第二章 参加メンバー自己紹介

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1、飲めるのに飲めない事情も

      多摩川を越えて

土曜日の都心は思ったより空いていた。
 車内が落ち着くのを待って、かおりが口を開いた。すでに車は、首都高速の渋谷ランプを過ぎ、用賀へと向かい、東名高速道路へとひた走っている。
「みなさま。本日はようこそ東伊豆箱根ツアーにご参加下さいまして有難うございます。
 本日のツアーは、JTP(ジャパン・トラベル・プランニング)と全日観光のタイアップ企画でございます。
 はじめに、乗務員の紹介をさせて頂きます。
 運転は、全日観光の浜田芳雄。ガイドは私、全日観光の守口かおり、そして、添乗員として旅の企画JTPからもツアー・コンダクターの浅田敦子が同乗しております」
「浅田でございます。JTPに入社して、始めての添乗に出てまいりました。右も左も解りません。幸い、全日観光の守口カオリが短大時代からの友人で、前回の西伊豆観光にも参加していますので少しは要領も知っています。彼女の指導を受けて精一杯皆様のお世話をさせて頂きます。どうぞ宜しくお願い致します」
 いっせいに拍手が起こった。そこで、かおりが旅程を説明する。
「それでは、まず、本日と明日二日間のツアー行程についてご案内申し上げます。お手許のコピーにありますように、東名高速厚木インターから小田原にぬけ、真鶴、熱海と進みます。休憩は一回目が海老名サービスエリア、二回目は真鶴の手前となります。本日の昼食は、景勝の地城ヶ崎となります。午後は、海岸線をさらに南に走りまして、熱川、今井浜を通り、河津川の橋から右折して天城山中に向かいます。
 本日のお宿は、大滝(おおだる)・七(なな)滝(だる)温泉郷一番といわれる天城(あまぎ)大滝(おおだる)荘(そう)でございます。河津川渓谷の谷あいにある天城大滝壮は、素朴な山のいで湯のお宿でして・・・」
「混浴もあるの?」
 質問の定番で毎回数限りなく出る質問のトップを、ウクレレ先生がまず果たした。
「ございます」
 一応は男心をくすぐる。
「なんだか、品のねえ連中と一緒だなあ」
 後部席の都一金融組あたりから声が出た。
 車は、東名高速道路に入った。
 なかなか快適な走りとなっている。
「明日は、天城峠を越えて浄蓮の滝に寄り、月ヶ瀬、修善寺から韮山で右折して富士見パークウエイ経由で箱根にまわります。
 なお、お帰りの時刻は、今朝ほどご乗車いただいた八重洲口に、明日午後六時到着の予定となっております」
 ここで、かおりは一呼吸おいた。
 車は、都内の高速道路の渋滞に巻き込まれて多摩川の手前で徐行状態になっていた。
 車内には、すでに草加堅焼せんべい本舗より差し入れの醤油せんべいも配られ、あちこちで罐ビールでの乾杯の音頭が続いている。
 後部座席では、ワンカップ冷酒などが配られ、すでにかなりの盛り上がりを見せている。
「ボス、やっぱりコーヒーで?」
 ヤマカン次長が、カメ部長にテレビのCMでお馴染みの「ボス飲む」の罐コーヒーを手渡した。
 カメ部長は、部下達が嬉しそうに酒を飲むのを見て、ごくりと喉を鳴らしたが、未練を断ち切るようにコーヒー罐に口を付けた。
 実は、酒が飯より好きなカメ部長なのだが、少々酒ぐせが悪いので自重している。
 会長と呼ばれている彼らの黒幕である国会議員の元大親分も、大衆の面前での亀田ことカメ部長の飲酒を禁じた。
 カメ部長、実は何を隠そう泣き上戸なのだ。
 しかも、同情で泣くのだから始末が悪い。
 人間の一人や二人、仕事とあれば何の躊躇もなくこの世から抹殺するという鬼畜生も恐れる悪の権化だった亀田吉五郎、酒の上の失敗は一度や二度、五度や六度ではない。
 債権取立を依頼されたカメ部長。取立てに行った先で酒を振る舞われ、倒産寸前の自営業のその家の娘が嫁ぐ寸前で婚約破棄の瀬戸際だと知ると、取り立てたばかりの手形や証券に自分の財布まで添えて涙を流しながら帰ったこともある。
 その上、車を運転している内に少し酔いが醒めて来て愕然とする。腹立たしいやら情ないやらで思わずムシャクシャし、モタモタ走っている前の車を中央の黄色いラインを無視して思いっきり追い越したらパトカーだったという嘘のような実体験もある。
 酒酔い、追い越し、スピードオーバーで三役(ハン)だから安い手だと思ったら大間違い。反抗して蹴りを入れたから公務執行妨害と傷害が付いて五(ウー)ハン。交番の前などという場所の悪さで場が付いて満貫。前科(まえ)という裏ドラが三つも付いているから楽にハネ満で検挙されてムショ入り。裏の親分が国会議員じゃなかったら大変なことになった。別荘送りものだ。
 これだから酒は飲ませられないし本人も自重している。

