人生は運を強めることが大事

 

気象庁によると、9日夜遅くから鹿児島県のトカラ列島近海を震源とする地震が相次ぎ、10日午前7時7分ごろに発生したマグニチュード5.2の地震では十島村の悪石島で震度4の揺れを観測したということです。(2021年4月)

地震はさらに、カリブ海沿岸など、地震国日本だけではなく最近は世界でも頻繁に起きていることを知らされます。

ここから判断すると、地球は活動期に入ったのではと考えられています。

地球と太陽は密接な関係があり、私たちは太陽からのエネルギーの恩恵を受けて生かされております。その太陽から放出されるエネルギーは一定ではなく常に変化しており、その変化が地球に大きく関係しているということです。

私たちはこのような宇宙の中で生かされている生命ですね。そしてその宇宙は永遠ではないこと。私たちの命も永遠ではありませんね。

そのような中で生かされいる小さな小さな命です。ピンチがいつ訪れるか分かりません。それを恐れながら毎日を生きてゆくのです。そしていつか必ず命は終わります。

人は誰でも必ず死を迎えます。そのことを真に自覚している人はどれほど居られるでしょうか? 自覚していない人には運は訪れません。自覚している人は人生を楽しく生きることを知っています。

訪れるあらゆるピンチがチャンスに変わるような生き方、それは強運を掴むことです。

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友人からのプレゼント デルフィニウム と バラ 殺風景な玄関が明るくなりました。いつもありがとうございます。

花言葉は、『清明』

やはり涼しげなブルーが、デルフィニウムの最大の特徴。さわやかな印象から花言葉がついています。

デルフィニウムの歴史は意外と古く、紀元前 1500 年頃の古代エジプトの王・イアフメス 1世の棺からも見つかっているのだそうです。


人間の価値は何で決まる・・?

 

    知恩・感恩・報恩

 知恩
知恩とは恩を知ること
我が家の掛け軸にはこのような言葉が記されています。

今から20年ほど前、パートナーが快復することのない病に伏している時、私自身も心が平穏ではなかった。そのような時に、恩師が訪ねて下さり、色紙に書いてくださったのです。

どんなに辛くても、今見える 今聞こえる 今動ける 今一緒に生きている

何と嬉しいことであろう。

明日がどうあろうと、今を楽しく生きること。このことを教えていただいたことを先ず感謝しよう。ありがとう。

 感恩

私の父は私が3才の時、この世を去りました。昭和20年3月31日 38才でした。徴兵されましたが戦病死でした。母との会話から思い出として語られる以外には、父の面影を殆ど知りません。

その思い出のひとつに名前の命名があります。私の名前は「靖子」といいます。それを父親が付けてくれたと言うのです。当時、新宿区牛込あたりに住んでおりましたので、靖国神社が近くにあり、恐れ多くもその字を頂いたのです。

新宿は空襲の激しい場所だったので、転々と引っ越しをしました。3歳の私と乳飲み子の弟は全く覚えておりません。終戦後、新宿区に戻ることはなく、従って今日まで一度も靖国神社を訪ねたことはありませんでした。

しかし、80歳を前にして、父親の倍以上生かされていることに気付き、今までに数々の病気を体験させられながらも生かされているのは、やはり父親が期待してくれているお陰なのではと気づきました。実はパートナーはしばしば夢路に訪れてくれておりましたので、身近な存在でしたが、父親の存在を疎かにしておりましたことは反省させられます。

命日の3月31日には初めて靖国神社に御礼参拝に行ってまいりました。桜吹雪の境内には慰霊塔に収められた勇敢な戦士の姿が目に移りました。父親の面影も重なって・・・

私は本当に幸せ者です。残りの人生をお父さん、お母さん、夫の分まで楽しませていただきます。

ありがとうございました。

報恩

「如来大悲の恩徳は身を粉にしても報ずべし」

「師主知識の恩徳も骨を砕きても謝すべし」親鸞聖人 恩徳讃より

この言葉に出会ったのは50代だったでしょうか。親鸞聖人のことを学んでいる会でした。

あまり肝に銘じた感はありませんでした。ところがこの度、千葉修司氏の「人間の価値は何で決まるについて」学んでいる時に知恩・感恩・報恩こそがこれぞと知り、再び心を熱く燃えさせることになりました。

恩を忘れずに意識している人は、なぜか出世していたり、活躍している人が多いと聞きます。周りの人に何を与えられるかを常に考えながら行動することが大切と思います。

そしてそのように生きていると、必然的に生きているだけで嬉しくなり、そしてそれが周りの人々を明るく幸せの輪に巻き込んでいくことになります。それが報恩に繋がるのだそうです。

何のために生まれてきたのか、何をして喜ぶ?  すべて行動あるのみ!!

