埋蔵金秘話

花見正樹作

第三章 埋蔵金堀り

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9、縄張り鮎

 

 川を眺めて旨そうにタバコを吸っている信方を尻目に、福山喜一と藤堂孝二の二人はさっさと釣り支度を始めた。竿を継ぐと、オトリ缶から曳き舟に養殖鮎を二尾づつ移して、それぞれ自分が狙った瀬に向かおうとしたが、もうどこにも隙間がない。
 信方が、二人に手振りで「岸辺を釣れ」と指示を出したから、また戻って来て、信方のちかくの岩に腰を下ろす。
 信方は、周囲の混雑などまったく気にもせず、釣り人の背を見ながら水際の大石に腰を下ろしたまま、仕掛け巻から出した先糸を竿先に結んでから竿を継ぎ、伸ばした竿を肩に、目印の位置や鼻環まわり、逆さバリを確認して、六・五号三本イカリをつけてる。
 さて、と周囲を見渡すが、川の中には溢れんばかりの釣り人の数で、とても割り込む気にはなれない。信方は大石から腰を浮かせ、頭を下げてオトリ缶から鮎を出し、タモ(玉網)に移さずに、そのままワンタッチの鼻鐶に通し、ノ-マル仕掛けでオトリ鮎を水辺にそっと放した。
 すでに長い時間、オトリ缶の中で浅瀬に沈められて流れに馴染んでいた養殖鮎が急に自由を得て、半信半疑でそろそろと泳ぎ出してみる。しかし、生憎と目の前の水中には林立する釣り人の足が邪魔になっていて沖には走れない。
 そこで、仕方なく手前の流れの石裏に潜もうとすると、どの石にも、下手な釣り人に荒らされた沖から避難して来た野鮎が隠れ潜んでいて新参者の進入を許さず、肌色の違う身体に金星をきらつかせた獰猛な顔つきで体当たりして来る。あわてて逃げたが相手がハリ掛かりしたらしく、鼻環を通された鼻面が引っ張られて水面に浮いた。そのとたんに宙を舞ってタモの中に飛び込んでいた。
 新しく釣られた野鮎は、もはやこれまでかと観念したところ、人間の手に掴まれて妙な金属を鼻に嵌められ、水中に戻される。
 九死に一生を得た思いで「しめた!」とばかりに、手近な流れに乗って逃げようとすると、その脇の石まわりから縄張り鮎が躍り出て猛烈に体当たりし、また同じように宙を飛ぶ。
 水際に腰を沈めた信方は、素早い手つきでその動作を繰り返して釣果を増やした取っ替え引っ換え面白いように釣りまくる。
 縄張りをつくって良質の苔を食み、侵入者は身体を張って生き抜くという競争社会に生きる鮎は、その成長の過程で力関係に大きな差がつく。いい餌場を得た生活力の強い鮎は大きく育つが、生存競争で脱落した鮎は自分の縄張りを持てずに、負け犬ならね負け鮎の群れに入って、放浪の旅からホ-ムレス生活に甘んじるのだ。
 しかし、その負け鮎もその貧しい環境に耐えていれば、勝ち組の強い鮎が次々に釣られた後に、がら空きになった最良の餌場に入り込んでマイホ-ム生活を楽しめることになる。
 鮎釣りなどどこが面白いという人に、鮎釣りを語るには、鮎の世界に展開する人間社会の縮図そのものを語ればいい。栄転や左遷、シカト、失恋、ホ-ムレス、勝者と敗者、そんな生存競争の世界が川いっぱいに広がっているからだ。
 強い鮎ほど釣られやすいの友釣りだから、負け鮎ほど生き残って子孫を残す確率が高くなる。だから辛抱我慢が大切なのだ。
 しかし、釣り人は意外なほど辛抱我慢が嫌いらしい。
 戦果が捗々しくないと、すぐに理屈をつけたがる。
「一睡もしてないから、気合がはいらんよ」
 鮎釣りの下手な人ほど、余分な動きで疲れるし愚痴も多い。寝不足で自分が釣れないのに、周囲で入れ掛かりの名手などを見るとイライラして余計に疲れが出る。そうなると、河原に横たわって帽子で顔を隠してうたた寝をして顔の一部だけ赤茶に日焼けさせたり、河原で缶チュ-ハイをヤケ飲みして、仲間とグチの交換で慰め合っている。
「竿を出せただけでも幸せだな」
「ここには一尾もいねえ」
