本邦初のポピュラーLPと東芝専属時代-1

幸福を売る男

芦野 宏

Ⅱ 夢のような歌ひとすじ

3、初吹き込み・初渡仏

本邦初のポピュラーLPと東芝専属時代-1

私の初めてのLPレコードは、それから二年ほどたって昭和三十二、三十三年に吹き込まれて発売された。ウエストミンスターという会社で、それまでLPはクラシックだけを扱っていたのだが、わが国としても初めてポピュラー(シャンソン)をLPとして出すことになったのである。
菊池維城氏はもともとクラシック音楽のマネージメントを専門にしていた人だったから、そのへんからこのLP吹き込みの話が持ち込まれたのではないかと思っている。編曲・指揮は片山光侵さん、ピアノは浜中外代治さんで、「メケ・メケ」「風船売り」「ラ・メール」「パリ祭」などを入れた。じつは、これが日本人のポピュラー歌手としては最初のLPレコードだったことはあとから聞いたことで、このあとも「初めて」の記録がい1っかあるが、とても光栄に思っている。

束芝のレコード事業部が束芝音楽工業〈昭和三↑五年設主として発足する前に、専属タレントを選考し、第一に候補に挙がったのが芦野宏だったと、あとで菊池推城氏から聞いた。東芝は以前からエンジェル・レコードのレーベルで、フランスのシャンソン歌手を紹介していたので、邦人では越路吹雪と芦野宏がほしかったのだということである。専属契紆は昭和三十四年に結んだ。
当時、石坂泰三氏完・東芝社長、経団連会長〉の甥にあたる石坂範一郎氏(元・東芝音工専務)が洋楽部門を担当しておられたが、石坂氏は外国語に堪能で、何度も海外旅行をされて直接欧米のレコード会社と交渉されていた方であった。私は石坂氏と会って、束芝レコードでの最初の一枚のLPをなににするかを相談した。
石坂氏は、すでにウエストミンスターからシャンソンのLPが二枚出ていることを考慮して、私の東芝での第一弾はカンツォーネのLPにしようと提案された。曲目は「ゴンドリエ」「コメ・プリマ」「ルナ・ロッサ」「ヴォラーレ」などで、タイトルはいろいろ二人で考えたすえ、『唄はゴンドラとともに』と決まり、まもなく期待をもって発売された。しかし、放送やコンサートなどで好評だったシャンソンを入れなかったので、思ったほどは売れなかった。