことでも立証されている。
前日、戸田友美は鹿角市役所を訪れた折りに、斉東市長からの口添えで縄文祭りの座談会に、ゲストとして招かれたのだ。
はじめはゲストを固辞した友美だが、その祭りの一環として行われる座談会にも参加する気になったのは、見せられたパンフレットを何気なく覗いて、座談会の司会の欄に美香の名があったらだ。
河田美香は、テレビ局勤務時代の友美が参加していた私的な放送研究会での後輩にあたる。それ以外にも、ゲストの顔ぶれを聞いたときに土地の有力者ばかりなのを知って、取材内容を解くカギがここから得られるかも知れないという淡い期待もあって、場違いなのは知りながらもゲストを引き受けたのだった。
パンフの座談会の項にはゲストを代表して斉東市長の名があるだけで、入れ替えなどを考慮しての処置らしくその他名士多数出演とだけある。友美が出会った頃の美香は、まだ新人リポ-タ-に過ぎなかったが、今では日東テレビの看板を背負った人気キャスタ-として活躍している。その美香が、忽然と姿を消したのだ。
事件が起こったのは午後八時頃、夕闇になりつつある薄明かりの雲間に洩れる弦月が鋭い刃物のような不気味な輝きを放ち、高原を抜ける初秋の風が肌に冷たく吹く夜だった。
だが、その涼風も、ほぼ五千人とも言われる群衆が群れる縄文広場の熱気に吸収されて暑い風となる。ましてや、座談会会場になった狭い仮設の縄文住居内などは、本番への異様な興奮と人いきれでサウナにでも入ったような熱気に包まれていた。

三、 縄文住居

河田美香は、失踪する直前まで座談会の司会をつとめていた。
やや長めの艶やかな髪、母親が東北の出身だからか色白で瞳が大きく、豊かなバストにほどよく締まったウエストと張りのあるヒップ、そのバランスのいいスタイルは、映画への出演依頼も度々あるという噂を充分に納得させるものだった。
しかも、ゲストで参加している戸田友美も、かつてはマスコミを代表する知的美人といわれて衆目を集めていただけあって、二人が並ぶと一対の美人画になってカメラのフラッシュを浴びるのも無理はない。
この古代縄文フェスティバルの開村式は、縄文村の村長役に抜擢された商工会会員の家族が縄文衣装や装飾品で美しく着飾って、木を擦って火を起こす縄文時代にちなんだ発火式で始まった。その火は、村長の合図で広場のあちこちに設置された松明のト-チに運ばれ、いっせいに火を入れられ、これが二日間におよぶ本格的な祭りのスタ-トになった。
イベントの内容は、縄文土器焼き大会、大太鼓響演大会、イワナとマス掴み大会、絶叫大会、地元の人気バンドを招いてのコンサ-ト大会、縄文シンポジュ-ムなど盛り沢山で、この全国的には名もない鹿角市の二日間は縄文一色に染まるのを常としていた。
その中でも縄文シンポジュ-ムと名付けられた座談会に参加できるのは、縄文に詳しいか、縄文に愛着がある地元の名士に限られるだけに、その名を連ねるだけでも名誉なことだった。
この年の縄文座談会の出席者は、鹿角市長の斉東洋吉、全国的に著名な画家の松山龍一、古代縄文フェスティバル実行委員の猪又幹夫、カズノ商工会専務理事の勝川史郎、大湯スト-ンサ-クル館館長の渡部直、鹿角市教育委員会文化財教育主任の花井安人、元出土文化財管理センタ-所長で鹿角市教育委員会顧問の中里健蔵、それ
ぞれが一癖も二癖もありそうな人物ばかりで、ジャ-ナリスト代表として参加した友美にとっても興味のある相手ばかりだった。
まだ、事件が起こる前の仮設住居の中は、司会の美香と友美を含めたゲストの八人、取材に集まった地元新聞社や支社の記者、それに、撮影班や協力スタッフを加えると総勢約二十人、狭い屋内は立錐の余地もなかった。
しかも、土間の中央に焚かれた炭火には、イワナの串焼きがほどよく焼けていて、鼻孔をくすぐる香ばしい匂いが食欲をそそり、ゲストや取材陣などがそのイワナの塩焼きを肴に「万座の舞」を酌み交わしていた。その熱気が屋内にこもってか、茅葺きの間から吹き込む夜風だけではたしかに息苦しい。
茶髪でスポ-ツシャツ姿のAD(アシスタント・ディレクタ-)の加納二郎が、台本から腕時計に視線を移してから叫んだ。
「ゲスト紹介の前半の部、本番、参ります。十秒前です!」
友美は、縄文文化では日本一を自負するこの地区の有識者がどのような発言をするのか、過去の失踪事件に関するどんなヒントをも見逃さないようにゲストの一人一人に耳目を向けていた。
日東テレビ制作部長の島野が「行きます」と叫び、美香が「OKです」と応じると、地元局制作部の立石加奈が時計を見つめて合図をし、ADの加納二郎が右手を上げて握った指をゆっくりと一本づつ開いてゆく。

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「それではキュ-を出します。5秒前、4、3、2、1、ハイ、スタ-ト!」
まぶしい照明の光の中で、マイクを握った美香がカメラ目線で口を開く。
「全国の皆さま、こちらは国の特別史跡で日本最大のストンサ-クルのある秋田県鹿角市大湯の縄文広場に設営された縄文式住居内です。こちらでは今、年に一度の古代縄文フェスティバルが開催されております。
本日は、ゲストとして縄文時代に詳しい当地の著名な皆様方にお集まり頂きました……これからの夏の夜のひととき、この縄文フェスティバルの目的や東北に花開いた縄文文化の数々について、さまざまな角度からお話し頂きたいと思います。それではまず、市長の斉東洋吉さまから、よろしくお願いします」
角顔で実直気な斉東が、眼鏡の奥の目を細めてマイクを握る。
「鹿角市長の斉東です。この秋田県の北端にある鹿角市は、青森と岩手の県境にあり人口は約三万九千人。この会場には、その約一割近い市民に加えて、東北各県など各地からも人々が詰めかけてこの縄文広場を埋めつくしています。この年に一度の縄文祭りも、年々訪れる人が増え、今年はこの二日間でのべ一万人近い人出となっており、この会を支えてくれる皆様に心から感謝する次第です」