 午前十時前後になると、志し半ばの鮎釣り人が次々に竿をたたんで河原に引き上げたりすると、場所の空くのを待っていた人が竿を出しバタバタと入れ掛かりしたりする。
 川底にも同じ光景が続いている。
 縄張り鮎が夢中で外来者を追っている間に、自分の餌場の美味しい水苔を掠め摂る侵入者がいる。そいつを追っていると、また別の侵入者が餌を奪う。こうして、縄張り鮎は闘争のみに明け暮れ、二番手、三番手の鮎の方が食を満たすから腹が立つ。
 ここには、何十万尾の鮎が放流されている。海から遡上した鮎もかなりの数だから、鮎は間違いなく群れているのだ。
 それにしても、解禁前までの静かな清流のたたずまいが一変し、終日騒がしいばかり、人の歩く石音に怯えた鮎は、ひたすら川の中を逃げまどい岩影に身をひそめ食事どころではない。
 福山と孝二が、信方の上流十メ-トルと二十メ-トルの距離の岸辺に移動して来て、信方の真似をして入れ掛かりでバタバタと釣り始めた。なにしろ、下手な釣り人に流心から追われ、人影のない岸よりの岩場に逃げ込んで隠れた若鮎が、先住民の抜けた恰好の石を見つけて縄張りをつくり、そこに侵入するオトリ鮎に体当たりしては面白いように掛かって来る。
 水際の岩に静かに腰掛けたまま、信方が小一時間ほどの間に、三十尾ほどの若鮎を入れ掛かりで上げたときには、福山もすでに十尾ほど、孝二も五尾を掛けていて、オトリの泳ぐ範囲の追い気のある鮎はほぼ釣り切っていた。
 その頃には、沖に竿を出してすでに弱り切って流れに浮き気味なオトリ鮎に竿先を曲げて苦戦していた釣り人も、入れ掛かりという背後の状況に気づいて来て、そわそわとして落ちつかない。
 やがて、疲れたオトリ鮎を引きづって一人二人と足元の小砂利を蹴って岸辺に戻ると、あちこちからそれを見ていた釣れない釣り人が、次々に深場から引き上げて来る。すでに、長い時間引き泳がされて弱り切ったオトリが流勢に負けて底に入らずに浮上して竿先を曲げるから、浅場のゆるやかな流れに戻るしかないからだ。
 すると、それを待っていたかのようにタイミングよく信方と福山がどちらからともなく立ち上がって、深場から移動して来た釣り人に場所を譲り、二人は示し合わせたように、静かに静かに流心に身を進める。孝二も真似をして二人に続いた。
 信方が腰までの深さにまで進むと、岸寄りの騒がしさに流心に逃げた野鮎が寄っている場所が射程距離に入った。
 浅瀬で用いていたナイロンの細糸から金属の〇・〇八に換え、得意のオモリ二号を噛ませて、背掛かりで得た野鮎を流れの中で一瞬の間にワンタッチの鼻環を通すと、尻びれの肉際に逆さバリを通して「さあ、仲間を連れて来い!」と、流心の大石まわりを狙いを定めて元気いっぱいの鮎を泳がせると、たちまち野鮎の攻撃に会い、竿がまた満月のように絞り込まれ、たちまち型のいい鮎を得た。
 信方を見た福山も深場に入り、孝二もそれを真似た。
 好場所がガラ空きになったから、当然のように入れ掛かりになり、三人は、そこからは深浅左右と縦横無尽に川を移動して、夕刻まで解禁日の若鮎を掛けまくり、時々、周囲の釣れない釣り人の目を気にしながら、満員で酸欠寸前の引き舟の鮎を、水辺に沈めたオトリ缶に移す。
 それにしても鮎の一生は哀れだった。稚魚の時代からシラス漁や他魚の食餌から逃れ、流れに逆らい段差を飛び越えて遡上してようやく成人を迎えた身が、鋭いハリに肉体を貫かれての強制拉致の上に罪もないのに残虐非道な塩焼きやフライでの末路、これが必死で生きた結果だとしたら余りにも酷すぎて身につまされる。
 だが、ここにアウシュビッツの悲劇を投影して涙する人は、鮎釣りには向かないし上達もしない。所詮、釣り人の本性は、野性であり、鮎にとって天敵である川鵜以上に恐ろしい狩人なのだ。
 信方の釣った後には雑魚しかいない。それなのに、先程まで信方達が釣っていた辺地寄りの浅瀬に人だかりがしている。信方が釣り尽くした後の石に、縄張り鮎がつくのは夕刻か明日になる。

