初めてのアメリカ-3

幸福を売る男

芦野 宏

Ⅱ 夢のような歌ひとすじ

4、世界一周と海外録音

初めてのアメリカ-3

私はフォスター歌曲集のなかから、お客様のリクエストに応えて歌い、大成功であった。このときのことを思い出すと、懐かしさと楽しさで八馬氏と私は大笑いする。なにしろ照明係は猪熊先生、マネージャーは棟方の巴里ちゃん、猪熊夫人が案内係という、まるで旅まわりの興行みたいだった。今にして思えばあれでよく金がもらえたものだと赤面している。巴里爾さんは鎌倉にお住まいで、演劇活動のかたわら棟方版画の鑑定という重要な役目を果たしておられたが、平成10年(1998)5月13日、私のパリ滞在中に亡くなられた。懐かしい友人をまた一人亡くしてしまった。
猪熊先生は、残念ながら文子夫人に先立たれたが、意外なほど明るくご立派に仕事を続けておられたのに、平成5年(1993)5月16日、腹痛を訴えてまもなく眠るように天国に召された。ミキモト画廊での最後の個展に伺ったとき、「私の描く顔がみんな家内の顔に似てきてね。ほら、あれも、これも」といって説明してくださったが、あの優しい素晴らしい奥様のもとへ、こんなにすぐに行かれるとは思ってもみなかった。
5月19日、目黒の行八坂教会で密葬が行われたが、まだどなたも見えない午前中に私は一人で先生の枢の前で賛美歌320番を歌った。聖堂にこだまして響く私の声と自分白身で弾くオルガンの響き、白いカーネーションを一本捧げて、一対一でお別れをしてきた。その日の午後は6月10日の私の40周年記念コンサートのリハーサルがあり、また、その当日には先生の本葬儀が青山斎場で行われるのだが、それには参列できないので、こんなふうに教会で一対一の会話を神様が与えてくださったのだと解釈して、感謝している。