国際的な夫婦共作共演レコード-1

幸福を売る男

芦野 宏

Ⅲ 新たな旅立ち

1、新婚旅行で三たびのパリ

国際的な夫婦共作共演レコード-1               一

 そんな不安定な情緒のなかでも、新婚旅行中に妻は一大事業をやりとげた。二人は心を一つにして協力したのである。パリで当時二年前からレヴューに長期出演していたリーヌ・ルノー(戦後最高のレヴュー警)と出会いのチャンスがあり、リーヌの提案でとつぜん彼女と私がデュエットでレコードを吹き込むことになったからである。自分がアメリカでディーン・マーチンとデュエットして成功したから、日本人のアシノともデュエット盤を出したいというのである。曲目はリーヌのご主人ルル・ガステからの新婚祝いのプレゼント曲「モナムール(私の恋)」と、カジノ・ド・パリのレヴュー『愉楽(プレジール)』の主題歌であり、いちばんヒットしている「いつの日かパリに」の2局ではどうだろうということであった。
その自のうちに大筋がまとまり、翌日から準備にとりかかった。しかし、私たちが新婚旅行でヨーロッパに滞在するのは約一か月であり、その間にスイスの観光も考えていたから、ちょっと忙しかった。いちばん困り、そしてあわてたのは、リーヌがどうしてもワンコーラスを日本語で歌いたいといい出したことである。今のようにファックスがあれば、あるいは日本語の作詞家に頼み込んで間に合ったかもしれないが、当時はまだまだ日本は遠い国であった。
仕方なく妻と二人で考えることにして、ジュネーヴ行きの夜行列車に乗り込んだ。辞書を片手に原語の歌詞をいちいち直訳して日本語に直すのは彼女の役である。大学で日本文学を専攻していたのだから、心得がないわけではない。しかし、いつまでも残るレコードのことだからいいい加減なものはできない、とたいへんな思いであった。
歌いやすくて、イントネーションを調えて意味がわかって、となると夫婦二人で夜中までかかって協力し合い、推敲しなければ良いものができない。スイスの観光旅行はそんなことに明け暮れして、再びパリに戻ったのだった。