夫はあげ魔

さくらんぼ (2) ツバキ

夫「今晩のごはんは何?」
妻「何でいつも聞くの?」

初老の夫婦の毎日の会話。リタイヤ後の幸せな生活を想像されるが、特に料理好きとは言えない妻側としては、面倒くさい気持ちも重なって日々の献立に頭を悩ませていた。

「あなたのお母さんじゃないのよ」

「お母さん」という言葉に夫はふと涙ぐんだ。
戦争直後の物資不足の時代、時空の子供は我慢を強いられていた。
ある日、いただいた珍しいお菓子に舌鼓をうち、半分を翌日にと希望に胸をワクワクさせていた。母親が他人にお裾分けしてしまったことを知らずに。
子供の喪失感は言わずもがな。

 その時学んだ母の教えは偉大なものだった。
夫の心は時空の子供と重なって感慨無量の涙がにじんだ。

「良かったねぇ。 素晴らしいお母さんで。 だから今のあなたがあるのよ。
そういうお母さんで私も安心したわ!」

今晩の食事の話から亡き母の想い出へと温かいエネルギーが流れた。
そして夫婦の晩秋に魂が喜ぶ青春の優しい光が部屋に漂った

 夫の耕す菜園で実る野菜たちは、家までの道中で近隣の人々に配られ、
食卓に届くことは殆どないと、あげ魔の本心を知る妻であった。