生きているだけで幸せ。これが報恩である。

その領域にみんなで到達しようではありませんか!!

 


毘沙門天の智慧

使命を求め、使命を探す生き方を!

七福神の中の毘沙門天は唯一厳しいお顔をなされております。

それは何故でしょう。

どうやら、私たちは生まれてくる前に、この世での使命を果たすための目的を、神様と約束しておられるようです。ところが、殆どの人が、この世に生を果たした直後に忘れてしまっております。

それを思い出しなさいと叱咤激励しておられるのだそうです。

この使命について、「強運を科学する」千葉修二氏によるCDプログラム「無知の知(賢者への道)」を参考に自分の人生に当てはめて考えていきたいと思います。

 

まず、その「使命」とは一体何でしょう。

辞書で調べてみますと、

・使者として受けた命令

・与えられた重大なつとめ、責任をもって果たさなければならない任務 と記されています。

従って、使命とは人生の目的、目標、志とは違い、自分で決めるものではなく、果たすことが大切なので、まずは思い出して探し求めることが大切であるということです。

 

私たちは神様と約束をしてこの世に生まれてきたようです。

この世で使命を果たさないということは、例えば、会社で上司に〇〇をしてきてください、と言われ、「はい」と返事をして出かけたものの、「あ、忘れてしまいました。」というのと同じということだそうです。あの世の株式会社で働いていて、上司は神様なのかも知れません。

さて、あなたの使命は何でしょうか?

毘沙門天さんが険しい顔をしているのは、私たちがその約束を忘れているからです。

何故約束を果たさない。その約束を思い出しなさい。と叱咤激励をしているのだそうです。

多くの人が、この使命を果たさず、この世を去ります。その多くの原因は約束した使命を思い出さないからです。では、どうすれば約束した使命を思い出せるのでしょうか?

それは意外と簡単なのです。と千葉修二氏は語ります。

忘れた使命は何だったんだろうと思い出す努力をすることです。使命を求め探すことです。

「あの人、過去に逢ったことがありそうだけど、どこで逢ったのだろう」と、思い出そうとするのと同じです。使命は自分で決めるものではありません。決めるものは人生の目的、目標や志ですが、使命はあの世で神様と約束をしてきたものですから、勝手にこの世で決めることはできません。

使命は思い出さなければならないのです。探さなくてはならないのです。と。

 

しかし、考えてみると、あの世で約束をしてきたことが何であっただろうと考える人がどのくらいおられるでしょうか?

殆どの人が使命を思い出さず、使命を果たさずこの世を去っていきます。

約束をした使命を忘れて果たさずに、あの世に帰ったら、神様は何と仰るでしょう。

あの世で「あッ?」と思い出しても、この世に戻されるということはないでしょうけれど、後悔しきりの後味悪い修業があるかもしれませんね。

それはさておき、さて私の使命は一体何だったんだろうと考えてみることにしましょう。

正直すぐに、これだこれだと思い出せる人はおりませんね。

しかし私たちには潜在意識というものがあり、思い出そう!探し出そう!と意識した人の潜在意識は、起きているときも寝ているときも、自分の使命を探し、思い出そうとしてくれるそうです。

 

私の使命についてお話しさせていただきます。

私にはこんな思い出があります。もう30年も昔のことです。斎藤隆介作「花さき山」という童話を、和楽器の演奏をバックに舞台で語ったことがあります。客席に向かって語り始めると、やがて暖かい何ものかが客席からふわっと盛り上がってきました。そして

「それからどうしたの?」「早くその先を聞かせて!」と催促するのです。

すると今度は、私の心が私の身体から飛び出して「今、話すから待ってて!」と伝えています。  どうやらお客さんの心と私の心が会話をしているのです。

この物語は斎藤隆介作の「花咲き山」といって、優しいことをひとつすると、この花咲き山に花がひとつ咲く。道に迷って出会った10歳の女の子に山姥が優しさの大切さを語りかける物語ですが、現代にも通ずる数々の教えに涙を誘われます。私は乳がんの術後間もない頃でしたので、潜在意識の賜物の中での体験に励まされ、以後、この世界に身を投じていくことになります。思えばこれが神様と約束をした使命だったのではと思い出されます。