 

 

10 鮎と人間

 

 那珂川は天然鮎の宝庫といわれ、それなりに魅力あるある川であるのは間違いない。
 本来の信方は、大鮎釣りの名手だった。例年のように激流で知られる日本三大急流の一つ九州の球磨川に通い、尺(三十・三センチ)鮎を大量に持ち帰る。
 ところが、那珂川上流のヌシとも言われる信方が、九州の大河で釣れない尺鮎を追っていたその留守中に、那珂川上流のヨナ淵、硫黄岩、高岩の荒瀬から見事な尺鮎が次々に上がっていたのだ。
 数が釣れない年は釣り人の姿も川に少なく、豊富な餌場を得て成長する鮎にとっては天国になり目いっぱい大きくなれる。
 今年の鮎はどうなるのか?
 信方が隣で釣っている福山に声をかけた。
「これで川鵜が来なければ、シ-ズン中楽しめるぞ……」
 福山が掛かった鮎を取り込んで、腰を屈めながら応じる。
「でも、鵜より怖いのは、大鎌イタチだそうですね?」
「そいつは禁句だ。先祖代々、それを口にした者に災いをもたらすと言われてるんだぞ」
「まさか、ノブさんはそんな迷信、信じないでしょうね?」
「とにかく大鎌イタチの話は絶対にするなよ」
 信方はそのことで、忘れていた恐怖を思い出していた。
 台風で水かさが増した時だけ、一メ-トルもある大鎌イタチと名付けられた巨大な怪魚がどこからか現れて、鮎どころか溺れている人間の身体まで食いちぎる。これは、この地方に伝わる伝承なのだが、それを信方は小学五年生の時に初めて聞いた。
 何の行事かは忘れたが村の集まりで、元村長だった古老が、江戸時代末期にこの地方を襲った台風で大水が出たときの話をした。水かさの増した濁流をわがもの顔で泳いだ大鎌イタチが、溺れた人の内蔵や手足を食い千切ったと、身振り手振りで被害の実例を上げながら恐怖の表情で語ったのを覚えている。
 その古老によると、ここで大鎌イタチというのは人間に食われた川魚達の化身で悪霊の固まりだから、それを話題にした人間に祟るという。その話を語り終えた老人は、その場で、食した里芋を噛み砕けず喉に詰まらせて窒息死した。これは村の記録にもある。
 数年前も、冬の夜の団欒にその大鎌イタチの昔話に興じた村の一家が、翌朝、台所仕事で話に参加できなかった嫁一人を残して、不審火で全員が焼け死んだことがある。
 それを偶然とは思いながらも、以来、村人の誰もが大鎌イタチのことを口にしない。
 それ以上に信方が恐れるのは、実際にその大鎌イタチに遭遇した体験をもつからだ。
 昭和四十X年、関東地方一体に大きな被害をもたらした台風XX号が襲来した時は、信方はまだ中学生だった。雨が小止みになるのを狙って父は信方を連れて余笹川を見に出掛けることになり、信方も父の車の助手席で川を見た。エンジンを止めて三十分ほど川を眺めていたが、それは悲惨な光景だった。大八車や馬小屋や馬が流され、人間の死体が家屋の廃材や倒木に揉まれて流れ去る。
 そのとき、運転席の窓から川を見つめていた父親が、突然のように岸辺に走って長靴を脱ぎ、濁流にとび込んだ。上流から浮き沈みながら助けを求めて溺れ流れる男の姿を見たからだ。父は巧みに平泳ぎでその人に近づき男の片手を握って下流に流されてゆく。
 信方が車から出て雨に打たれて、土手の泥道を走りながら見ていると、父はその男を引いて必死で岸に寄った。信方は無我夢中で叫び、拾った棒を川に差し出して父に「つかまって!」と叫んだ。
 その時だった。
 深い裂け目のある巨大な尾ヒレが水を叩き、手拭いを掴んでいた男の手が離れ、叫び声を上げて沈み、身軽になった父親だけが岸にたどり着き、振り向くと、赤く染まった濁流が下流に広がっていた。信方の全身を冷たい氷の固まりが走った。それは長い時間のようでもあった。
「いま,何を見たんだ? 何であいつが手を離したんだ?」
 信方は口をつぐんで首を振った。見てはならない物を見てしまった悔恨と恐怖が顔に出る。父親が信方の目を見つめた。
「そうか見たのか……ヤツは本当にいたのか」
 父は、震えている信方の肩を抱くと黙って岸辺を戻った。
「あれが、大鎌イタチだ」
 父親が信方にきっぱりと告げた。
「いいか。今日の事は絶対に口にするな。見なかったことにするんだぞ」
 帰宅した父は、溺れた男のことも口にしなかっが、翌朝の新聞に
載った、片足をもがれて死んだ溺死者の記事を見て、しばし瞑目したのを信方は知っている。
 県政に携わりながら、猪撃ちや川魚獲りで知られた父が、イワナ釣りに転向したのはそれからだった。暇さえあれば黒羽の銃砲店主で狩猟と魚釣り仲間の因幡という友人と、あちこちの沢や淵を渡り歩いてたが、雨の河原で転落して骨折したのを機に大物釣りから身を引いて鮎釣りに戻った。足が不自由になったからだ。
 その父・新吉も五年前の秋、肺炎をこじらせて七十七歳の人生に幕を下ろした。誰もが、その惜しまれる死を悼んで泣いた。
 身体を湯浴みさせて白衣を着せた信方が、タオルで足を拭いたときに、その右足に獣にでも噛まれたような深い歯形の傷痕を縫い合わせた跡があることに気づいて愕然とした。父は、川の岩場で転んで打撲して入院したと言った。しかし、信方にはすぐ事情が飲み込めた。父は間違いなく、あの大鎌イタチを追い詰めたのだ。生きている間、父が信方に真相を語らなかったのは、危険にさらしたくな
かったからに違いない。
 その血を継いだのか、信方もやはり大物を狙う。それにしても、あの幻のような尾ヒレは何だったのか?
 悪夢を振り払うように信方は首を振った。