「このお祭りが、全国放送で流れるのは初めてだそうですね?」
「そうです。この縄文祭りの風景は例年、地元局のロ-カルニュ-スで報道されていました。しかし、今回は、この日東テレビさんが特別番組として全国ネットで取り上げてくれることになりました。
その噂のおかげで、日頃は閑散とした温泉街が見違えるような活況を呈しています」
「もう、影響があるんですか?」
「そりゃあ。企画が決まった時から観光課は大いに宣伝しましたからな。それに、ここはUFOの基地としても……」
その発言で、島野泰造からダメが出て、美香があわてて話を打ち切った。どうせ編集でカットされるのだから心配はないのだが。
「斉東市長さん。有り難うございました」
友美は、市長の不服顔を見つめ、UFOの話は聞き捨てには出来ないと思い、座談会終了後に質問しようと、頭に刻み込んだ。
ここで、チラと台本に目を通した美香が一升瓶を手にしてカメラを見た。シャツの上に羽織った蔓草編みの縄文衣装の花柄が、細面で長身の美香によく似合っている。
「わたしたちは今、ここで、縄文時代から続くこの地の古代米から醸成してつくられた縄文酒の「万座の舞」です。この古代酒を酌み交わし、さらに、縄文以前の時代から棲息していたとされるイワナの塩焼きをサカナにして、この大地を駆けたであろう先祖の姿を想像しながら、縄文の昔を大いに楽しんでおります」
渡部館長がコップに縄文酒を注いで美香に渡すと、喉が乾いたのか美香が一気に飲み干して、(しまった)という表情をしたが、すぐ柔和な表情に戻る。
「さて、この会場をごらんください」
美香が手を広げて周囲を見まわすと、カメラがそれを追う。
「この仮設の縄文住居は、教育委員会文化財調査主任の花井安人さまの指導で、ボランティアの学生さん達の実習を兼ねた協力で建てたものです。この縄文時代の建物について、花井さまにお話し頂きます。では、よろしくお願いします」
ここで台本通りに立ち上がり、進行係の助手からマイクを受け取った縄文衣装の花井がチラとカメラを見た。テレビ出演を意識してかなり緊張しているのか、照明を浴びた途端にマイクを握った手が小刻みに震え言葉が出ない。
「花井さま。いかがですか?」
「この建物のことでございますが……」
喋り出しの口調が固い。
「……まず、この縄文住居は穴を掘っておりませんので正式には竪穴式ではなく、平地式ということになります。この平地式建物の場合は地面を掘らずに、まずコンパスの原理で木杭二本に三メ-トルの木の皮の蔓を結わえて一本を中心に直径六メ-トルの円を描き、その円上に柱用の穴だけを掘りました。上部を蔓で縛った三本の丸太を、円上に均等に立てて支柱とします。その時、蔓の一方は長く地上に垂らします。つぎに、同じ太さの丸太を支柱の間に次々に立てかけて、三十本ほどの柱を立て、上部を伸ばしてあった蔓で締め上げると柱部分が完成します。
そこで、篠竹を横木にして柱に縛って骨組みを作りました。その上に円錐形の住居全体に茅草を重ねて被せました」
「では、本来の縄文式住居とは違うのですね?」
美香が話を誘導すると、花井がようやく調子づく。
「簡易式と考えていただければよろしいのではないでしょうか。本格的な竪穴式住居ですと、家族構成や体格によっても大きさは少し変わりますが、直径はほぼ六メ-トル前後、屋内は家主の好みで二十センチから三十センチの深さに地面を掘ります」
「外よりも室内が低くなりますが、大雨の時の浸水対策はどうしますか?」
「茅葺きの裾の部分に高く盛り土をして固めますので、かなりの雨が降っても浸水はありません……また、上からの雨は重ねた茅を伝って外に流れ出るようになっています」
「室内の保温や換気はいかがですか?」
「周囲の茅葺きを通して換気は充分ですが、中央に火があると意外に室温は高くなりますので、夏は温度調整には難点があります。今日ぐらいに外気が二十度前後でも、火を燃やすと人が多いせいもありますが室温はたちまち三十五度を越えてしまいます。ですから、
縄文人は晴れた日の夏の夜は、外で食事をつくっていました」
「そうなると火さえあれば、冬は温かかったのでしょうか?」
「いえ、茅葺きがいくら厚くても隙き間風が入りますので、眠っている間に火が消えたりすると凍え死んでしまいます。ですから、縄文人は火を宝物のように扱いましたし、さらに、冬はいつも動物の毛皮などを身につけていました」
「毛皮もですが、私が着ているこの麻のような衣装も織っていたのでしょうか?」
「衣装のことは多分、他の先生方からお話し頂けると思います」
島野の合図で、あわてた美香が台本に目を通して頷いた。
「花井さま、有り難うございました。つぎに、画家の松山龍一さまに縄文時代の衣装についてお話し頂きます。松山さまは画家としてだけではなく、広告デザインでも数々の全国的な賞に輝いていますが、さらに、『鹿角二十一・未来を耕す会』を主宰されて未来を担う若者の育成に力を入れられているとお聞きしております。今回のイベントにおいても、衣装のデザインで松山さまのお力をお借りしたとお聞きしました。では松山さま、よろしくお願いします」
七十歳近いと見える白髪の松山が朴訥な口調で語り出す。
「松山龍一です。寒気の厳しい北方大陸の古代人は、陸続きだった樺太から北海道へと自然の恵みの豊かなこの国に食料を求めて渡来し、異文化交流で人種としても交配が進み、縄文時代に至っております。もちろん、南方からも同様に豊かな土地を求めて渡来する人達は跡を断たなかったことでしょう。
それでもまだ、縄文初期の日本の人口は推定約二十五万人程度でしたから、海の幸山の幸も豊富で食料にも恵まれ、争いもなく平和な生活を謳歌していたはずです。
そのように恵まれた環境にあった縄文人は、創造性豊かなファッション感覚と、陸続きだった大陸との異文化交流で得た知識で、ただ熊の毛皮やシカ皮だけだけだった衣類から徐々に、大麻やアカソなどの樹皮や茎を水でなめして作った太糸を編んで、冬温かく夏は涼しい編布(あんぎん)と呼ぶ布を作りました。
