東京音楽学校受験-2

しあわせ
幸福を売る男

芦野 宏

東京音楽学校受験-2

上野の試験は、なんと数日間続くのである。一日目が専門の歌、二日目がピアノ、三日目が専門の二曲目、四日目は学科、五日日が面接であるが、二日目で落ちたら、もう三日目以後は釆なくてよいことになる。
さて、二日目は私のいちばん苦手なピアノである。
子供のころあんなに好きで夢にまで見たほどなのに、10年も弾かずにいると自己流のくせが出てよくないものである。
朝倉靖子先生のところで一週に一度レッスンをしていただいていたが、指定曲・モーツァルトのソナチネを二ページ目に移るところでミスタッチしてしまった。落ち着いてすぐやり直せばなんのことはなかったのに、もう一度弾いたらまた音をはずしてしまった。
さらにもう一度少し前から弾き直したが、また同じところで引っかかり、頭に血がカーつと上ってもうなにがなんだかわからなくなり、口は渇き目はかすみ完全に舞い上がっていた。
カーンと鐘が鳴り、それまでで終わりという合図を受けた。
申し訳なくて、審査員席の朝倉先生のほうを見る余裕もなく、肩を落として退室した。
中山先生と初めて上田でお会いしたとき、一年くらいの勉強じゃ合格は難しいぞと言われた言葉を思い出しながら、無理に自分を落ち着かせて帰路についた。
しかし、まっすぐ家路につく気持ちにはなれなかった。
ブラブラと公園の坂を下りていくと、有名なアメ屋横町があった。
スピーカーから笠置シズ子の「東京ブギウギ」が流れていた。