2、自己紹介にプロポーズ

      首都高速は渋滞で低速

かおりがマイクを用いた。
「ここで、今日明日と二日間の楽しい旅をご一緒にお過ごしになるお客様に、それぞれ自己紹介をお願いしたいと存じます。わたしは全日観光バスガイドの守口かおり、運転手は浜田芳雄、本年六月に私が担当しました西伊豆の旅に引き続き、今回も何人さまかが私のガイドをご指名下さいました。ツアーガイドとしては、これほど名誉で嬉しいことはございません。今回のツアーはJTPまたは全日観光窓口で申し込みの五グループで、皆さまが意義のある親睦会とお聞きしております。こちらのJTP社添乗員は、わたしの友人で元某航空会社客室乗務員の浅田敦子です。それでは、浅田にタッチします」
 ここで都一金融から拍手と掛け声と口笛が出たのに釣られて車内が盛大な拍手で湧いた。
 かおりは、堅焼せんべい組が、ガイドのかおりではなく、運転手の浜田を指名したことなどすっかり忘れている。
 敦子が立ってマイクを握った。
「それでは、トップバッターとして前列の若くて美しい女性群を紹介します。
 私の隣りの席が、私とガイドの守口カオリの短大時代の同級生で、現在、外資系証券会社の秘書課に勤務している菅原ミカです」
「菅原です。宜しくお願いします」
恋人はいるの?」
 ウクレレ先生がすかさず聞いた。
「いいえ、目下、募集中でごじます」
「えっ?今、いないの?しめたっ!」
 伴奏にウクレレを鳴らす。
「なにがしめただ。おれも立候補するぞ!」
 後部座席から、ヤス主任が喚くと、加藤教頭がたしなめる。
「サカリのついた犬みたいに喚きなさんな。添乗員さんにも好みがありなさるんじゃ」
 敦子が無視して続けた。
「私と通路を隔てたこちらが短大一年生の間中ジュンさん。西伊豆ツアーでお友達になりました。ジュンちゃん、ヤングレディのみなさんを紹介して」
「ハイ。私、平凡な女子短一年の間中ジュンです。同窓会四人組で参加しています。 
 私の隣りが、高校時代の友人で今、私と同様短大に通学している小岩井エミです」
「よろしくお願いします」と、さっと座る。
「あっ。顔がはっきり見えなかった」
 と、都一金融の若手のカズが叫び、前の席のヤス主任に、小さな声でドヤされている。 
「バカッ、そんなのあとで傍まで行って眺めて来いっ」
「つぎに、そちら添乗員の浅田さんの後部座席二列目の通路側が川口ヒロ子、今は四大の一年生、美術を専攻しています」
「川口ヒロ子です。みなさま、いいお友達になってください」
「なりますっ!」と、醤油の相田課長がムキになる。男性乗客全員の敵意の目が相田課長を睨んだ。
「そのお隣りがやはり私たちの同窓生で、短大で古典文学専攻の中田裕子。ユッコと呼んでいますが、占いはプロ級の腕前です」
「中田です」頭を下げ、席に着く。
「あら、私のお店、占って!」と、石沢ママ。
「私の結婚運も見てほしいわ」と、メガネ顔の女性教員。顔は細面で神経質そうだが、いかにも頭脳明晰理路整然風、後部座席のサダ係長、その女性の顔を見つめてから、
「オレはパスする」 余計なお世話だ。
「そして、私の真うしろの座席に座っていらっしゃる方が私たちの今回のスポンサーで、デザインアーチストの片岡美佐さんです」
「片岡です。よろしくお願いします」
 急にバスの中が騒々しくなった。
「えっ、なんであの人がヤングレディなの?」 
 紅なお子女史が聞こえよがしに言い、数人の熟年女史が同調した。
 バスは恒常的な首都高の渋滞に巻き込まれて、のんびりと新宿御苑の森の辺りを走行中だった。