いま、わたしをはじめとしてゲストの皆さん、司会の河田さんが身にまとっているのがその編布です。この衣装の模様はその編布にする前の糸を、ヨモギやクルミなどを用いた植物染料や土染めで彩色し、それを編んで模様を織ったり刺繍をしたりと、自由に加工したものです。これは、発掘される土偶からでも理解されます」
「その豊かで芸術的な縄文文化が、歴史の中で消えたのには何か理由があるのでしょうか?」
「それは、人口の増加ですかな。新天地を求めての民俗移動と、大陸や半島の内乱から逃れた渡来人で、人口が百万人を越えると、土地や食料を求めての争いが始まりました。それからは、渡来人が持ち込んだ鉄による武器によって、西日本から殺戮や土地の略奪が始まり、争いに明け暮れる国家統一の歴史がはじまったのです。
同時に、鉄によって農耕器具が開発されて農耕民族が栄え、狩猟民族は山や谷に追いやられ、滅びていったのです。その結果、土器なども実用本位で紋様のないもの、東北の地に栄えた平和で優雅な縄文文化も滅びてしまったのです。
それは現代でも同様です。このおだやかな縄文の里を食い物にしたり、他県から来て縄文土器の破片などを持ち帰る者など、これらは許すことができません!」
松山がわが事のようにいきり立つ。
(縄文狂いの画伯、これは怪しい)と、友美は思った。
美香が松山の発言を打ち切った。
「有り難うございました。これで、争いのない平和な時代に生きた縄文人がいかに美的感覚に優れていたかということもよく分かりました。つぎに、縄文フェスティバル実行委員長で、カズノ商工会会長でもいらっしゃる猪又幹夫さま、よろしくお願いします」
「猪又です。この古代縄文フェスティバルも年々盛大になり、昨日以上に今日も県外からのお客さんを含めて増え続け、五千人近い人々が集まって会場を埋めつくし、会場に設置された屋台で縄文食などを楽しんでおられます」
「料理といえば、縄文人の食生活はどのようでしたか?」
「この鹿角周辺の遺跡からも、動物性や植物性の食料の残渣物が沢山出ています。
例えば、日本海から米代川を遡上したと思われる鮭や鱒類や、落とし穴や狩りで得た鹿や穴グマにムジナ、ドングリや栗、椎などの木の実、エゴマ、キノコ類、タケノコ、木イチゴなども食料とした痕跡があり、ある時期からは土地を耕して米やソバ、ヒエにも手を出していたことが分かっています」
「意外に縄文人の食生活は豊かだったようですが、農耕もあったのでしょうか?」
「縄文時代の集落は、せいぜい五十人程度までの規模だったと思われてきましたが、青森の三内丸山遺跡が発見されてその定説は覆されました。そこでは、五百人以上の大集団で何代にもわたって統制のとれた集団生活をしていたのです。
そこでは、主食のドングリや栗などを植林にして暮らしていたことが発掘調査で明らかになっています。食生活といえば、鹿角市の大湯温泉では上の湯も下の湯も、どの宿でも料理や接待などサ-ビス満点で。とくに、当地大湯温泉の湯質は肌に優しく内蔵の働きを活発にする有効成分いっぱいの天然温泉で、縄文時代から……」
「いいお話を、有り難うございました」
話が脱線して宣伝に入ったから、美香があわてて止めた。終始して縄文にこだわったこの猪又も、大量失踪事件との関係では何となく気になる存在だと友美は思った。

四、スト-ンサ-クル

美香のト-クが再び台本に戻る。
「次に、中里健蔵さま……中里さまは地元の高校の先生で定年を迎え、鹿角市の出土文化財管理センタ-所長を歴任され、今はスト-ンサ-クル館共々顧問としてご活躍です。さらに、鹿角市教育委員会から委託を受けて生涯学習の縄文土器や環状列石について、名物こだわり先生としてご活躍中とお聞きします。では中里さま、お願いします」
「中里です。この大湯のスト-ンサ-クルは昭和六年に発見され、昭和二十六年に国と県の合同での発掘調査があって以来、相次ぐ縄文土器の発見などでますますその規模の大きさが明らかになり、全国的にも注目を浴びて国の特別史跡にもなっております。
この全国でも珍しい大型の環状列石、すなわちスト-ンサ-クルは、二箇所に分かれていて、先に発見された西側の万座遺跡は直径四十八メ-トル、後で発見された野中堂遺跡は県道をはさんで東側にあり、その直径は約四十二メ-トル、どちらも他の追随を許さない大規模なものです」
そこから、延々と環状列石すなわちスト-ンサ-クルについての説明を、身振り手振りで熱心に語り始めたが、内容が整理されているから友美にもよく分かる。
「スト-ンサ-クルは、外側と内側に直径一メ-トルから二メ-トルぐらいの円形状にまとまった様々な形の組石ででできていて、二重のド-ナツ状に並べられています。このスト-ンサ-クルの円の中心には、佇立した大石があり、その周囲を放射状に細長い石が敷きつめられているのですが、この石がまた特殊なのです」
「どのようにですか?」
「このスト-ンサ-クルに積まれた数百個もの石は、ここから七キロも離れた安久谷川から運ばれていて、濡れると青味のある光沢が出る石英内縁珍岩という特殊な河原石だけなのです」
「環状列石、すなわちストンサ-クルは、なんの目的をもって作られたのでしょうか?」
「推測も入りますが、一説では、この地で勢威を振るった縄文部族の墓地ではないかと見られています。それは、掘り起こして残存する縄文期の土質を調べますと、燐やタンパク質を含む脂肪酸が検出されることから、人骨を含む高等動物が埋葬された痕跡とみられ、それが墓地説、それらの霊を祭る祭祀場としても用いられていた形跡があります」
「それだけですか?」
「それだけではありません。このスト-ンサ-クルの東西南北にあたる四隅には特徴のある標示石が配されていることから、古代ロ-マなどでも発見されている暦または日時計とも、天体観測用の施設としても用いられたのではないかと注目されています」