 

 

11、夜明けの城址公園

 

 六月下旬のある日曜日、黎明の気配が漂いはじめた午前五時前、那珂川左岸の崖上に作業服に身を包んだ藤堂孝二の姿があった。
 アジサイの彩り豊かな花が咲き乱れる城址公園の土手上に那須野の風が吹き、孝二は両手を広げて清冽な空気を大きく吸い込んで、眼下に広がる那珂川の流れと、遠く広がる北関東の景色を眺めて満足気に微笑んだ。
 すぐ対岸下のリバ-サイドガ-デンの駐車場には、早くも鮎釣りに訪れた釣り人の車両が数台ほど見えている。孝二も一日も早く川に入って竿を出したい。もうあと一週間もすれば出所できる。それまでの我慢なのだ。
 なぜか笑顔がこぼれて抑えようがない。孝二は腕時計を見た。
(二人がそろそろやって来る……)
 刑務所からここまでは歩いても来られるが、河田という刑務官が車で送ってくれた。
 孝二の今日の計画を聞いた河田は、腹を抱えて笑った。
「うまくやれよ。オレたちはオコボレでいいんだから……」
 孝二を降ろした河田が、囚人護送車の窓から念を押す。
「……八時ちょい過ぎに脅しに来るぞ。そこで仕事は中止だ。オレは家に戻って一眠りしてくるからな。こんな早くからじゃ眠くてたまらん」
「悪いな。あとでたっぷり埋め合わせするぜ」
「あたりまえだ。頼むぞ」
 つい数週間前、出来心で脱走したことになってるが、これも絶妙な河田との連携プレ-なのだ。ただ、刑事に追われたのは誤算だった。いまは出所寸前の模範囚だし、今朝も河田が付き添っての朝食前外仕事ということで自由になっている。
 やがて、福山が金属探知機や新型穿孔(せんこう)機に、組立式のベルトコンベア-などの作業用機材を積んだ四駆のワゴン車で、信方のワゴンが続いて現れ、出迎えた孝二に手を振る。
「おはよう。早かったな?」
「暗いうちに穴から抜け出たからシャバの空気を吸っての散歩で、いま来たとこです」
 三人ともそれぞれ作業着を身につけ着替えも持参している。これなら土まみれになってもいい。
 車両乗り入れ禁止のためにある車止めの棒杭を抜き、その横に福山が用意した「緊急工事中-黒羽町・土木工事課」と、いうベニヤに油性ペンで書いた看板を立てた。工事課は臨時の団体名で、役場と記入してないから内容は嘘ではない。
 車から降りた福山が、迎える孝二の肩を叩いた。
「解禁の鮎は旨かったか?」
「塩焼きでビ-ル、看守達と盛大に飲みました。ただ、あの晩、前科五犯の黒川ってヤツが、あの塀際の穴を見つけたらしく、そこから逃げて大変だったんですよ。そいつが穴を開けたことになってますがね」
「捕まったのか?」
「いえ、どこへ逃げたのか……いま、警察が追ってます」
 福山が炭鉱用のライト付きヘルメットを手渡しながら聞く。
「大丈夫なのか? また脱獄して……」
 ヘルメットを頭に被りながら、孝二がフフッと鼻先で笑った。
「地獄の沙汰も、なんとか次第って言うじゃないですか」
「そうか……」
「この前、会長から貰って分けた四百万が効いてるんです」
「あきれたな。そんなのバレたらヤツらもムショ入りだぞ」
「でも、お二人には迷惑かけないから、安心しててください」
 孝二が信方と福山を誘った。
「よかったら、さっさと床下に潜りましょうか?」
「時間がもったいないからな」
「あの絵地図から見ると、屋敷中央の真下です。ここには大判がザクザクあると睨んだんですがねえ。場所は探してあるし探知機で確かめるだけでも……大本命の山奥は多分、もっとだけど……」
「ここは二番手か?」
「カンが当たればですけど……」
 福山が納得顔の信方を見てから、孝二に聞く。
「山奥だと、どのぐらい埋まってるんだ?」
