リオで骨休め-1

幸福を売る男

芦野 宏

Ⅱ 夢のような歌ひとすじ

4、世界一周と海外録音

リオで骨休め-1

 ブラジルはサンパウロにも一泊する予定だったが、アルゼンチンでのブエノスアイレス滞在が予定より延びたのでリオデジャネイロに直行した。東芝レコードの石坂範一郎氏からの紹介状を持ってレコード会社の人ともお会いしたが、ここで歌う気持ちはなかったので、前から憧れていたコパカバーナ海岸に宿をとって、美しい海岸線を見ながら、心はすでにパリへ向かっ
ているのだった。
ブラジルでも地球裏側ゆえのおかしな経験をいくつもした。リオは美しい緑の山々が手の届くような距離にあり、車で登ってみたいと思った。ポルトガル語の国なので、タクシー運転手の説明は理解できなかったが、こちらが話しかける英語はわかってくれた。
山へ登る途中に屋台の果物屋があって、新鮮なバナナやパイナップルなどが山と積まれているから、ぜひ味わってみろと言われ、ひと∥食べて驚いた。この果物がこんなに美味しいものとは思ってもみなかった。パイナップルは缶詰にされたもの、バナナははるばる運ばれてきたものしか食べたことのない私にとって、これは衝撃的であった。グローリア‥ラッソ(スペイン系のシャンソン歌手)の歌ったシャンソン、私のレパートリーでもある「山のアヴェ・マリア」のなかに、リオの山々は大国にいちばん近いところで、そこに住む人たちにお金は要らない、という歌詞が出てくるが、私も山道を登るにつれて、いわば理想郷が近づいてくると勘違いしていたのである。
この国は、私の知っている北半球の国とは逆で、高いほうへ行くほど環境が荒れていくのだ。