言葉を選びながら、生徒に教えるように説明する中里顧問を見ていると、難しい話まで理解できるようになるから不思議だ。
昨夜の石脇らとの夜食時での話題で、縄文時代とスト-ンサ-クルについては絶対に自説を曲げないことから「こだわり先生」と呼ばれていると聞いた中里顧問の、歴史を語る目がただ親しみやすいだけではなく情熱に満ち溢れているのを友美は感じていた。
ゲストの挨拶が、スト-ンサ-クル館館長の渡部に移った。
「……渡部直でございます。先ほどの中里顧問のお話しを補足しますが、ごく最近、スト-ンサ-クル下の地面から出た骨片などをDNA鑑定などで調べまして、人骨の燐に近いことが判明しました。
多分、縄文人の骨に間違いないはずです。このスト-ンサ-クルが、単なる墓地ではなく、あるいは、精霊信仰にもとづいて祖先の霊を祀った斎場であり、日常は隔てられている死人の霊を呼び出して語り明かす、この世とあの世を結ぶ霊の交流の場とみてもいいでしょう……」
「それは、古代宗教と関係あるのでしょうか?」
「もしかしたら、呪術者が死者の魂を呼び出して、その場に集まった部族の平和と繁栄を祝って飲んで踊って、相互理解を深めたと考えられます。これは、近年になって、道向こうの野中堂のスト-ンサ-クル下の土中から炎で焼けた石や酒器などが発見され、かつて大がかりな火祭りを行っていた痕跡が見つかっています」
「大勢の人が集まったのでしょうか?」
「多分、この周辺の集落に離れて暮らしていた小部族同士が、年に一度の特定の日に一堂に会して、祖先の霊を慰めるための盛大な祭祀(さいし)を行っていたと考えられるのです……」
渡部が、まだ続けるので仕方なく美香が相槌を打つ。
「お祭りですか?」
「これによって、従来、数限りなく論争を繰り返されたスト-ンサ-クル斎場論から、祭祀説への重大な発見となりました。これからも新たな謎が次々に解き明かされることと思います。ともあれ、東日本各地に何箇所も点在するスト-ンサ-クルの中で、そのスケ-ルの大きさ、ミステリアスさにおいても、ここ鹿角市大湯のスト-ンサ-クルが群を抜いています。しかも、このスト-ンサ-クルの鬼門の東北方角には、この山に入ると一族に祟ると言われ恐れられている黒又山があります」
「わたしも昨日、お参りさせて頂きました」
「黒又山は、アイヌ語でクロマンタと呼ばれる円錐形の山でして、人工の古代ピラミッドとも言われ、さきほど、斉東市長が話そうとしたUFOの基地説なども、かなり昔からあったようです」
「そのお話はまたの機会に……」
また台本から逸脱したので美香が強い口調で遮ると、渡部が渋い顔をした。
「最近になって目撃者が続出しているUFOの件は、この縄文の鹿角の不思議現象としては隠すことのできない事実ですからな」
「分かりました。それはではまた……渡部さま。有り難うございました。この環状列石の遺跡群が、古代の祭事場や部族間の社交場にも用いられていたことがよく分かりました」
美香がさり気なく話を打ち切る。
「つぎに、商工会専務理事で本大会実行委員の勝川史郎さま、お願いします」
照明が、中里顧問、渡部館長からやや太めだが精悍な表情の勝川史郎を照らした。
「カズノ商工会の勝川史郎です。この旧南部領北限に位置する鹿角市には、全国的に知られる名物の祭りが幾つかあります。戦国時代に南部領に属したこの地の武将は、大館を領地とする佐竹や、北部の津軽にしばしば侵略され、その都度、鹿角の各城に籠もって戦いましたが、その時の戦勝を記念して南部の領主が余興に起こしたといわれるのが無形文化財の『毛馬内盆おどり』です」
「わたしも、ぜひ、見たいと思っています」
「それと豊年満作を祝う国指定の『念仏踊り』も見てもらいたいですな」
「はい。そうします」
「それと、八月の中旬に行われる猿田彦命を祭った花輪幸稲荷神社の『花輪ばやし』も全国的に知られていうはずで、各町内の若者に曳かれて、本囃子や二本滝など十二の伝承曲に乗って練り歩く華麗屋台のパレ-ドには、例年、全国各地から数万の人出があって、町中が大賑わいになります」
「そんなにお祭りがお盛んなんですか?」
「ここでは、古(いにしえ)の戦いの折りに、将兵の士気を高めるべく打ち鳴らした大湯の大太鼓の故事があり、豪快に響くその音で敵が脅えて逃げ散って、これで南部の大勝利となりました。
それを起源にした大湯の大太鼓を主役にした祭りが、大昔から連綿として続いているのです。なにしろ全国的にも有名な大太鼓でして、直径が二メ-トル以上の物もありますからな」
「さきほど、祭り舞台横のテント内で見ましたが、その大きさには驚きました」
「今回は、大太鼓保存会のメンバ-が大挙して出場します」
「この座談会の後に、そちらもリポ-トすることになっています。
大太鼓の豪快な音色もですが、打ち手の熱演も楽しみで、今からワクワクしていますよ」
「なにしろ、この祭りの目玉ですからな」
「お祭りはそこまでですね?」
「いや、まだありますよ。圧巻は『花輪ねぶた祭り』で、その光景といったらそれは見事なものです。なにしろ町内毎に工夫を凝らした高さ四メ-トルもの王将型の絵灯籠に火を灯して、色彩の華やかな絵を浮き出させ、十台の屋台に乗せ、大太鼓の響きと共に町中を練り歩くというものです。この灯籠に描く長さ四メ-トルにもおよぶ武者絵はコンク-ルの対象になりますので、例年のごとく優勝を狙った素晴らしい絵が集まります」
「そういえば、昨日、拝見したのがその絵です。勇壮で素晴らしい絵ばかりでした」
「そうでしょう。その絵灯絵の審査員長が、ここにおいでの松山龍一先生ですよ」
「よく分かりました。そこまでで」
また脱線したので美香が止めようとするが、勝川が続ける。
「松山先生には、もう一つの顔があります。それは、さきほど話した魔の山クロマンタの研究家でもあることです……」

五、 クロマンタ

「魔の山はいかん! その話はもういいでしょう」