3、多田夫人をスカウト狙い

        多摩川を渡って神奈川県へ

敦子が再びマイクを握った。
「ジュンちゃん。有難う。ヤングレディ組は以上でございますが、つぎは、六月の西伊豆ツアーでご一緒した草加堅焼せんべい本舗の中川部長さん。前回とはメンバーのお顔触れが異なっているようですが、ご紹介よろしくお願いします」
「みなさん。日頃は草加堅焼せんべい本舗をご贔屓くださいまして有難うございます。
 今回のツアーは、当社と原料資材納入業者選抜メンバーとの麻雀決勝大会に親睦会を兼ねての参加となっています。当社側四名、業者側五名の九名です。
 私は営業部長の中川といいます。簡単に説明しますと、その背の高いのが内藤、まだ肩書きを付けるには若過ぎますが、前の席の色の黒い黒川と二人、営業主任をしています」
「よろしくお願いします。さっきのせんべいの味はみなさん、いかがでしたか?」
 内藤主任がさっそく自社製品のPRをぬかりなくし、黒川と、二人、ぺこりと礼をした。
「私の前の席が石毛といいます。野球以外はまるでダメな当社の新人で、今回は荷物運びや連絡係をしています。当社のせんべいのサンプルも沢山積み込んで来ておりますので、よろしければお申し付けください」
「ちょうだーい」
 同時に教員、クラブ席から手が上がった。
「ハイ。のちほでお届けします。次に登場しますのは、米穀卸問屋の紅(くれない)なお子部長兼専務です」
「紅なお子といいます。みなさん。お米はお好きですか、ご飯はお好きですか?先ほどお手許にお配りすました堅焼せんべいの原料は、私(わたす)たち東北米穀から納入すている選り抜きの国産米。おせんべいの生命(いのち)は米です」
「あなたの生命(いのち)は?」と、ウクレレ教員。
「恋です!いや、私(わたす)のことはいいです」
「そのお隣りが、西日本ゴマ商事の東京営業所所長の名取幸三さんです」
「名取です。よろしゅお願いします。せんべいにはやはりゴマがよう似合うのと違いまっか。おめでたい時の赤飯にゴマが必要なんと同じように、ゴマせんべいはせんべいの王様。いや太閤はんです」と、席に着く。
 車内後部では、すでに民謡大会が始まっていた。都一金融の若手社員が積極的に声を張り上げるから、自己紹介が押され気味になる。
 名取所長からタッチされた相田課長もマイクを握って声を張り上げ、車内宴会に対抗するかのようにがなり立てる。
「ええ、私は、千葉県野田市に本社のある藻木醤油の営業部に所属する販売一課長の相田雄一郎でございます」
「あ、こりゃこりゃ」と、相の手が入る。
「せんべいの基本は醤油味です。ソースでもマヨネーズでもいけません。ましてや味噌などはもっての他です。せんべいは醤油。醤油をよろしくお願いします!」と、絶叫する。
「ア、ドウシタ、ドウシタ」と、都一金融。
羽目を外しに旅行に来ているのに「静かに拝聴ください」なども野暮だし、一緒になって騒ぐのも変だし、かおりが思案していると、醤油の相田課長からマイクを渡された花柄のワンピースの上にレース編みの萌黄色チョッキを羽織った大柄の女性が一喝した。