毘沙門天さんの智慧のことは知らなかった私ですが、幼少のころから父を戦争で亡くし、以後母が苦労して二人の幼子、私と弟を育ててくれました。その苦労を背負って、母は乳がんになり抗がん剤の苦しみの中でこの世を去りました。病弱だった私もガンを患い、母の跡を追うかのようでしたが、病気にならない、健康に生きる方法はないものかと、夢中で模索し、幸せに生き抜く道をみつけました。

そして今はもうすぐ八十路を迎える歳となりましたが、感謝の人生を歩いております。

私の使命は、人は「生老病死」という言葉がありますが、必ずしも病気になって死ぬのではなく、自然の草木のごとく枯れて死を迎える生き方もあると思います。

そのためには、農薬、添加物、化学物質、遺伝子組み換え、電磁波、放射能などの被害に遭うことなく、常に感謝の心で幸せに生きることを心がければ、大往生の道があることを信じます。

これこそが、私の使命と思います。こういう生き方を多くの人たちに知ってもらうことではないだろうかと気づかされました。

人生最期の景色が見え始めたこの頃ですが、優しさを伝えることが私の使命と確信し、そういう自分がとても好きになりました。

 

「強運を科学する」の千葉修司氏はこのように言っておられます。

使命は、まずは、思い出そうとすること。探そうとすることが大事です。すると毘沙門天も喜び、ともに探してくれます。使命を果たすことはとても重要だと思いますが、一番重要なのは、「使命を求め探す」この心的対話かと思います。

みつからない。探せないと自分を責めたり、落ち込むのは逆に愚かなことです。

人は皆、幸せになりたいのです。この世で幸せになるためには修行が必要ですね。

 

人生とは修行である。この世の修業とは幸せになる修行のことで、すべての人に共通です。

そのためには、辛いことも受け入れて感謝をするということに気づくことです。

辛いこと嫌なことは財産であり、それがあなたの人間的成長を促します。

「艱難辛苦で珠となる」という知恵ある言葉を送ります。

艱難辛苦とは非常に困難で苦しみ悩むこと。

「珠となる」は非常に美しいもの、完全で完璧なものを意味します。

人生にて良いことは思い出。辛いこと苦しいことはすべて財産です。

ゆえにこの世に起こることで、無駄なこと、自分にとってマイナスなこと、無意味なことは何一つありません。財産をいただいて辛いと愚痴をこぼすと神様はその財産に気づくようさらに艱難辛苦を与えるか、逆に何も与えなくなるようです。それはもう生きる屍のような人生になります。

私の使命は自然体でしたが、乳がんという艱難辛苦を乗り越えた先の「珠」と思われます。

 

この教えを心に誓い、人生に起こる出来事すべてに感謝をし、これからもバラ色に生きていきます。毘沙門天さんとの対話を楽しみにしながら・・。      完

 

参考:

千葉修司氏「無知の知(賢者への道)」より


お迎え装花をリビングに

やはり大輪のユリの花には威厳があります。

この花に寄り添うと私の心も引き締まります。

志を抱いて胸を張って生きねばと奮いたてさせられるような気がします。

さあ もうじき八十寿 気合を入れて生き抜こう❣

 

 

 

 

純潔・純粋・威厳・富と繁栄が白いユリ。

ピンクのユリは虚栄心・優しさ・暖かさ・願望。

 

立春 雨水。

そして今日14日はバレンタインデー。         コロナ禍の日曜の朝、白とピンクのユリの花が、甘い香りを漂わせて夢の空間を演出してくれています。

優しい友よ

ありがとう。


七福神のメッセージ

2021年の新春、おめでとうございます。

今年一年を健やかに過ごすために、その智慧を七福神にお伺いしました。

福禄寿様・・

人は、ある約束をしてこの世に生まれてきました。

志・使命感・愛をこの世で学ぶために。でも生まれた時にはそれを忘れてしまって思い出せない。そして時に流されるまま私利私欲に溺れる。

福禄寿さんは、その計画のお手伝いをしてくれる役割を持っているのですが・・。

 

毘沙門天様・・

毘沙門天さんはいつも怒った顔をしています。

思い出せない人が多いので起こっているのだそうです。

あなたの約束した志はなんですか?                          あなたの役割一体何だったのですか?