「数千枚かな? 掘ってみないと分からんですが……とにかく、時価総額で数千億円は保証しますよ」
「場所は分かってるのか?」
「あの絵地図だと、那須岳の麓から流れる沢の一つですね。少しは見当はついてます」
「それは後の楽しみとして、まず床下から頂いておくか? 時間はかかるのかな?」
「場所探しなら三十分。掘る時間は福山さんじゃないと……」
「三メ-トルぐらいまでなら新兵器で一時間もかからんよ。ノブさん、いよいよですが準備はいいですか?」
「OKだ。すぐ始めよう」
「いよいよだな」
「今日は火の見櫓下もやるか、どうだ孝二?」
「櫓下は無理ですよ。オレの時間がないんですよ。もうすぐ出所だし……早く戻らないと。それと、火の見櫓下の横穴堀りは、下手すると外部から丸見えなんです。深夜なら掘る手もあるんですが」
 孝二が、福山の商売道具の金属探知機を担いで歩きだすと、福山が新型穿孔機を担いで孝二に続き、信方が拾両大判を入れるための鍵付きの皮カバンを肩に掛けて、後からリズミカルに歩く。
 三人とも、口笛でも吹いてスキップしたい心境なのだ。
 孝二が歩きながら時計を見た。今日は仲間うちの逮捕劇だから言い訳のセリフは不要だが、この前みたいに予期せぬ警察の出現で追われるのは御免だ。あの時の自供内容を反芻してみる。世の中そう甘くない、いつまた同じ目に遇うか分からないからだ。
 あの日、三時間ほど警察指定の救急病院に入って体調の回復した孝二は、黒羽署の取り調べ室で脱走の動機について調べられ、こってりと油を絞られた後、厳重な警戒の元に黒羽西刑務所に護送された。本来は、極端な食事制限や重労働の体罰などを含めて、刑期の延長程度では済まない非人間的で陰湿な厳しい刑罰が待っているはずだった。しかし、刑務所に戻った孝二に与えられたのは、出所ま
で一カ月だった刑期を五日だけ延ばすという穏便な処置だった。その理由までは誰も知らない。
 孝二は経歴を誰にも話さない。いや話したくないのだ。
 通常は、母方の実家がある盛岡出身と偽っているが、実際には、東京で生まれ育ち、両親の離婚と母の死で子供の時から親類をたらい回しにされ、東京の親戚に預けられ、都内足立区の公立中学校から都立高校に進み、W大文学部に入学して二年で中退している。
 なぜか孝二は、その過去を人に言えない。
 多感な未成年期の豊かな愛情が必要な時期に、船大工という家業の倒産と同時に離婚になった仲の悪い夫婦だけを見て暮らした幼少期。病弱な母親に連れられて、さほど親しくもない遠縁の家を転々としたあげくに母に死なれた悲しい小学生時代、中学生時代から盗品の運びやなど影のあるバイトに励んだ孝二にとって、人に触れられたくない辛く重い過去があるのは当然かも知れない。
 警察で自供した内容も、当然ながら嘘で固めたものになる。
「わたくしは藤堂孝二で二十六歳です。
 岩手県盛岡市で生まれ地元の高校を卒業して上京し、東上野のオ-トバイ修理販売店の住み込み店員で働いていました。
 そこで知り合ったバイク族の仲間に競馬・競輪・麻雀などのギャンブルに誘い込まれたのがきっかけで、店の主人とトラブルを起こして解雇されてしまったのです。その後、喫茶店、サラ金、訪販会社など様々な職業を転々と渡り歩いておりましたが、知人の紹介で骨董品屋に臨時の店員として雇われたのが縁で、店に出入りする人に誘われて、「歴史・骨董研究会」に入りました。
 そこで、歴史研究家、出版経営者・大学教授や検事、作家などの話を聞くうちに骨董品に興味をもち、本格的に勉強をしました。
 はじめは縄文土器、弥生土器の研究から始め、あちこちの古墳の発掘現場や出土品保存センタ-をたずね、歴史博物館に通い詰めて独学で勉強し、在野の研究家としてスタ-トしたのです。