「うしろのお兄さん方、宴会は後にして、二日間これから一緒に行動するための自己紹介ぐらい、ちゃんと聞きなさい!」
 外部の人からドヤされることに慣れていない都一金融のサダ係長が驚いて目を丸くしている。とりあえず車内宴会は止んだ。
「あんたたち、今までの紹介で何人憶えましたか? 一番うしろの右端の若い人!」
 突然のご指名でびっくりしたのかカズこと勝田一夫、思わずピョコンと立ち上がった。
「ハイ、何ですか、急に」
「答えなさい!」ヒステリックに怒鳴る。
「な、なにを?」
「今まで、何人知ってますか?」
「そんなこと、ここでいうんですか? ちょっと待って・・・、えーと、十五で初体験でと、一、二ぃ三と・・・十一、まだ十一人しかオレは知らないけど、あんたは?」
「私はまだです。あんた、なにを言い出すんですか。とんでもない。自己紹介のことですよ。私は、多田麻紀子です」と切り口上。
「なーんだ。そんなことか。オレ、カズだ。勝田一夫。でも、嫌だよ。あんたオレの好みじゃないから、オレ大柄なの嫌いなんだ」
「なによ、生意気に。このガキ!」
 突然、隣り席の相田課長を押しのけて、通路に出た多田女史、ローヒールの足音荒く駆け寄ってカズに殴りかかったが、通路側にいるゴンと呼ばれている若者が邪魔になる。
 怒り狂ったただ女史が、ゴンに殴り掛かると、ゴンがパッと先に手を出した。間が悪いことに、多田女史がおおい被さって来たところに手を出したから、巨大な乳房をムンズとばかりに掴んでしまった。すぐ手を離したが時すでに遅かった。
「ギャッ!」と、盛りのついた猫と同種の悲鳴とも歓喜とも判別出来ぬ叫び声が出た。
「セクハラ、セクハラですよ。みなさん、見ましたか。二十九歳の今まで、大切に守ってきた私の操が今、この瞬間に犯されたのです」
 本当は三十三歳だ。
「こうなれば、責任をとって貰います」
「責任?どうするんだ?」
「私と結婚するんです」
「結婚? オレ、まだ十九だよ」
 ゴンの顔が蒼ざめている。カズは、自分に来た火の粉が隣りに移ったから一安心、ニヤニヤしている。マサ係長まで喜んだ。
「おっ、そいつはいいや。年の差なんていいじゃねえか。愛があれば」
「冗談じゃないすよ。今、バスで一緒になったばかりで、愛なんかある訳ないでしょうが。だいいち、オッパイ触っただけで結婚させられちゃあ、みんな、赤ん坊のうちからお袋と結婚させられちゃいますよ」
「バカッ。三親等内の結婚は禁じられてるだろ」
 いやはや、お客の質が悪いとガイドも辛い。一回目の休憩までにお互いの親睦のためにも自己紹介を済ませる予定が大幅に狂った。
 中川部長と佐山会長のとりなしで、ようやく多田麻紀子が席に戻った。
 後部座席では、カメ部長が決然とした態度で隣り席のタケ課長補佐に指令を出している。
「あの姐ちゃん。絶対、社員にして営業部長にしろっ!」
 タケ課長補佐も納得したのか、神妙に頷いた。あの迫力は、正しく都一金融向きだ。
 そのカメ部長の決意を小耳にはさんだゴンとカズ、思わず怯えて顔を見合わせた。

