5、パリ・コンサートをめぐつて-6

 幸福を売る男

        芦野 宏

 Ⅲ 新たな旅立ち

5、パリ・コンサートをめぐつて-6

 パリ今昔-3

 六月のさわやかな夜、私たちが食事をしていた「シャンゼリゼ・クラブ」は、芸能人だけの会員制クラブで樹陰に隠れたこぢんまりとした建物であった。
 二年間の契約でカジノ・ド・パリに出演中のリーヌ・ルノーは、前年に見たあのときとほとんど違わない舞台を見せてくれたが、レヴューが終わったころ、楽屋まで来てほしいと言われていた。途中の花屋の店先で、あまりの美しさに立ちどまり、アイリスの酒落た組み合わせ方が心にくいほどで気に入ってしまい、妻と二人心をこめて、このささやかな花束を、リーヌへ贈ることにした。午後十一時過ぎに行ったが、もうリーヌは着替えをすませて待っていてくれた。私たち夫婦とガステ夫妻は一台の単に乗って、この初めて見るうす暗いサロンに入っていった。なにやら秘密クラブめいて興味津々だったが、少し離れたテーブルでは、当時人気の高かったシャンソン歌手で映画スターのジャン=タロード・パスカルが、タルタルステーキを一人で食べていた。ずっと奥のテーブルにカップルの男女がグラスを傾けていたが、ほの暗いキャンドルの明かりでだれだかわからなかったが、いずれ有乞Hなスター同上であるにちがいない。
 ここは世間の目を逃れるための、隠れ場所にぴったりだと思った。
 妻は夏の夜にふさわしく、平絽(ひらろ)の涼しげな白い和服で出かけ、リーヌも私たちがお土産に持参した和服用シルバーのちゃんちゃんこをはおっていた。和服デザイナー大塚末子さんの奇抜なデザインが新鮮であった。ほの暗いキャンドルの明かりのなかにも、われわれの存在はおそらく奇妙に見えたことであろう。これがアメリカやスペインなら、まわりの客が「ワンダフ
ル」とか「ムイビエン」とか言って声をかけてくるだろうに、ここはフランス、しかも静かなチエイルリー公園の中の会員制クラブである。だれもが他人の領域に入っては釆ない。ここでわれわれは、珍しい地中海風のオードヴルをつまみながら、レコーディングの話をし、事務的な詰めは後日までかかったが、とにかくわれわれの間では話がまとまったのである。