 そんなときに偶然、バイトで働いた時に知り合った大工の江藤安彦さんから、家老屋敷の修築現場の床の間裏の隠し部屋から見つけたという古い仏像の販売を委託されたのです。
 わたしは、その仏像を一目見て、奈良時代の名工の作と感じましが、「ただのガラクタじゃねえか」と言って二万円の約束で、江藤さんを連れて浅草国際通りの馴染みの骨董屋「なんでも屋」に行って交渉したところ店のオヤジは「八万円……ビタ一文出さん」と、いいます。わたくしが「これは奈良時代の名工の作で五百万はすると聞いて来た。よその店に行くぞ」と、ホラを吹くと、オヤジは渋い顔をして「せいぜい二十万だな」と言い、それからの交渉で最終的には三十五万円で売れました。
 その店を出て路地に入ってから江藤さんに、「二万の約束だが高く売れたから十万払うよ」と言って十万円を渡そうとすると、「持ち主はオレなんだから二十五万円よこせ」となり、わたくしがきっぱりと断ったことから殴り合いになりました。うめき声で気がついたら、江藤さんが腹部から血を流して倒れていました。多分、わたくしが無意識のうちに護身用に持っていたバタフライナイフで刺したのだと思います。わたくしはいま、他人の品物を盗んだ物を一緒になって売って収入を得ようとした自分を恥じています。ましてや知り合いと争ってケガを負わせるなど、すべて、自分勝手で粗暴な性格がなせるものと大いに反省しております。わたくしは、以上の理由で裁判を受け、懲役一年を宣せられ黒羽西刑務所に服役中でした。刑期もあと一ヵ月となった平成XX年五月二十X日、午後二時五分、模範囚の特権である屋外作業中で刑務所正門前道路の整備中のことですが、つい出来心で、通りかかった車の正面に立ちはだかって停車させ、拾い持った石塊で脅して乗車して持ち場を離れました。わたくしは逃げるつもりはありませんでした。あくまでも衝動的だったのです。一キロほどの走行で反省し、運転していた男性に謝罪して車を降りましたが、戻ってからの罰が怖くて、つい逃げてしまったのです。そしてその夜、黒羽城址公園近く芭蕉の館の床下に潜り、拾ったビニ-ルと段ボ-ルの上で仮眠したところを、翌朝早く、犬に吠えられて管理人に発見されて通報され、警察に追われて川に逃げました。泳ぎには自信があったのですが疲労と空腹の上に着衣が邪魔したために、したたかに水を飲んで溺れてしまいました。二キロほど流されたところで那珂橋から飛び込んだ見知らぬ人に助けられ、救助されると同時に再逮捕されたものです。この件についても大いに反省しております」
 孝二の供述は筋書通りだが、なにを反省しているかというと、本人自身は、発見されて逮捕されたのを一番悔やんでるのだから、このような表現になる。だが、埋蔵金と菊池信方、福山喜一との交流についてだけは、死んでも口にできない。
 この二人だけは、自分の惨めな過去を聞くでもなく、自分のいい面だけを認めて、対等に付き合ってくれている。
「孝二、まだ大分先か?」
 金属探知機を手にした孝二を先頭に、三人は家老屋敷の床下に潜って這っていた。ヘルメットに付着したライトの明かりを頼りに、縦横に張りめぐらされたクモの巣を手で払いながら進むのだが思ったより床が高く、匍匐せずに膝歩きで進むことができるのが意外だった。やがて、外の明かりが届かない中央部に辿りついた。「どの辺りなんだ?」
「あと少しです」
 信方がイライラして詰問するが孝二は動じない。そのままの状態で屋敷の中央下から東北に二メ-トルほど移動したところで、孝二は、床板を見上げてライトで照らし何かの目印を見つけていたが、ようやく発見したらしく金属探知機を福山に手渡して告げた。