4、食べものとなると女性が積極的

       神奈川県入り

車は多摩川上の長い橋を越えている。水の流れも清く、緑濃い河原で遊ぶ人々が車窓から見えた。
 かおりがマイクを握った。
「第一回目の休憩は、東名高速海老名サービスエリアでございます。
 お車は、間もなく横浜市と町田市の境界に位置する横浜インターチェンジを通過しまして、神奈川県の中央部に向って参ります。神奈川県は日本で小さい方から数えて五番目という面積ですが、人口は東京、大阪に次いで三番目のランクという過密県で、県民気質は進歩的、つねに新しいものを求めています」 
 鶴見川を越え、港北パーキングエリアのある緑濃い横浜地区にさしかかっていた。 
「米軍厚木基地の滑走路の延長線上にあるために造られた、山のない大和市のトンネルを過ぎまして、神奈川県で最も新しい市の綾瀬市を抜け、お車はすでに海老名市に入っております。この先、海老名サービスエリアで十五分の休憩をとります。みなさまのご紹介は、このあと厚木インターから小田原道路に入りましてから再開させて頂きます」
 米穀卸問屋の紅なお子女史が座ったまま大声で、質問した。
「ガイドさん。十五分の休憩じゃ食事は無理かね?」
「朝食はまだですか?」
「それは食べただが、昼までの間が持たねえだ」
「わたしも何か食べたいな」
「おれも」「私も」と、ほぼ乗客の半数が中途半端な間食タイムを要求している。
 かおりが困惑した顔で運転席を見ると、浜田が無言で頷いた。かおりに任せたのだ。
「では、今後の休憩を短縮させて頂く条件で、ここの休憩を三十分に延長します。これから申し上げるコーナーに直進して時間短縮を図ってください。なにしろサービスエリア日本一の売り上げを誇る海老名ですから、広い施設内では探すだけで時間が過ぎてしまいます。入口にある案内板を見て真っ直ぐ目的の店に進み、迷わず食べたい物を注文してください。なお、ここで日本一評判なのはご存知、”ぽるとがる”のメロンぱん、二百八十円、今まで多くのマスコミでたり上げていますので認知度は抜群、ふんわり大きめのメロンパンを是非一度食べてみてください。ところで、紅さんは何を食べたいですか?」
「当然でしょ。米です。米ですとどんあのがあるかね?」
「いっぱいあって特定の食べ物のお勧めは出来かねますが、こんなのはいかがですか? 少しお高い海老名御膳は千六百八十円、江戸前鮨が五貫に天ぷら四点盛り、茶碗蒸し、あおさ汁、それにソバかウドンの麺類が選べます」
「美味しそうだけど高いなあ」
「海老名天丼は、それより百円安で、海老天が五尾、茶碗蒸し、あおさ汁、こちらもソバかウドンが付きます」
「それそれ、それにするわ」
「それより百円引きで、まぐろ三色丼は? ねぎとろ、まぐろづけ、赤味、中トロの丼ぶりで、あおさ汁、茶碗蒸し付きです」
「それがいい」
「あとは、価格で勝負の吉野家の牛丼、キムチ、玉子、トン汁つきで七百十円、ボリュームたっぷりですよ」
「それも・・・」
「ご勝手にどうぞ」
 古典文学専攻の短大生・中田裕子が手を上げた。
「パスタは?」 
「本格的なのがございます。パスタ専門店”パレットパスタ”のお勧めは、海老とアボカドのトマトクリームパスタ、八百二円。それと、和風きのこと地元特産の小松菜など野菜を使った醤油仕立ての和風パスタ、こちらも数十円高ですが、その分美味しいです」
「そこがいい!」
「パスタの店はもう一軒、のぞみというお店の厚切りベーコンのクリームナポリタンと、トマトとモッツァレラのペペロンチーノ、これもなかなかの絶品、価格は忘れましたが千円ないだったように記憶しています」
「麺類のお勧めは?」
 一リュウクラブの春代ママ。食べものとなると圧倒的に女性が積極的になる。
「日本そばなら”そば処信濃”、冷たい蕎麦、温かい蕎麦、鴨南蛮。天ぷら蕎麦、ここで有名なのは、アカモクとしらすのネバネバ丼、蕎麦ではありませんが、一度食べると癖になるそうで七百八十円、試してみてはいかがですか?」
「ラーメンは?」
「ラーメンなら”ゑびな軒”とんこつラーメン海老名バージョンが八百八十円です。つぎが、麺房”いろどり家”の鶏ネギしょうが麺で五百八十円、スープは、スッキリとした塩味で鶏の出汁です。麺はストレートで細め。塩ラーメンもありますが、評判なのは独自の漬け汁を用いた黒つけ麺。以上、わたしが食べたもの聞いたもの、NETで調べてそのまま述べたもの、種々雑多ありますが、入り口で調べて一直線に進めば時間内にお戻りになれると思います。カレーライスは食堂で、マクドナルドの店もありますし、迷ったら食べもの屋台が並んでいる”うまいもの横丁”に行けば、”からから家”のから揚げ、”みなせん”のいか焼き、その他、肉巻きおにぎり、串もの、焼き鳥・海鮮焼、牛串・豚串、焼きそば、わらび餅、おにぎり、お茶漬け、などB級グルメが選り取り見取りです」
 その時、かおりの目に「海老名サービスエリアまで二キロ」の標識が視界に入って飛び去った。