松山が顔をしかめてとがめ、友美が「魔の山?」と呟いた。
美香に、女性誌の事件記者として紹介された友美が口を開く。
「戸田友美です。わたしは、ある取材でこの地を訪れ、縄文に思いを深めるみなさまとこうして親しくお会いすることができました。
この地にはじめて訪れた時に思いました。ここには数千年以上の遠い昔の豊かな縄文の世界のまま、悠久の時の流れがそのまま止まって、古代の世界に戻ったような安らぎがあります。また、風のそよぎ、木々のざわめき、小鳥のさえずりなど、すべてが縄文の時代そのままのような気になりました。
わたしには、ここに暮らした古代の人々の息吹がつい身近に感じられるのです。
この座談会の後半は、自由な発言や討論が許されていると聞きました。この機会に縄文の故郷に生きる諸先生方の忌憚のない意見をお聞きして、古代の人達と現代のわたしたちを結ぶ目に見えない絆を確かめ、超自然現象への知識を高めたいと思います」
そこで時計を見た島野が手を上げると、美香が頷いた。
「これで前半の紹介コ-ナ-を終了します。後半はゲストの皆様のフリ-ト-クになりますので、縄文文化についてご自由にご発言をお願いします」
「OK、上出来! 十分休憩で、すぐ後半の部に入ります」
茶髪ADの加納二郎が告げると、それを待っていたかのように司会の河田美香が立ち上がったが、足元がふらついている。
加納が、台本を丸めてズボンのポケットに押し込み、濡れたハンカチで汗を拭きながら「大丈夫?」と美香をいたわる。
「すこし酔ったかしら……」
美香は、茎編みの花模様入り縄文衣装を羽織ったままで歩こうとしたが、たしかに足元が揺らいでいる。
その美香に、地元テレビ局の制作助手の立石加奈が、色鮮やかな赤いバラの花束を持って近寄った。
「河田さんに、女性ファンからの差し入れです」
「あら、きれいね」
「メッセ-ジがあります」
立石加奈が、添えられたカ-ドを見やすいように鼻先に差し出すと、美香は花束には触れずに、添えられたカ-ドだけを見た。
周囲を見渡した美香が、ふと背後に目を止めて不安そうに目を見開いたがすぐに素知らぬ顔に戻った。その時は気にしなかったが、その一瞬の変化を友美は見ていた。
美香が立石加奈に聞く。
「この人、外にいるの?」
「いえ、美香さんにお会いしたいと言ったので、いま仕事中です、と伝えたら、黙って立ち去りました」
「どんな人……?」
「縄文衣装に茶パツでサングラスでしたが、きれいな方でした」
「身長は?」
「わたしぐらいですから、一五八センチぐらいですかね」
「まだ、その辺にいるかも知れないわね? この花も預かっておいてね。差し入れの品はあとで皆さんで分けてください」
全国的に知られる河田美香はここでも人気の的で、ファンレタ-付きの縫いぐるみやCD、手作りのケ-キなどの差し入れが次々に続いていて、男性ファンからの花束の差し入れもあった。
脱いだ縄文衣装を加奈に預けた美香は、水色のサマ-セ-タ-にジ-ンズという軽装になり、隣にいた友美に声をかけた。
「ちょっとだけ自然の風にあたってきます」
「美香、大丈夫? 一緒に行こうか?」
「ええ、この程度じゃ平気です」
┌自然┌はトイレの隠語だから、心配ないと思って友美が見ていると、立ち上がってスリッパからスニ-カ-に履き替えた美香の足元が確かにフラついている。かなり、酔っているのだ。
美香は、座談会に参加しているゲストから勧められるままに、古代米から醸成したワイン風味の縄文酒をグラスで何杯も飲み干しただけに、酔いが出るのは無理もない。
友美は前々日、鹿角署の石脇警部に誘われて県無形民俗文化財の「花輪の町踊り」に参加して踊りまくり、昨日は取材後、鹿角署の刑事達と飲食会後カラオケに行き、今日はこの縄文祭りのゲストとして会場を訪れ、広場内に仮設の縄文式住居で開かれた座談会にも招かれていた。
全員が漏れなく喋ったから、座談会は前半だけでもかなり押していた。美香は周囲のゲストにも頭を下げ、ADの加納やディレクタ-の島野にも断って、出口に向かった。島野が腕時計を見て注意している。
「八時から後半のスタ-トだからな、すぐ戻って来いよ」
「ほんの数分ですから……」
火炎模様の縄文衣装をまとった斉東市長の視線が、背をまるめて外に出る美香の形のいいパンツルックのヒップを追う。
「酔ったなら、ワシが介抱してもええどもな」
「結構です。外の空気を吸ったらすぐ戻って来ますので……」
その美香が、盛大なかがり火で夜目にも明るい広場の群衆に紛れたのを、出口まで見送った友美も確認している。

六、 消えた女子アナ

「ワシらも、トイレタイムにしべか」
本番前となるとさすがに緊張するのか、勝川が立ち上がると、猪又、花井、斉東、松山らゲストのほぼ全員が続いて外に出た。
しばらくしてゲストそれぞれが戻り、美香だけが戻らない。
それからまた十分が過ぎ、座談会の開始時間はとうに過ぎた。
斉東市長らのゲスト陣は、よもやま話で縄文酒を酌み交わしてはいたが、時間の経過と共に苛立ちが出て雰囲気も怪しくなる。司会のキャスタ-が、予定の時間をはるかに過ぎても戻らないのでは座がシラけるのも無理はない。
ADの加納二郎が、島野に「探しに行きます」と言い残して出口に向かった。地元局の立石加奈が、島野に告げた。
「私も行って、資料館や広場の架設トイレなども探してきます」
「よし。二人で行って、道路側も探して来い」
島野に励まされて、加納と立石加奈が広場の人混みに消えた。
苛立つゲストをなだめて島野が頭を下げる。
「まことに申し訳ありません。司会の河田美香が戻りましたらすぐ本番に入りますので、もう少々お時間を頂けますでしょうか」
「仕方ないから少し待つが、ワシはあと五分だけで帰るぞ」
市長が切り口上で告げたが、中里顧問になだめられて縄文酒を酌み交わすと座はなごみ、祭りの成果について話題が弾んだ。
やがて、十分ほどで立石加奈だけが暗い顔で戻って来た。
「広場や駐車場、トイレにもいませんでした」
