歌えない日々-3

幸福を売る男

芦野 宏

3、音楽学校と卒業後

歌えない日々-3
そのころラジオではアメリカの音楽が毎日のように流れ、進駐軍放送にダイヤルを合わせるとオペラからポピュラーまで、いろいろな歌を聴くことができた。この米軍向けの番組には、魅力的なプログラムがいっぱい詰まっていた。私はしだいに世界のポピュラーに目を向けてい
くようになり、スペイン語で歌われるカンシオン、ポルトガルのファド、フランスのシャンソン、アルゼンチンのタンゴと耳をそばだてて聴いた。「ピョン・ザ・シバ】という英語の題名で、「ラ・メール」を聞いたことがあるのを、ずっとあとになってから思い出すことになるが、シャンソンという意識もなく、軽やかなソフトな歌として聞き流した。この「ラ・メール」が私のシャンソン・デビュー曲になろうとは、そのころは夢にも思っていなかった。
それらのなかで、とりわけ衝撃的だったのはビング・クロスピーの滑らかな歌声で、彼の歌う「夢見る人(夢路より)」や「懐かしのヴァージニア」にことさら惹かれた。クロスピーは一日に何回も出てきて、素晴らしい声を聴かせていた。私はビロードのように美しい彼の声に
魅せられ、毎日ラジオから耳を離さなかった。そのうち、クロスピーの声が喋り声そのままを歌声にしていることを発見して胸をときめかせた。

「夢路より」
訳 津川主一
曲 フォスター
夢路より帰りて 星の光仰げや
さわがしき真昼の わざも今は終わりぬ
夢見るは わが君
開かずや わが調べを

ビング・クロスピーの歌うこの歌は、涜れるような美しい自然の発声が心をとらえて離さず、四年前に初めて聴いた中山悌一先生の「紅いサラファン」以来の衝撃であったといってもよい。