5、海苔がいいのかゴマがいいのか

        小田原厚木道路

海老名サービスエリヤは広大な敷地内にあり、大型車輌九十台、普通車・小型車五百四十四台が駐車可能だった。
ここでの三十分は、あっという間に過ぎ、殆どのグループが数分から五分遅れて戻って来た。
「ああ、美味しかった」
「本格的なエスプレッソ・コーヒーで満足したよ」
「二か所食べ歩いたからな」
「満腹したら眠くなった、わしは寝るぞ」
最初予定した十五分休憩がさらに二十五オーバーでバスは出発した。
「それでは、皆さまお揃いですので、出発させて頂きます。東京の起点から約三十キロに設けられた海老名サービスエリアを出まして、これから神奈川県で最も大きな川、相模を渡ります。相模湾河口で馬入(ばにゅう)川(がわ)と名を替えるこの相模川は、上流に津久井湖と相模湖という二つのダム湖をもっております。さらに遡りますと、山梨県東部の大月市、都留市に入り、川の名前も桂川となり、さらに上流に行きますと山中湖にたどり着くのでございます。相模川は、伊豆の狩野川、栃木の那珂川と並び、関東では天然遡上の多い鮎の名所として知られております」
車は、厚木インターチェンジを出て、小田原厚木有料道路に入った。予定より遅れて九時を過ぎている。
緑の多い厚木市の街並みを右手に、左手には平塚市街を遠くに見て小田原方面にまっしぐら。ここでマイクが敦子に移った。
立ち上った敦子がマイクを持って自己紹介の続きを求める。
「先ほどは、多田麻紀子さままでご紹介頂きましたが、堅焼せんべい本舗ご一行さまのお一人さまが未紹介でした。それでは中川さま。よろしくお願いします」
「それでは続けます。先ほどご自分で紹介された多田さまは、千葉県木更津市の海産物問屋の常務取締役兼営業部長でして、当社には海苔を納入して頂いております。あとのお一人は・・・」
みなまで言わせす多田女史が立ち上がった。
「ちょっとだけ申し添えますが、海苔ほど一般大衆に親しまれ、なおかつ高級なる食品はございません。今から千二百年以上もの昔、現在の茨城県周辺の風物を記録した常陸風土記の中にも、海苔(のり)は乃(の)理(り)とも呼ばれて紹介されているほど古くからある日本古来の超優良高級食品なのです。当然、美容食になります。みなさん! 海苔せんべいもお手許に届きましたね。私たちは幼少の頃から、のり巻きやのり弁当、お握り、せんべいでは品川まきなどで海苔に親しんでまいりました。海苔がいかに高級かということは、そば屋さんのモリソバに海苔を小さく刻んでパラパラとまぶしただけで百十円も違うザルソバに化けることからもお分かりかと思います。みなさまがお食べになった海苔せんべい、それは海苔だけでも百十円以上の価値があるんです。それをゴマごときと一緒にされては海苔が泣きますよ」
「泣かせておけ」と、野次がとぶ。
ゴマがけなされては、ゴマ屋の名取として立場がない。すかさず立ち上がった。
「ゴマごときとはいいすぎでっしゃろ。ゴマは昔から身体にも頭にもいい食品として・・・」
「なら、名取さん、あんた。頭いいですか?」
「ウッ」
言葉に詰まった。頭がよければこんなへ理屈に詰まることもないし、こんな連中相手に麻雀も負けるなどあり得ない。
「わいは商売道具に手え出さん主義だす。そいなら多田はんは美容食ののり食うて、美人になれはったんでっか?」
これは痛い反撃だ。と、全員が多田女史を見る。多田女史、ニッコリ微笑んだ。
「おかげさまで、このように美しく・・・」
「あほらしい。こいつら最低だな」
カズが窓の外に目を移した。
「お車は、小田原厚木道路を順調に走っております。つぎの休憩は、江の浦になります。
それでは中川さま、続きをよろしくお願いします」
中川部長が、多田女史を気にしながら紹介をする。もう口を挟ませたくない。
「今回、当社と納入業者合同選抜麻雀大会に参加されましたのは関東近県から全部で百八人でしたが、その中での最年少女性が砂糖屋の細田久美恵さんです。で・・・」
中川部長、言いかけてグッと言葉を飲み込んだ。
本当は、今回の女性参加メンバーの中では一番美しく、気立てもよく、チャーミングなのです、と、口に出したかったのだが、これは言えない。紅・多田両女史の反撃が恐ろしいからだ。
一息入れてから続けた。
「で、ご覧の通りのお嬢さんです」
久美江が中川の隣り席から立ち上って恥かしげに頭を下げ、隠れるようにすぐ席に座った。
一瞬だが、タンクトップの胸元から豊満な谷間が見えた。
後部座席のカズが口笛を吹き、ゴンが喚いた。
「マサ兄貴、いやマサ係長。オレ、嫁さんにするならこっちの方がいい!」
「誰だって海苔のオバさんよりは、砂糖屋の方がいいに決まってるだろ」
せんべい屋の黒川主任も「何だか目まいがする」と急にぐたりしている。
ともあれ、この若い娘が海千山千の男女を相手に麻雀を勝ち抜くには、この胸チラも間違いなく武器になる。
「うるさい!」
堪忍袋の緒が切れた多田女史が立ち上って周囲を睨み回してから、中川部長を指さした。やはり、台風の眼はこの多田女史らしい。
「せんべい屋の中川さん!」
「ハ、ハイ」
「どうして、その娘だけが”お嬢さん”なんですかっ? あたしだって海産物問屋のお嬢さんですよ!」
「分かりました。昔の”お嬢さん”ですね?」
「昔とは何ですか!」
こうなると収拾がつかなくなる恐れがある。中川部長がヤケになって大声で叫んだ。
「みなさん。今回、当グループには年頃の美しい”お嬢さん”が三人も参加です。独身男性の皆さま、よろしくお願いします」
「何をお願いするんですか?」
もっともな疑問が相田課長の口をついた。
「三人もお願いされてもなあ・・・オレは砂糖屋一人で充分だぞ」
サダ係長が真剣に悩んでいる。