 

 

12、新兵器

 

「絵図の座布団がこの床裏に刻まれた四角印です。この真下あたりが多分、深さ二、三メ-トルだと思うんだけど……」
「よし、分かった。行くぞ!」
 福山が、金属探知機を地面に当てて周辺を探り始めた。
 弱い反応があってブザ-が断続的に鳴る。
「お、あったぞ!」
「いや、まだ本調子じゃないですよ」
 また少し移動すると、金属探知機にかなりの反応が出た。
「この音だと、この下かな?」
 福山が、探知機の音量を調節して下げ、再び探り出す。
 さらに進むと、外に響くのが心配なほどの反応が出た。
「あった! ここには多分、数十枚は眠ってるぞ。これだと二メ-トルから三メ-トルの範囲内に埋まってるな。多分、火の見櫓下と同じパタ-ンだね」
「やったな!」「よかった」「思った通りです」
 三人三様の喜びが、床下を吹き抜ける湿気の多い空気を爽やかに変えた。福山があちこち動いて位置を確かめ、土の上に腰を下ろして、探知機の先端で直径一メ-トルほどの円を描いた。
「これでノブさんと福さんは大金持ち、オレは小金持ちですな」
「孝二だって大金持ちさ……なにしろ、億って金だからな」
「福さん。その新型の穿孔機は何メ-トルまで掘れるんだね?」
「垂直で十一メ-トルまでですから、三メ-トルなんてチョロいもんです」
「じゃあ、早く掘ってくれ」
 と、信方がイラ立つ。「よし。ノブさんは少し離れてライトを当てて……孝二は探知機で位置の確認を頼むぞ」
 ここからは福山の独壇場になる。
 福山の開発した特許出願中の新型穿孔・小物挟み機は、中通しの十メ-トル釣り竿をヒントにアルミパイプで製作しただけあって、先端の円錐形の捩じれた部分がリ-ド線によって、福山が肩にした携帯用の強力バッテリ-と繋がり、動力で高速回転してぐいぐいと土中に潜って堀り広げて行く。しかも、目的物に到達すると赤い豆電球が点灯する仕掛けになっているという優れ物なのだ。しかも、
その目的物を引き出すのも簡単で、先端の円錐形の部分がスイッチオンで開き、その目的物を挟み込んでからスイッチをオフにすると、がっちりとそれをくわえ込み、アルミパイプを畳むだけでの目的物を手元に引き寄せることができる。しかも、大判が狙いだから疵の付かないように鋏む部分にゴムでパッキンングを咬ませてある。
したがってこの機械の本名は埋蔵金掘り出し機とも言える。
 この発想は、信方が球磨川の激流の中の大鮎を仕留めるために開発した中通しのリ-ル竿から、福山が無断で盗んだヒントから得られている。この鮎のリ-ル竿の特徴はリ-ルから出る道糸が竿尻から出て行くという画期的なもので、釣り具メ-カ-の発想にはあり得ない。信方が自動車関連機械設備の考案者であるだからこそ出来る発想で、ロ-テクをハイテクに変える魔法のような発明なのだ。
福山はそれからヒントを得たが信方には話していない。もっとも、それを知っても気にするような信方ではないのも確かだった。
 ただ、この埋蔵金掘り出し機の大きな欠点は、黄金が一枚づつしか取り出せないことだ。
「探知機の反応が強く出てます。この真下です!」
 孝二が声を押さえて叫んだ。
「よし!」
 福山は、新型穿孔・小物挟み機の手元が床板に触れないようにして、自分が描いた輪の外から斜めに地中に差し込んで電源を入れると、円錐形の先端が回転すると土を掘る鈍い音がして、長さ一・五メ-トルで外径百ミリの太いアルミパイプが徐々に土の中にめり込んで行く。
 それを立てながらスイッチで操作して内径の二本目を送り込んでゆくと、パイプは、残りが床板に触れない五十センチ位のところで約一メ-トル径の輪のほぼ真ん中で見事に地面と直角に立った。福山はさすがにプロのボ-リング屋だった。それをさらに三十センチまで沈めておいて三本目を送り込むと、かすかに手元の赤ランプが点いた。
「あったぞ……」
