NHKラジオ・デビュー4

幸福を売る男

芦野 宏

Ⅱ 夢のような歌ひとすじ
1、ポピュラーの世界へ

NHKラジオ・デビュー4

(注)
『虹のしらべ』NHKラジオ第二放送、毎週、日曜午後十時~同三十分、放送開始は昭和二十七年(一九五二)十一月十六日。欧州と中南米の軽音楽を楽団演奏と歌で紹介。アルゼンチン音楽、ラテン音楽、シャンソン、コンチネンタル・タンゴ、スペイン音楽、ロシア民謡などの特集が組まれた。主な出演歌手は、淡谷のり子、高英男、芦野宏、ビショップ節子、中原美紗緒、クラシックの柴田睦陸、礁過大勲
(牧博)、中村浩子ほか。
昭和二十八年度のNHK年鑑には「特にシャンソンの芦野宏氏、アルゼンチンタンゴの牧博氏の進出
をみたことは注目される」と記されている。
芦野宏は三年間にラテン・タンゴで四回、シャンソンで一五回出演、それぞれ七曲、三五曲歌う。二
回のシャルル・トレネ特集に出、一人で各回全曲(甲五曲)を受け持つ。「新人としては異例の扱い
だった」とは、担当ディレクター石川洋之氏の述懐である。
同番組は何度か曜日と時間帯が変わり、のちに第一放送に移り、三十一年三月、好評裏に終了。
(日本放送協会放送史編集室『NHK確定番組』およびNHK年鑑より)
あとで出演することになる日劇はもちろんのこと、放送局などからも原語だけでなく、一部は日本語でという注文が出るようになってきた。私は薩摩思さんと何度も会って、「ラ・メール」をはじめたくさんのシャンソンの訳詞に取り組むようになる。薩摩さんはのちに室生犀星賞をはじめ、数々の受賞に輝く詩人であるが、あのころはまだ慶応義塾大学仏文税を出たばかりの青年であった。
薩摩次郎八氏といえば、日至の木綿問屋といわれた豪商の三代計であるが、小説や戯曲のモデルにもなった方で、フランス留学生のためにパリ大学国際都市に日本館を寄付し、藤田嗣治画伯のパトロンでもあり、バロン・サツマとして滞欧中のけた外れな豪遊や帰国後の質素で粋な生活ぶりなど、逸話は枚挙にいとまがない方である。
薩摩思さんは次郎八氏の従弟のご子息で、ご尊父は宝塚の演出家・白井鉄道氏の親友だったという。私は昭和二十八年十二月六日、日仏文化協定記念シャンソンの夕べで共演した橘かをる(薫〉さん(宝塚『モン・パリ』再演で初舞台、シャンソン歌手〉に紹介されて彼とお付き合いするようになった。