 

6、一リュウクラブは営業旅行

      湘南の平塚砂丘

かおりがマイクを持った。
「お車は、伊勢原市を抜けますと、平塚市に入ってまいります。この国道271号線、通称小田原厚木道路の右手に、城所(きどころ)氏館(しやかた)跡と貴船(きふね)神社、浄(じょう)心寺(しんじ)などのある平塚市城所地区が伊勢原市にくい込み、その隣接地区は逆に、伊勢原市の岡崎地区が平塚市に深くくい込むかたちで進出しているのでございます。
 平塚といいますと、例年七月七日からの五日間、湘南の夏の訪れをつげる絢爛豪華な七夕まつりで知られ、この期間の観光客動員数は三百五十万人以上といわれております。夕暮れともなると、色とりどりの吹き流しや竹飾りが灯りに浮かび、町全体がお祭り一色に染まります。
 また、七月下旬には、相模川河口の湘南潮来といわれる地区で盛大な花火大会も開かれます。川面と海、そして夜空を彩る大輪の花の咲く光景はまた一段と夏の風情を高めます。さらに、平塚はまた歴史の町でもあります。
 通称がんまん不動と呼ばれている松岩寺(しょうがんじ)の木造不動明王の像をはじめ、市の中央を流れる金目(かなめ)川(がわ)の観音橋に近い平塚八景の一つでもある観音堂内の厨子、史跡五(ご)陵ヶ台(りょうがだい)貝塚(かいづか)などが国の重要文化財の指定を受けているのをはじめ、東海道の主要な宿場町でもあった平塚は丘陵と海に恵まれ、とくに夕映えの平塚砂丘の美しさは、今も昔(いにしえ)の面影を残しているものでございます」
 ここで一息入れて、
「それでは引き続き、ご一行さまのご紹介を続けさせていただきます」
 ここでまたマイクが敦子に移った。
「お待たせいたしました。東京は花の銀座に華やかに咲く”一リュウクラブ”の皆さまをの紹介です。では、代表者の石沢さま、よろしくお願いします」
 目許パッチリといいたいところだが、少々アイシャドーがきつい。夜化粧に慣れたママさん。立ち上がったが、すでにアルコールがまわっていた。隣り席の若い先生にお酒を無理強いしたところ、ご返杯で自分もホロ酔い気分になり、すでに旅行気分も全開、自分たちは職業柄、アルコールに強いと信じてガブのみしたが、晝間の酒はよく効くのを忘れている。
「みなさま、ようこそ一リュウクラブの慰安旅行にご参加くださいました」
 びっくりしたのは、後部座席の浜南中学の女子教員。ジョークは通じない。加藤教頭の背後の席の女性が教頭の肩をつかんだ。
「教頭先生っ! 私たちを騙したんですね。あのいかがわしい女の経営するクラブの慰安旅行に我々を誘って参加したんですか!」
「何をいうか。わしは知らん。今日が初対面だ。一度も会ったことなんかない。あんな風間ルミみたいな女・・・」
「あらっ。誰です? その風間っていう人はどこのバーにいるんです? 川崎? 横浜?」
「LLPWって女子プロレス団体の社長だよ」
「あら。教頭先生ったら、あんな過激な女性のプロレスの愛好家だったんですかっ?」
「そうだったんですか。踏まれたり蹴られたりするのが好きなんですか?」
 あとは、小声で同僚達の会話が続く。
「知らなかったわ、校長にMの趣味があったなんて」
「今度、思いっきり蹴って上げましょうよ」
「職員室にムチも用意しましょう」
「きっと、お小水を掛けてあげたら喜びそうね・・・」
 教頭という職業も楽ではなさそうだ。一リュウクラブの
「私がママの石沢春代です。二日間を楽しく過ごした後、ずーっと一リュウクラブをよろしくお願いします」 
「いいぞっ。風間ルミ!」
 タケ課長補佐から野次がとんだ。やはり、似ているのだ。
「あら、あのひともM?」
 女子教員数人が振り向いて、後部座席の金融グループを眺めた。
「あんなに男っぽいのに可哀相ね」
 すっかり同情されている。ママが続けた。
「チイママの金井セイ子を紹介します」
「金井です。独身ですので、よろしくお願いします」
 せいいっぱい色っぽく振る舞ったつもりだが、初秋の太陽の下を走る全日観光バスの車内では、自分で思ったほどの魅力は出ない。
「独身? お子さまは何人?」
 と、相田課長が前の席から振り向いて、冗談とも真面目ともつかず声をかける。
「水商売の女性が独身を強調するときは、世帯持ちが多いからね」
「そのお隣がエミリー。先日、二十歳になりました」
「エミリーです。おかげさまで大っぴらにお酒がいただけるようになりました」
「一緒に飲もうね」
 ゴンが嬉しそうに叫び、マサ係長に「未成年だぞ!」と、たしなめられたが、かなり飲んですでに出来上っている。
「通路をはさんで、通路側がミッちゃんこと半田みち子。窓際が須田ユキ子、ユキちゃんと呼んでいます」
 こうして見ると、なるほど銀座の片隅でも料金さえ庶民的なら不況知らずで成り立つお店の存在が、何となく理解出来る。銀座から築地にかけてはマンモス広告代理店の伝通をはじめ多くの企業があり、その社員が入り浸れば繁盛間違いなし、水商売不況の折でも観光旅行ぐらいには参加できる。その程度の魅力は充分に備えている一リュウクラブだった。
 金井、エミリー二人への質疑応答があれこれ続く間に、バスは、料金所を通過し大磯町に入っていた。