 福山がパイプの目盛りを見た。
「地中二・五メ-トル、意外に浅いな」
「早く引き上げるんだ」
 信方の声が明らかに上ずっている。
「ま、焦らんでください。これから挟むところですから……あれ?
 ランプが消えた」
 先端の位置が目的の物から外れたらしい。
「福さんは詰めが甘いからな。もっと、竿先に神経を使うんだ」
「余計なお世話です。こいつは鮎とは違う……あ、あったぞ!」
 再び赤ランプが点灯した。
 福山がスイッチを押して、開いた先端部分を慎重に動かして固形物を挟んだ。赤ランプが点いたままということは確実に目的の物を挟んでいることになる。
 スイッチの操作でアルミパイプを一本づつ内部に戻すと獲物が徐々に上がってくる。
「どれ、ワシにも釣らせろ」
 待ちくたびれた信方が、福山からパイプを奪って引き上げに参加する。
「なるほど、尺鮎みたいに暴れないから楽だな」
「でも、先端の鋏みが甘くて外れれば、鮎のバレと同じですよ」
 いよいよとなったとき、福山が手を出した。
「操作があるんでオレがやります。ノブさんは見ててください」
「ここまで参加できれば大満足だ……」
 信方から気分よくバトンタッチされた福山が、いよいよ仕上げに入る。
「ドキドキしますね?」
 孝二の話しかけに信方も応じる。
「これが、太閤の拾両大判ならたった一枚でも納得だな……」
 福山が新型穿孔・小物挟み機を引き上げたが、床の上板に元が当たるから先端がなかなか懐中電灯の輪の中に現れない。それを倒すように引き抜いてゆく。
「孝二、パイプを持ってくれ。ここで外れたら大変だからな」
 孝二が探知機を信方に預けてアルミパイプを握ると、福山がごそごそと穴の中に手を入れて先端に触れている様子だったが、安心したように叫んだ。
「間違いなく獲物は獲った。さあ、ゆっくりと引き上げてくれ」
 息が詰まるような瞬間だった。三人のヘッドライトの眩い光の輪の中、円錐形の先端部分に挟まれて泥だらけの塊が姿を現した。
「なんだ。それは?」
 ギクッとした信方が喚いた。
 福山が落ちついて新兵器のスイッチを押すと、泥の塊が三人の足元に落ちた。それを拾った孝二が手で泥をぬぐった。それを見た瞬間、信方の杞憂は吹っ飛んだ。孝二の泥まみれの手の中で部分的にではあるがライトの光を浴びて燦然と輝いたのは、紛れもなく太閤大判の黄金だった。
「やったぞ!」
「やりましたね……」
「苦労の甲斐があったな」
 床下のハイタッチで気分は最高……お互いに冷たいビ-ルで乾杯したい気分になる。孝二から受け取った黄金を福山が、用意した布できれいに磨いて信方に手渡す。
 信方は、ライトに照らして文字入りの拾両大判をいとおしげに眺めて頬擦りをした。その表情は暗くてよく見えないが女性に見せる優しさと同じ種類のもののようでもあった。
「この前と同じ太閤大判だぞ。まるで、尺鮎を釣り上げたときに近い感激だな……」
 福山が驚いた。
「オレは尺鮎の感激は知らんですが、これは六千万の価値があるんですよ」
「そういえば、ホ-ルインワンした時も同じ感激だった。尺鮎もこの黄金も同じ感じだ……ブラボ-だぞ!」
「そんなのベラボウですよ。尺鮎は名人はただ同然で釣れるが、こいつは六千万もする……」
「福さんな……ものの価値はな金額じゃないんだ。たしかに尺鮎は腕次第だろうが六千万はおろか一億あっても、釣れないヤツには釣れないぞ」
「一生に一度でいいから尺鮎を釣ってみたいですね」
「この埋蔵金だって宝くじと違って、運任せじゃ掘れんからな」
 信方が満足げに調子づいて福山に指示した。
「ワシは満足だが、その勢いでじゃんじゃん掘ってくれ!」
 孝二がさり気なく時計を見た。八時はもう近い。
 掘る真似をしているうちに河田が迎えに来るはずだ。ほんの少しだけ時間稼ぎも必要だが、長居はしたくない。

                 続く。