忘れていることに気づいていないのではないですか? といつも問いかけているのだそうです。あなたがどこにいても・・・

そしてあなたが気付いたら一緒に計画づくりに手を貸してくれるそうです。

弁財天さま・・

唯一、女性でインドの神様、芸術の神様です。

 

あなたの得意なものは何ですか? それを磨いていきましょう。とアドバイスと協力をしてくれる神様です。

 

 

寿老人・・・右手に棒、左手に鹿を携えています。

あなたの役割は何ですか? と問うています。

役割を果たすには健康が第一、健康でないと人に迷惑をかける。親・先祖から預かった身体を大切にしなければならない。と説いています。

「自分の身体だから何をしようと勝手でしょ。」と言っている人は強運にはなれません。

最高の親孝行はあなたが健康で生き生きしていること。 「己を労わるは祖国を労わる」ことに繋がっているのですね。

大黒様・・・いつもにこにこ笑っている。

あなたの役割は笑顔。

辛くて苦しくて死にたくなる人生は必ずある。      それが笑顔になるだけで消えるそうです。

辛く苦しい時に笑えない人は普通の人。これからの日本は普通の人では幸せになれません。

成長期から安定期へ。そして衰退期になったこの日本。人口が7000万人に減少するそうです。  なので普通以上に笑う事が大切と説いています。

あきらめないで、とことん考えれば、絶対道は開けるぞ!。

貧乏神は人の右の肩に乗るそうです。それを一瞬にして取り去る方法は笑うこと

そういうときこそ笑うのだと説いています。

布袋様

布袋様の仕事は何ですか?ときくと

利他の喜びだよ・・他人様が喜ぶことを考えてあげることだ。

お金をかけないで相手を喜ばせる方法を考える。

ありがとうというのは当たり前。

あなたは、ありがとうと言っていただける人生を歩んでいますか?

ケチが一番駄目。ケチとはお金ではなく、挨拶や笑顔、 返事もしない人がいる。智慧すら教えない人がいる。いいことを聞いても人に教えない。これを究極のケチというそうです。

 

恵比寿様

あなたの役目は商売のコツ・・ 「商売の種を考えなさい」

どうしたらお客様が喜ぶか?どうしたらお客さまが来てくれるか?

どうしたら社長や上司は喜んでくれるのか?を考える。

その種を考えると恵比寿様が手伝ってくれる。常にアドバイスと協力をしてくれる。

ただし考えないと彼は力を発揮できません。

 

この七つを行えば龍に乗り天界に通じることが出来るそうです。龍の宝船に乗り天界に通じるとあなたが出来ないようなことが出来るようになるよ。

さあ、今年は龍の宝船に乗って

私たちの願いを叶えていきましょう。

 

「強運を科学する」より参照

イラスト: フリー&商用可

 


ハッピークリスマスをみんなで歌おう✨

1、クリスマスがやってきた

今年はどんなことをしたいんだい

今年ももう終わり新しい年が始まるんだ

クリスマスがやってきたよ

君が楽しんでるといいな

お年寄りも若者もメリークリスマス

そして新年おめでとう

いい年になるよう祈ろうよ

誰もが幸せであるように

クリスマスがやってきた

争いはもう終わるよ

弱き人にも強き人にも(それを望みさえすればね)

富める人にも貧しき人にも(争いは終わるよ)

世界は酷い過ちを犯しているけど(それを望みさえすれば)

ハッピークリスマス(争いは終わるよ)

黒人にも白人にも(君たちが望めば)

アジア系にも先住民にも(争いは終わるよ)

全ての争いはやめようじゃないか(いま)

メリークリスマス そして 新年おめでとう

いい年になるよう祈ろうよ       

誰もが幸せであるように

 

2、クリスマスがやってきたね(争いは終わりだ)

僕たちはどんなことをしたんだろう(君たちが望めば)

今年ももう終わり(争いは終わりだ)

新しい年が始まるんだ(君たちが望めば)

ハッピークリスマス(争いは終わりだ)

