戊辰戦争・会津 母成峠

母成峠2小

稲荷山1小

母成峠3小

小雨降る8月28日(土)、初秋の気配濃い会津の東部藩境にある母成峠(ぼなりとうげ)を訪れました。ここに来るのは何度目になるのか? 晴れていれば山に入って樹林に埋もれた塹壕や砲台跡を歩くのだが、天候不順もあって、人影もない峠から遥か東の二本松の方角を眺めて、木陰から発砲しながら山を登って来る2千の新政府軍を想像し佇んでいると、やがて撃ち合いから白兵戦になって戦う両軍の凄惨な殺戮戦による死傷者の断末魔の叫びが目や耳に浮かび、死者の魂が未だにこの地に彷徨っているのを感じます。
 母成峠の戦いは慶応4年8月21日(新暦10月6日)、旧幕府軍800名が新政府軍2,200名と戦って破れ、新政府軍の若松城攻めを許すことになります。