7、音楽の坂本先生演歌大好き 

      小田原からは海岸線へ

「教頭の加藤です。私を含めて六名の浜南中学職員とPTA会長の計七名が参加しまして、今日の佳き日にまた、西伊豆の旅で二日間を共に過ごした堅焼せんべいの中川さんをはじめ若い女性のみなさまと再会出来まして、まことに光栄かつ喜ばしいことです。堅焼きせんべい本舗の皆さまにもおせわになりました。前回の旅行で、堅焼せんべいの原料は、米は栃木のささにしき、ゴマは中国産と聞きましたが・・・」
 加藤教頭一言多かった。
「あら、聞き捨てなんねえです」
 すかさず東北米穀の紅部長が言葉尻を捕え、加藤教頭と中川部長をそれぞれ右の目と左目で睨んだ。目と目の間が人より離れているからこそ常人に出来ない特技も生まれる。
「私等のこの米だけでねかったですか?」
 紅部長に続き、遅まきながら名取所長も、
「ゴマは中国産だけとは限りまへん。韓国産のほかに、国産品も二割近くは納めておます」
 誰もゴマのことなんか気にもしていない。ほぼ全員が米騒動の行方を見守っている。
 内藤主任が立ち上がって弁明した。
「オレ。調子で言っただけですよ。ちょっと聞いてみてください。リズムなんです。ほら、『米は栃木産ささにしき』っていうのと、『米は東北米穀特産のささにしきとひとめぼれを交配して出来た新ひとめぼれ』と、どっちが聞きやすいですか。いいですか、一般大衆は東北米穀のささにしきはほんのちょっぴりで、外米をたっぷりと混ぜていることなんか・・・」
 そこまで言いかけてハッと気付いた内藤主任、あわてていい直した。
「混ぜているなんてあり得ないことです。うちは純粋に東北米穀の米が主役です」
「いや、混ぜるのもあり得るな」
 加藤教頭が断じた。これで米の話題はと切れた。外米を使用しても悪い訳ではない。
「私のお隣りが、PTA会長の佐山さんです」
「佐山です。前回の旅ではのんびりと入浴後の一刻(ひととき)、加藤教頭とのどかに囲碁などを楽しみました。今回もおだやかな旅になることを願っています」
 一応今のところ殊勝だが、この佐山会長が、これだけ揃った女性陣を相手におだやかに過ごすなどテレビ画面のビールと同じでのど越しスッキリとはいかない。いずれ波風を立てるに相違いない。
「私と同じ列のあちら側の窓際、銀座の何流クラブかのママさんの隣りですが・・・」
「一リュウクラブですよ!」
 春代ママが抗議する。
「つぎは、甲府出身で英語専門の三宅先生。授業でもときどきウクレレ漫談をするらしく、生徒には抜群の人気があります」
「父兄には?」
 春代ママの質問に加藤教頭が真面目に応じた。
「例の予備校の日本刀を持った金ピカ先生のことを思えばいくらかマシです。父兄は苦情をいいますが、私は容認しています」
「喜んでの容認ですか?」
「いいえ、しぶしぶです」
 長身の三宅先生がウクレレを鳴らす。
「三宅です。みなさん、今日から二日間、目一杯インジョーイしましょう」
「バカだねぇ。遊びに来てるんだから、いわれなくたって遊ぶのに」
 カズが妙な顔でゴンに話しかけた。
「三宅先生の後部座席が赤木ひとみさんです」
「赤木です。美術を担当しています」
「美術って絵も描くの?」
 ゴンにしては珍しくまともな質問が出た。
 シックなパステル調茶系スーツの赤木先生。黒目勝ちの美貌をゴンに向けてニッコリ微笑み、
「ハイ。あなたも絵がお好き?」
 それには答えず、ゴンが勢いこんで質問を続ける。
「そいで、先生も生徒の前でモデルになることある? ヌードで」
「ありませんっ!」
 柳眉を逆立てて赤木先生が荒らしく座席に腰を落とした。
「そのお隣りが福原みずえさん。社会科専攻で三年を担当しています」
人類学者は蝶が好きなのか、淡い紺のワンピースに羽に線と黒の紋が美しい揚羽蝶が舞っている。顔は、ふっくらと愛嬌のある大福顔、色の白さが七難を隠している。
「福原です。元来は人類学専攻でして人間の進化の過程の研究を続けています」
「今も?」
 今度は、ヤス主任が質問した。
「ええ。遊びに出ていても、この人はモンゴリアンに南方系の血が一割入っているか、あるいは今、進化中か退化中かなどと・・・」
「オレは?」
 ヤス主任が真剣に聞く。
「あまり進化が見られません」
 タケ課長代理が断じた。
「おまえは、シナントロプス(北京原人)。そのままだよ」
 福原先生が真顔で頷き、ヤス主任が怒った、なるほど北京原人に似ている。
「こちらが坂本なつえさん。音楽の先生で、赤木先生と一緒に二年生を担当しています」
「坂本です。音大を出た割には、ピアノも声楽もからきしダメな人です」
 何の外連(けれん)みもなく大衆の前に恥をさらす。
「じゃあ、なにが得意?」
 今度はサダ係長が質問をする番らしい。
「演歌です」
 キッパシと坂本先生。臙脂色のジャケットに紺のパンツ、白のローヒールがきまっている。衿の大きい白のブラウスの胸元から細いチェーンの先に小粒のダイヤが燦(きら)めいている。
 額が少し出て利発そうな顔立ち、ダイヤほどの輝きはないが、真珠の輝きには充分に対抗できる容姿ではある。
「実は、坂本先生はポップスから演歌まで幅広く歌いこなせる歌唱力を持っていますので、いずれ、レコード会社のオーディションを受けて手になるのではないかと、私達も陰ながら応援しています。その時は皆さまもよろしくお願いします」
 加藤教頭、押しつけがましくPRをしている。 
「ラストは、そのお隣りの宮崎あすかさん。数学を教えています」
 ベージュを基調にさっぱりとした服装で、眼鏡がよく似合う。
「宮崎です。これから明日の夕刻、今から定刻六時東京着まで三十二時間四十八分ほどの間、よろしくお願いします」
「へーえ、時計も分刻みで頭の中が動いてるのか。先生。貯金してる?」
 サダ係長、何を考えたか妙な質問をする。
「いいえ。お金は使うためにあるのです」
「結婚は?」
「失礼ね。してれば、こんな旅行に来ません!」
「結婚資金貯めてる?」と、さらに一言。
「貯めません。お金持ちと結婚しますっ」
 眼鏡の奥の細い目が自信に満ちている。