君が楽しんでるといいな(君たちが望めば)

近しい人も大切な人も(争いは終わりだ)

お年寄りも若者も(いま)

メリークリスマス そして新年おめでとう

いい年になるよう祈ろうよ

誰もが幸せであるように

争いは終わる 君が望めば

争いは今終わるんだ

 

Happy christmas (War is over)

2020/ハッピークリスマス/ジョンレノン/歌詞


カサブランカが咲きました。

 

カサブランカは、オリエンタル・ハイブリッドと呼ばれる種類のユリのひとつです。

1970年代オランダで品種改良がなされ生まれました。オリエンタル・ハイブリッド品種とは、タモトユリやヤマユリ、カノコユリといった、もともと自然に自生する種類のユリから品種改良がなされてつくられた種類です。カサブランカの生みの親のひとつとも言えるタモトユリは、もともと日本の鹿児島県トカラ列島の口之島に自生していた種類のユリとのこと。そのタモトユリは、球根を乱獲された時期があり、残念ながら絶滅してしまったそうです。

カサブランカの花粉はピンセットで取り除こう

カサブランカの美しい白色をキープさせるためには、花のなかの濃いオレンジ色の花粉のついたおしべをピンセットなどで取り除くとよいそうです。カサブランカの白い花びらを汚さずに楽しめるようです。

カサブランカの花言葉はたくさんあります。

雄大な愛・純粋・甘美・雄大な美しさ・威厳・無垢・祝福

どちらかというと、「威厳」が一番相応しいような気がしますが、あなたは如何ですか?


笹が垣根を占領しました。

笹は竹ほど大きくは成長しないけれども地下茎で増える厄介な植物だそうです。

この植物が今、マンションの垣根、アベリアの間に占領し、庭に植えられたアジサイや花木を枯らせています。

地下茎もかなり広がっていると思います。

枯れ木の救出作戦にフォーカスしてみたいと思います。

 


生き返るでしょうか?

原因はこれでした。

笹竹です。

このマンションの垣根は小さなラッパ状の花が咲くアベリアです。 

このアベリアの垣根の間に笹が割り込んできたのです。

そして左の写真のごとく地面に生い茂り

これが一面に蔓延っておりました。

おそらく地下では一面に蔓延しているのではないかと推測します。

今朝は樹の周囲を更に広く掘り起こしました。そして微生物活性剤を水で薄めて撒きました。

見ると、この木だけではなく隣に植えてあるアジサイにも影響が出始めておりました。

根元には生育した笹も同居しておりました。

写真はカットした後ですが、

アジサイの右側一面は笹竹です。

救出作戦開始です。


枯れ木の生前の姿を再現することは可能でしょうか?

   

この木の名前は知りません。建物の南側に植えられていた木ですが、

数年前からこの姿になってしまいました。因みに小枝を折り曲げてみましたが、ポキッと折れてしまいました。生き返るでしょうか。
根元の雑草を取り払い、これから毎日水やりをしながら観察していこうと思います。

 

 根元には笹がはびこり、どうやらこれに栄養を取られてしまったようです。
かなり硬く、手では抜けません。鋏を使い、ほじくるように抜きました。
そこへ微生物活性剤のバクチャーを水で薄めて撒きました。
生き返るでしょうか?

見た感じでは怪しいですね。

 


ホトトギスを我が家に

 昨日恒例の草取りが入り、ぼうぼうだった庭がさっぱりとしました。私の心もすっきりと爽やかになり、早朝に建物の南側に足を入れてみました。

ヒイラギの垣根の門をくぐると、そこには一面に「ホトトギス」が咲き誇っておりました。

誰にも見られることもなく、ヒイラギと建物の壁に寄り添うように背を伸ばしておりました。

早速我が家に連れて帰りました。

花の名前の由来を調べると、

かっこう目カッコウ科に分類される鳥の一種で、特徴的な鳴き声とウグイス(鶯)などに托卵する習性で知られているホトトギス(不如帰)の羽毛の斑点との模様が似ているために、付けられたと記されています。

 

ホトトギスの画像 p1_17  ホトトギスの画像 p1_5

どうですか? 似ているでしょうか?

さて鳴き声ですが、昔の人は「テッペンカケタカ」と聞こえたそうですが、最近では「特許許可局」と聞こえるらしいです。もっと素直に 「キョッ、キョン、キョキョキョキョ」または 「キョッ、キョ、キョキョキョ」が現代の聞こえかたのようです。

皆さんは何と聞こえますか?