「弱ったな。こうなれば仕方ない、警備の警察官に知らせてくれ。加納は?」
「わたしと離れて、反対側の広場の東側、舞台のある方向に行きましたが……」
「分かった。すぐ戻ってくるだろう」
「もう一度行って、警察の方にも声をかけてきます」
「頼むよ」
加奈を見送った島野が戻ると、ゲストが苦情を言いはじめた。
「どうした? まだ始まらんのかね?」
「これ以上遅れるだら、帰らせてもらうぞ」
「わたしも探して来ます」
友美が立ち上がった。外に行けば何か手掛かりがあるかも知れないからだ。
「ちょっと待ってください」
島野があわてて友美を押し止めた。
「戸田さんはゲストですし、座談会の後半が始まりますので」
「でも、司会の美香さんがいないと……」
「すぐ帰って来ますから、ここで待っててください」
島野は焦った。このままだと全国放送までもが立ち消えになり、無理して集めた地元有力者集結の縄文座談会も、単なる名士の挨拶だけに終わってしまい番組にはならない。ディレクタ-の島野からみれば美香の身も心配だが、この特番が流れたら立場上大変なことになるどころか職を失うことさえあり得るのだ。
島野が友美に向かって、深々と頭を下げた。
「戸田さん。お願いです。司会を手伝ってください」
「わたしは遠慮します。だって、美香さんの司会で前半が済んでるんですよ。ゲストの皆さまにも失礼でしょ?」
「これは録画ですから編集でどうにでもなります。ぜひ、お願いします」
戸田友美は今でこそ女性誌エル社に帰属するライタ-だが、かつては中国地方の民放テレビで看板キャスタ-として活躍していたことは、マスコミだけではなく一般にもそれなりに知られている。しかも、執筆業に転向後も、警察が見逃した小さな事件や、世間からも忘れ去られた迷宮入り事件などを、鋭い洞察力と神出鬼没な行動力で粘り強く掘り起こして、時効寸前の凶悪犯をあぶり出して記事にすることも島野は知っていた。
その粘り強い友美の記者スピリットは、全国の警察関係者だけでなく一般の読者の間でも高い評価を得ていた。それを知ってファンになった読者も少なくない。
それに、この座談会は地元観光のPRを兼ねているだけに、司会の美香が行方不明だからといって中断するわけにはいかない。島野の表情には必死の思いが溢れている。
「お願いします。戸田さんなら知名度もありますし……」
「そんなことありませんよ」
二人の会話が聞こえたのか、ゲストの中里が口を挟んだ。
「戸田さんなら前から知ってるぞ。事件記者で有名だからな」
「とにかく、わたしは美香さんを探しに……」
友美が外に出ようとした時、人込みの中から立石加奈が駆け寄って来た。友美が立石加奈を見た。
「どうしたの?」
「いま、警察の方が来ます。戸田さんも中にいてください」
戸口に立った友美が外出をためらっていると、立石加奈が呼んだ会場警備の刑事が二人……佐田と現れた石脇が友美の顔を見て、ニヤリと笑顔を見せて軽く手を上げた。
さっそく立石加奈が島野と友美に紹介する。
「こちらは鹿角署の刑事さんです」
四十五歳前後の小太りの石脇が横柄な態度で顎をしゃくった。
「ワシは鹿角署の石脇、こちらは佐田昭二刑事……テレビ屋の責任者は誰だね?」
「私が日東テレビの島野泰造です。こちらはエル社の記者で戸田友美さんです」
石脇が笑った。
「戸田さんとは夕べはデ-トで、今朝は同伴出勤だ。警察関係で戸田さんを知らんのはモグリだべ。なあ佐田刑事?」
「記事もですが、戸田さんご本人はもっと素敵ですよ」
どうやら、佐田刑事も友美が好きらしい。

七、 古代文字

石脇の顔が島野に向いた。
「ところで、島野さん」
「なんですか?」
「河田美香さんが居ねくなってどの位たちますかな?」
「休憩と探すので四十分以上……五十分は過ぎてます」
「一時間弱か、これは応援がいるな」
「弱りました。少し、酔ってたようなので、どこかで倒れているかと思ったのですが、どこにもいませんでした」
「ところで、誰かここから出た人はいねえかね?」
「取材に来てた新聞屋などはもう外へ出て行きましたが、ゲストの方は全員ここに戻っています」
「捜しに出たのは、立石さんだけかね?」
島野が応じた。
「いま、ADの加納が探しに行ってますが、全員で探した方がいいでしょうか?」
「それは警察でやるし、応援も頼むがら、佐田君、頼むぞ」
石脇の指示で佐田が携帯電話で本署に応援を頼んでいる。
「美香は拉致されたのでしょうか?」
「それは分からん。拉致だけじゃねえべ、自分からの失踪がもしんねえし。それによって捜索方法も変わるだがらな」
「仕事好きの美香ですから、自分からなんてあり得ませんよ」
「じゃ。誰かとデ-トでねえのか?」
「でも、仕事の途中ですよ。五分ぐらいで戻る予定でした……」
「服装は?」
「明るい水色のセ-タ-に洗い晒しのジ-ンズ、白のスニ-カ-です。それに、美香の顔なら誰だって知ってるはずです」
「だが、上着を取り替え、帽子とサングラスで顔を隠して人込みに紛れれば……」
「犯人がそんな手の込んだことをしますか?」
「犯人? 合意の上の道行きだってあるべし」
「どういう意味ですか?」
「誰かと駆け落ちってことだがね」
「誘い出したのは女性です。不自然じゃないですか?」
「でもな、過去の事件のどれもが、不自然なんでな」
「警察がだらしないんじゃないですか?」
「おい。テレビ屋の島野さん。そいつは言い過ぎだべ?」
「済いません。ま、車で拉致されたとしたら、もうここには居ませんね?」
石脇が島野に念を押す。
「それと、何でもええ……なんか手掛かりになるものは?」
島野が考えこむと、立石加奈が石脇に告げた。
「美香さんのファンの女性がバラの花束を届けてくれました」
「バラ? どんな女だったかね?」
「茶色がかったストレ-トパ-マの髪で、サングラスはかけていましたが美人顔の女性でした。身長はわたしと同じぐらいの一五八センチ前後……」
「服装は?」
