冬の北海道-1

 

 幸福を売る男

芦野 宏

Ⅱ 夢のような歌ひとすじ

2、旅から旅へ

冬の北海道-1

夏の九州公演が終わると、数年後の二月、いちばん寒いときに北海道の仕事がきた。寒いのが苦手な私は二の足を踏んだが、菊池音楽事務所の専務であった安井直康氏のたっての要請で引き受けることにした。「北海道は完全暖房だから室内が暖かくて、うすら寒い東京よりはずっと快適ですよ」という甘言にのせられて、二月の初めから約二週間にわたる労音のコンサー
トが始まった。
最初の振り出しは岩見沢であった。函館本線で札幌から一時間足らずのところにあり、素朴な北国の街であったが、ここは雪が深くて最初の出発から驚きの連続であった。寒いことは覚悟のうえだったが、雪の深さには閉口した。雪のために車道が狭くなり、すぐ近くの会場までたどり着くのにたいへんな苦労をしなければならなかったからである。
日程が進んで旭川から宗谷本線に乗り換え、士別・名寄の方面に向かうと寒さは一段と厳しくなり、もちろん雪景色には変わりないのだが、雪の質が函館あたりとはまったく違ってくる。
積雪量は少ないのだが、気温が零下二〇度くらいまで下がるので空気が乾燥しているような感じがする。士別の会場には大きを円筒形の石炭ストーブがあり、超満員の客の人いきれでいくらか寒さは緩和されていたが、宿に帰ると、水道の蛇口が凍結して風呂にも入れない状態であった。水のほしい人は台所にある汲み置きの水を飲むより仕方なかった。
旅館ではいつも私は単独の一人部屋に決まっていたから、床の間付きの八畳間が与えられ、楽団の皆さんはだいたい二人ないし三人が一緒の部屋であった。その夜、士別の気温は零下一四度ということだったが、部屋の中央に中型の「だるまストーブ」が一つ置かれていた。一晩じゅう焚き続けているにもかかわらず、部屋は一向に暖まらず、ストーブの周囲、約一メート
ルくらいが暖かいだけである。だから、ストーブのほうを向けば顔は暖かいが、背中はスース
ーと寒い。ストーブに背を向ければ鼻の先が冷たくて、マスクをし毛布を頭からかぶって寝るよりほかなかった。
そんなわけで、北海道は東京より暖かいと言われて旅に出た私は、東京の事務所で留守番をしている安井氏をうらんで電話をかけたこともあった。そんなとき、いつも行動をともにして
苦労を分かち合ったのは、田中宏和さんであった。しかし、寒いからといって、これ以上どう
することもできず、文句を言いながら旅を続けなければならなかった。北海道も北の果てまで行ったが、稚内あたりに来ると、逆に名寄や士別より寒くないから不思議だ.