 

 


こんにちわ!

ようこそ わが家へ

自粛生活が長引き、生活習慣がすっかり変わりました。
外出が減ったことによって一番気になるのは運動不足です。

そこで日課となったのは早朝の草取り。
それが好い運動として定着してきたことは嬉しいことです。
清々しい朝の空気、きれいになっていく庭の風情は最高の癒し。
地面を這うようにして、黙々と草を抜いているうちに
いつしか苔のような地肌になってきました。

場所によって生える草が異なります。この地にはスカンポや、ドクダミ草、スギナ、コニシキ草、ヤブガラシ、カタバミやイネ科の植物が一面を覆っていましたが、すっかりなくなりました。
ただ、シダ類やヤブガラシは地下茎が逞しく伸びていて、抜いても抜いてもモグラたたきのように顔を出します。

またどこかから飛んできた種によって、ニラが群生しています。大きく育てば食べられると楽しみとなります。

この草取り作業の極意は「己の心が無になる」ということ。
無心になって目の前の草に集中し、日常を忘れる。その時の心が何事にも乱されず爽やかであることが
心や体に良い影響を及ぼしていると感じさせられます。
何か問題があっても、それが小さなことのようにも思え、自然と解決へと導いてくれます。

このことは私だけでなく、草取り仲間も男女を問わず体験しているようです。
ですので、悩みに翻弄されておられる方は是非にも草取りを体験することを提言させていただきます。

では次回またお会いしましょう。

本日のお花は友人からのプレゼントです。
殺風景の我が家が明るくなりました。


お待たせしました。

にがうりが出来ました。
たった一つの宝物

過酷な季節、過酷な環境の中で、よくぞ頑張ってくださいました。

さぞ、疲れたことでしょう。

 

家庭菜園の経験もはるか昔の事

あれからまだ生かされている人生を惜しむかのように

猫の額ほどのベランダでニガウリを一株植えました。

菜園用ネットを買い、物干し竿の寸法に合わせてセットすると

私の脳が、そこに這うニガウリのツルに見事なゴーヤがぶら下がっている光景と、覆われた緑の葉が真夏の灼熱の日差しから守る我が家の清々しい光景を勝手に作り上げ、ひとりワクワク感に酔っておりました。

しかし、しかし、

地球環境はすっかり変わり

「今は五月よ、明るい時、緑輝く光の時・♪・」と口ずさんだのは今から60年以上前のこと。

今年5月の関東の強風は風に向かって歩けないほどに・・、交通機関にも影響がでるほどでした。低気圧が三陸沖で急速に発達し、一時的に冬型の気圧配置が強まったことが原因とのこと。

我が家のベランダに張り巡らしたネットも大きく揺れ、そこにしがみついてツルを伸ばしているニガウリもしっかりと手と足をネットに巻き付けて飛ばされないように頑張りながら、這い巡っています。その光景は健気で逞しい限りでした。

しかし、どんなに頑張って小さな黄色い花を咲かせても、暴風にむしり取られ、無残にも散り飛ばされてしまいます。

そんな光景を目の前にし、支柱を立て、ネットを固定するくらいしか助けてあげられない私、苗を買ってきたことを後悔する日々でした。

暴風は何日幾日も続きました。咲いた花はみんな散らされました。

どんなに祈っても、どんなに励ましても、地球環境を壊したのは人間。私は違うとは言えません。

「ごめんね。がんばって! がんばって!」

としか言えません。

とうとう諦めなければならない日がやってきました。

根元からだんだんと枯れ葉が目立ってきました。

張り巡らされた葉も小さく萎んで見えます。

ギャンブルを手仕舞するかのような情けない気分が芽生え、人間の勝手な残酷さを恥じる心を横に置いて、今一度這いめぐらしたツルを見渡すと、

長かった梅雨開け後の残暑の夕暮れに影のように映し出された小さなニガウリがただ一つ、目と鼻の先に映し出されるのを確認しました。

 

言葉を失った私。

その小さな命の誕生を知る由もなく、ここまでの成長を見守ることさえ怠った私。ニガウリは私の心を知っていたにちがいない。ツルを切られ、ネットからもぎ取られ、愛のかけらも失せて捨て去ろうとした私の心を。

「ごめんなさい」

「ありがとう」

よく頑張ってくれたね。

凄い!