「縄文衣装を羽織っていたので、よく覚えていませんが、ベ-ジュのサマ-セ-タ-にグレ-のスラックス……ビトンのバッグに茶系のパンプスだったように記憶しています」
「なるほど……他には?」
友美が何かに気づいたように立石加奈を見た。
「そういえば、花束に何かカ-ドが付いてましたね?」
「カ-ドかね?」
石腋が関心を示すと、加奈が頷いて動いた。
「あれですか。いま、持って来ます」
立石加奈が花束を抱えて来て、カ-ドを出した。
「これが、この花束に添えられていたカ-ドです」
石脇がカ-ドを見た。見慣れない文字が二つ並んでいる。
「下手な字だな。一つはユかコに見えるがよ、中に点が一つあるのが気にいらん。二つ目はwに尻尾が出てるかYの下曲がり、どっちにしても出来損ないの字だな」
友美が口を添える。
「多分、絵文字だと思います」
「彼女は、これを見て出掛けたんかね?」
立石加奈が応える。
「河田さんが外に出る前にお見せしましたが、これと外出とは関係ないと思います」
「縄文衣装は売店でも売ってるから参考にはなんねえな。とにかく手配が先だし……佐田刑事、すぐ場内放送だ! 服装なんかもいま聞いた通りでな。その女と一緒に行動の場合あり……まずこれで目撃者探しだ。それと、駐車場の整備員やバイトをシラミ潰しに当た
ってくれ。今日は徹底して車の出入り場所を限ってるから、彼女が駐車場に行ってれば必ず誰かが見てるはずだぞ」
佐田刑事が本部席に向かって走り去ると、石脇刑事は腰をかがめて縄文住居内に入った。地元の人達とは親しい間柄だから気軽に挨拶を交わす。
「斉東市長はじめ皆さん、お晩です。東京から来た女子アナの河田さんが消えたと聞いたですが、誰か行く先を知らんですかな?」
石脇が屋内を見渡した。のどかな表情だが目つきは鋭い。
「広場でソバでも食べてるんじゃないのか?」
「駆け落ちかも知れんぞ」
「じゃあ、座談会はお開きだな」
ゲストの反応はさまざまだが、司会が行方知れずとなると座談会への興味は急激に冷えてくる。ディレクタ-の島野があわてて時計をみた。美香もだが、ADの加納のことも考えると心配が先立ってテレビ撮りどころではない。だが番組も潰せない。このままでは、地元の有力者を集めての座談会の録画したビデオも単なる個人のPRだけだから番組にはならない。
石脇警部が住居内を見回して叫んだ。
「河田さんが外出してから、一歩でも外に出た方は正直に手え上げてください!」
ゲストを含む半分ほどが周囲をみながら、渋々と手を上げる。
石脇が禁足を指示した。
「皆さん、暫くここから出ねえでください」
「ワシは出るぞ!」
「拘束するなんてもっての他だ」
斉東市長ら何人かは怒ったり喚いたりしたが、友美が見回すと、なかには周囲の騒ぎなどに関係なく酒を酌み交わし、縄文談義に口から泡を飛ばしている者も何人かはいた。とくに、激しく論争中の中里顧問や猪又、花井、松山画伯などの顔つきは、解散だから出てくれ、などと言っても、とても外へ出るような雰囲気ではない。
「どなたか、この文字さ読めますかね?」
石脇警部がゲストの場に割り入って、手にしたメッセ-ジカ-ドを見せた。
「なんだねこれは?」
「顧問は元教員、画伯は知恵袋、お二人さんなら解けるべし」
「だから、これは何だって聞いてるんだ」
「河田美香さんに届けられたバラの花に添えられてただが」
手渡されたメモを見て、すぐ中里顧問よ松山画伯が頷いた。
「この古代文字は、ギリシャ語の原型ですかな?」
「ギリシャ語か? なるほど、フェニキア文字のベイトかも知れんですぞ」
「ベイト? ベ-タ-の原始型の? となると、家とか……」
「……マイホ-ム、心の故郷とか」
「画伯、この二文字目は? ギリシャ語にはない字だが」
腕組みをした松山画伯が、首を傾げながら呟いた。
「この草が萌えるようなwに似た絵文字、どこかで見た記憶があるんだが……多分、ヘブライ語のツアデイかも知れんです」
「ツアデイ? すると、草花ですか?」
「たしか、花だったと思うが……」
「家と花、心の故郷と花、となると、幸せの家とか?」
「マイホ-ム、天国の家……」
「広く解釈して死後の世界?」
友美が口をはさんだ。
「もしかして、花言葉にも関係してるんでしょうか?」
「花言葉?」
「バラの花言葉です」
「どんな?」
「バラの花は情熱や若さを表し、プロポ-ズの場合は、豊かな愛情であなたを幸せにしますよ、という意思表示にもなります」
石脇警部が頷く。
「なるほど、天国のわが家に来れば幸せにしますよ……か? 甘い誘いですな」
島野が憮然とする。
「美香は、そんな軽い誘いに乗るタイプじゃないです」
「天国で結ばれる愛か……ひょっとしたら?」
松山画伯が誰にともなく呟き、中里顧問が暗い表情で応じる。
「そうなると死の誘いだから、やはり河田美香が危ないということですな」
「もう、殺されてるんじゃないかね?」
「そこまでは分からんが、生きてるという保証はないですな」
石脇が一同を見回す。
「これじゃ、座談会は中止だべ」
島野が必死で番組の続行を訴えるが、もう誰も相手にしない。
広場にイベント本部からの放送が響いた。
「ご来場の皆様に申し上げます。本日午後八時過ぎ、東京から来訪中の日東テレビアナウンサ-・河田美香さんが広場に仮設した縄文住居を出て行方不明になっております。服装は明るい水色のセ-タ-にジ-ンズ、白いスニ-カ-です。午後八時以降に、河田美香さんの姿を見かけられた方は、至急、会場内を警備中の警察官または各係員にお申し出てください……なお、三十歳代と思われる身長一五八センチ前後のサングラスの縄文衣装を着た女性が同行している可能性もあります」
佐田刑事が戻って来て石脇警部に報告する。
「外部を固めました。警備の署員や係員からバイトを動員して聞き込みをしましたが、まだ河田美香も、縄文衣装を着たサングラスの女性も広場から外に出た様子はありません。駐車場でも女性の二人連れを見かけた者は誰もいないようです」
