新潟へ 七二七の席の縁

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無償の愛をつぶやく Ⅱ

高尾 義彦

新潟へ 七二七の席の縁
(2014/06/04)
 新潟出張で上越新幹線。東京駅で切符を確したら、七号卓二七A。田中角栄元首相がロッキード事件で逮捕された七月二七日を連想する人は、ほとんどいないと思うけれど、八年前のあの夏の朝、東京地検前で現認した光景が浮かんだ。

薔薇舘 ショパンにリスト別世界
(2014/06/01)
今年も千葉市・土気にあるドクター本間の薔薇の館へ。若い音楽家を支援するチャリティーコンサート・シリーズで、今日は若手ピアニスト、近藤和花さん。べヒシュタインの1880年製リストモデルのピアノを弾きこなし、超絶技巧も見事だった。

紫陽花が ベランダで咲く雨の精
(2014/06/03)
梅雨を前にピンクの花が目を楽しませてくれる。連れ合いが生け花の花材を挿し木しておいたら、初めて花を着けた。ほとんど水だけで成長したらしく、水の精でもある。土地の条件によって色が変わり、我が家はピンク。

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特別寄稿

手拭い下げてお江戸の銭湯-7
=「人生八馨」 一五年
春季号・第二巻

高尾 義彦

風呂は別棟になつていていわゆる五右衛門風呂だった。風呂を沸かすのは祖父の仕事で、ある日、学校から帰宅して、「風呂が沸いてる」と勧める祖父に反抗して「入りたくない」と答えると、祖父が突然、激しく怒り出した。その剣幕にびっくりして逃げ出すと、祖父は、そばにあつた太い薪を手にして追いかけてきた。
せっかく孫のために風呂を沸かしたのに、入らないとは何事か、という怒りだった。家の周りを二回りほど息を切らして鬼ごつこ。祖母がとりなしてくれて、殴られることはなかつたが、忘れられない体験だった。
その祖父は、代々伝わっていた家の古文書を風呂の焚きつけに使おうとしたことがある。
町の教育長も務めた叔父が後に話してくれたことだが、慌てて止めて貴重な古文書は保存されることになつた。叔父が解読して残してくれた古文書によれば、我が祖先は江戸時代から 「紙漉き」 を生業とし、藩札、つまり阿波藩が使用する藩の紙幣を印刷する紙なども作っていたという。古文書が風呂の焚口の灰にされていれば、そんな歴史も消えてしまっていた訳で、風呂にまつわる祖父の二つの顔を思い出すと、苦笑いが込み上げてくる。