私はあなたから偉大なパワーをいただいたよ。

挫けないで頑張れば、必ず実がなることを。

私は今、最後の人生をいきている。

くじけそうになるけど

最後の最後まで、実をつけることを忘れずに

頑張るから・・

ありがとう!

小さな、小さなニガウリさん。

大きな 大きなニガウリさん。


ニガウリが育っています。

 昼下がり、天候は一変し、風も吹いてきました。

「さあ しっかり掴まって❕」

ネットが揺れています。
少し元気がないように感じるのは、やはり植物にとっては最適の環境ではないのだろうか!

「何か変だな!」と感じているのかもしれない。
「ごめんなさいね」
私の都合で・・猫の額のようなコンクリートの中に閉じ込められて・・

私があなたにして差し上げられるのは何だろう?
これから考えてみるわね。
先ずは、ネットにしっかり掴まってね。
ここから見える景色もステキよ!
ネットも大きいものを用意したので自由自在に這って楽しんでね。


太陽公園は満開のバラで賑わっていました。

 

  

 

 

大勢のボランティアの人たちによって管理されております。

今日も暑い日差しの中、マスクをかけた住人が手入れに余念がありません。

アンネフランクは一番先に咲き誇り一番先に散り行きました。

秋のお出ましを楽しみにしばしのお別れとなります。

ご苦労様でした。


スーパー銭湯も自粛です。

 

湯煙は見えません。

鳥が寛いでいます。実はこの鳥は忙しいのです。目の前にあるマンションの三階、住人の換気口を拝借し子育て中。もちろん宿は無言の許可を取っています。

 

今年もやってきました。この鳥はムクドリです。


アンネフランク咲きました。

                  5月3日(日)

太陽ローズガーデンです。

このバラ園は神奈川県横浜市青葉区(荏子田太陽公園)にあります。

ボランティアの方々によって造られたバラ園には、世界バラ連合会が選定した「殿堂入りしたバラ」全27種を含め、230種のバラが植栽されていて、見頃の時期には「太陽ローズフェスティバル」が開催されるなど地元の人たちの憩いの場となっています。

太陽ローズガーデン(荏子田太陽公園のバラ)2020年の見頃と開花状況は?アクセス方法と駐車場は?


王禅寺と禅寺丸柿


王禅寺 星宿山 ここから入山です。

コジュケイがこの森の中に・・・

チョットコイ! チョットコイ!

コジュケイの囀りに誘われてシャガの咲き誇る石段を登ってゆくと、

六地蔵さんが迎えてくれました。

  北原白秋の歌碑です。

                          見上げると、柿の原木が
空いっぱいに枝を広げていました。秋には今年も沢山の実をつけてくれるでしょう。

その昔、柿生の村は弘法大師により、この柿を村人に配したところから誕生したと言われています。


バラが咲きました。

4月28日(火)
穏やかな日差しの中、誘われるようにバラ園を訪ねました。
すると一輪の蕾が開いて私を迎えてくれました。
「おおッ ありがとう! 咲いたね。マイローズ」

 

5月のバラの祭典は中止になったけれど満開の花咲き山になることでしょう。

楽しみにしているよ❣ アンネフランク様

 


歩いてきました。

心がナーバスになった時、
助けてくれるのがこの杉の大木。
思いっきりハグします。
樹肌より暖かい感触と、
時には鼓動させ聞こえてくるような・・

        見上げると、
        高く 高く
        天に届くような大樹
 

 

満開のハナミズキが青空に映え

                  地球の空気は

今、最高にきれい!なはず

花粉症でもないのに、

マスクをして歩く私。

遠方に見える歩道橋を渡ると

更に夢のある街がある

そこを左に曲がると坂道

ゆるやかな下り坂と上り坂

時折行き交うマスクの人と

軽いジェスチャーのご挨拶

沢山の花たちの姿を

知らずにいた自粛生活

 

アカツメクサ、

シロツメクサ

四葉のクローバーも

隠れていることでしょう

 

 

心も身体も軽くなり、

足取り弾ませ

生き返った私は

「自分に今何が出来るか」

それだけを考えて

生きていこう❣

神・愛・光の中で