「そうか、縄文衣装もサングラスも捨ててるとは思うが、まだ会場のどっかに隠れてる可能性はあるようだな」
友美は、石脇の声を耳にしながらさり気なく周囲を見渡し、(この中に、美香の失踪に関係している人がいるとしたら……)と、思い、緊張を深めていた。

八、 続・縄文座談会

やがて、サイレンが近づき機動隊も出動してきた。どうやら本格的な捜索が始まるらしい。
友美に近づいた島野が、真剣な表情で頭を下げた。
「あとで大太鼓の競演もリポ-トもお願いしますが、ここは雑談会でもいいですから。撮影を仕上げないと大変なんです」
「そこまで言われては」
「何とか助けてください」
結局、友美が座談会の続きを引き受けることになった。
なにか収穫があるかも知れない、と友美は思った。
「司会を戸田友美さんにお願いして座談会を再開します。どうぞ、自由にお話ください」
島野がゲストに頭を下げて、後半の部が始まった。
「よろしいですか?」
友美が声をかけると、渡部館長が「いつでも!」と応じた。
「では、渡部さんからお願いします」
「さきほど、クロマンタの件が出ていましたが、あの山を魔の山と呼ぶのはまるで逆の見方ですな。クロマンタとはアイヌ語で、神様の住む野山というプラスイメ-ジの意味でして、黒又山というのは後世の人が名付けたヤマト語なのです。
クロマンタ山は、この大湯の台地を見下ろして魔物から守るために、ここのスト-ンサ-クルから見ると東北の鬼門の方角にあり、まさしく神の山なのです。その山頂で縄文の人々は、天災や病魔を避けるために神々と祖先の霊に祈りを捧げたのです」
「でも、祭事を執り行ったのは、環状列石のあるこの広場ではなかったのですか?」
友美が意識して自分の聞きたい方向に誘導すると、館長が得意になって語る。
「この広場ではストンサ-クルを囲んで、この地方に散開する各部族の人々が年に一度か二度、それぞれが酒やご馳走を持ち寄って集まり、先祖の供養や霊魂の成仏を願って交流を深め祭りを盛り上げたことでしょう。しかし、あのクロマンタ山の頂上は、太陽神を拝み、満月の晩に祈る神聖で真摯な祭事のためだけの祈りの場だったと思われます」
「縄文時代にはどこにでも、祭事を執り行う呪術者がいたんでしょうか?」
「俗にいうシャ-マンの存在は謎に満ちていますが、呪術者とは同時に権力を握る者でもあったのでしょう。例えば、独断的なここの市長のように……」
斉東市長があわてて話をさえぎった。
「さっきも言ったはずだ、ワシはシャ-マンじゃないぞ!」
「なにか都合の悪いことを言いましたかな?」
「失礼なことを口にすると、人権侵害で訴えるぞ?」
「市長は選挙に響くのが嫌なんじゃろ? では話題を変えよう」
「この話はこれぐらいで……渡部さま、有り難うございました」
松山が続けた。
「少しだけ発言させてくださらんか」
「松山さん。どうぞ」
「今まで、あのクロマンタに内緒で登って、山頂の東側にある本宮神社の付近から出る縄文土器を無断で持ち帰った人は、ことごとく変死するか行方不明になってるんです」
「そういえば、二年ほど前に自殺した青年もいたそうですが?」
友美の誘いに画伯が乗った。
「その件なら誰でも知っとるですよ。以前、わしも参加してたです
が、東京のある有名大学の教授が中心になって、クロマンタを学術調査をしたことがあるんです。その際に、わたしの右腕になって土器の研究を手伝ってくれていた、ま、須賀太一としますが、ある旅館の跡取り息子です」
「少しだけ、聞いたことがあります」
「その太一が、五十年前に祖父がクロマンタで掘って家宝として家に置いてある、完璧な形で出土した蛇模様入りの縄文後期の土器の話をしたところ、その大学教授が厭味に、そんなのを家に置くと先祖の悪霊の祟りで悪いことが続くぞ、と脅したそうです」
「とんでもない教授ですね?」
「神経が細やかで純粋な太一はそれを聞いて、家運が傾いたのも、自分の恋愛がダメになったのも、父親が病気になったのも、すべてがその縄文土器のせいではないかと悩み、その土器を叩き壊そうと思ったそうです。それでも、指定文化財にもなってる土器だし、縄文研究の第一人者で市長や県会議員まで勤めた祖父が大切にした家宝を、壊そうとした自分が悪い、と自責の念に駆られて、カミソリで手首を切って自殺を図ったんです。その時は家人が早く気づいて助かったのですが、結局、豪雨で水かさの増した米代川にかかる橋の上に揃えた靴の中にあった遺書が決め手になって、自殺と断定され、ひっそりと葬儀が行われました。それ以来、両親は入退院を繰り返しているんです」
「異議あり!」
中里が訂正を求めた。
「太一の葬儀の後だが、あちこちで起きている事件同様に、彼が拉致されたと思われる節があるのは画伯も知ってるはずでしょう?
彼は絶対に事件の被害者です。あの遺書だって、字の乱れから考えて、無理に書かされたと考えるのが順当じゃないですか。あのときは自殺として処理したのは仕方なかったですが、もしも彼がまだどこかに生きていて、いざ戻ることになった時に戸籍から抹消されていたら永久に彼には帰る場所がなくなります。
もしかして、海の彼方に拉致されていたとしても、極東の情勢が変わって帰国できるようになれば、また家業を継ぐことになりますから、ワシは何度も家族や警察に掛け合って、拉致でも失踪でも何でもいいから行方不明にしてやってくれって頼んでるんです。
ワシは教え子の太一の生一本の性格を知ってます。
彼は一度失敗したら二度目は反省して立ち直るのを知ってるんです。太一を自殺として決め付ければ、生きていても家には戻らないでしょう。だから、皆さんもできれば彼のことには触れないでいてほしいのです」
「すみません。本題に戻らせていただきます」
話題が脱線し過ぎたので友美が島野を見ると、憮然とした表情でタバコを吸っている。島野はもう投げやりだった。友美としても台本のない雑談会だと思うから、もう開き直るしかない。
カメラはまわっているが、もはや本題など何もないのだ。