コロナウイルスの終息を祈る-3

   新海 富美代

この所新型コロナウイルス感染症の拡大が最大の問題となっております。私達の開運道の師匠である花見先生の「村長の一言」にも書かれていた病院の先生のメッセージを拝見して、私も一段と危機感を感じ自分に出来る事をさせて頂こうと思いました。マスク着用と手洗いの徹底はいつも通りにしていますが、整体の仕事はどの様にしようかと考えて色々な方にご意見ご指導を頂きました。
悩みに悩んで、いつも尊敬して心の師として崇敬している神社の先生にお聞きしました。先生は施術の数もそんな沢山ではない様だし予約が有れば午前一人午後一人と決めて人と人との交わりを無くしたり換気に心掛けて出来る対策をしながら行えば良いのではと、ご指導頂きました。それで私はお客様に来院前の検温とマスク着用さらに施術中は最小限の会話を心掛けて施術させて頂くという事でいこうと決めました。それでも迷いましたが決め手は先生の一言、貴女の仕事はもう人助けの領域に入ってます、悪いことをしているわけではありませんから出来る対策を講じながらやって下さい、と言って頂いた事です。これで自分の気持ちも決まり仕事を行っていました。
最大限の対策を講じながら午前に一人の割合で一週間続けてきましたが、昨日4月9日山梨県も感染状況が厳しくなり人口10万人における感染率が緊急事態宣言が出ている都市や近隣県と変わらないと山梨県知事の会見があり、より一層の自粛が要請されたのです。すると私がお願いしている税理士事務所の先生から連絡が入り事業所をしばらく休業するとの事でした。
これにはさすがに私も緊迫感を感じてこのままでは移さない・移らないを原則とするためには100%リスクが無いとは言えないので苦渋の決断をして、早速連休明け位までは休業させて頂く事にさせて頂きました。予約を頂いているお客様にご連絡して、この事をお話させて頂きました。お客様もやはりご心配してる方やテレワークしている方・休業されている方もあり皆さん快くご理解して頂けました。
先生出来るようになったらまた連絡下さいね。待ってます等と嬉しい言葉もかけて頂き嬉しかったです。再開出来たらこの有難く嬉しかった気持ちを又はお客様にお返しして行きたいと思います。
コロナ問題で休業になり思わず時間を頂けましたからこの時間を大切にして過ごしたいと思います。自由な時間は贅沢な時間と普段出来ない事をしたり、ゆっくりと本を読んだり占いをより深く勉強させて貰おうと思います。
先日崇敬している神社の宮司様が宮司奉職50年を記念して今まで書き留めてきた言葉を「一日一進」と言う本にして出されて朔日詣りにお詣りした方に下さいました。その中の言葉に平和に感謝・平穏に感謝・平凡に感謝と書いてありました。この時期だからこそつくづく実感します。以前亡き母に楽しい事があったり嬉しい事あったりするよりも、毎日平穏に過ごせる事が一番幸せなんだよねと秋の小春日和の日に話した事を思い出しました。
今までは普通に日常生活が送れている事が有難い事だとは余り感じてはおりませんでしたが、それを何よりも有難い事として感謝しなければと強く強く感じるこの頃です。当たり前では無い事を意識しながらこれからの日々を過ごして行きたいと思います。本当に一日も早く新型コロナウイルス感染症が収まりいつも通りの生活が送れるように願いながら一人ひとりが出来る事、国や自治体から出されている事を守り協力して行きましょう。

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新型コロナウイルスの終息を祈る-2

   新海 富美代

この所人と会えば話題は新型コロナウイルス感染症の話、そしてテレビを見ればどこの番組も話題は新型コロナウイルス感染症の話ばかりです。世界に広がり大きな問題になって大変な事になってしまったと思います。私が易を立て占った様に今自分に出来る手洗いの励行、咳エチッケット、不要不急の外出は控えて家に籠り、買い物も必要な物だけ買って帰宅、大好きな温泉も行くことを控えているのでストレスがたまりモヤモヤした毎日です。
整体のお客様も同じ事をおしゃっています。もう我慢が出来ないからと一人のお客様は今夜スパー銭湯に二組の夫婦とで行って来ると言っていました。外出等の自粛もそろそろ限界に来ているのかな?と言う気がします。世間が今新型コロナウイルス感染症で沈んでおり私もコロナうつになりそうな感じです。なので何か明るい話が欲しいなと言う気持ちです。こんな時ちょっと嬉しい事がありましたのでここに書いてみたいと思います。
3月18日に年に一度受けている人間ドックを主人と受けてきました。実はドックとなるといつも2、3気になっている点があります。その一つが血圧です。だいぶ前の話になりますが私が市の健康診断を受けているとき、丁度私の父が亡くなった直後の事で、知人の保健師が話しかけてきてその話題になり興奮したのか血圧がちょっと高い状態になりました。「あらっ血圧が高いね。」と言われてから自分の中でも血圧が高いという事がインプットされてしまい、以降そういった場所に行くと血圧が高くなるいわゆる「白衣症候群」らしきものになってしまいました。
なので人間ドックは一年で一番嫌な日となっていました。おまけに最近年齢も重ね、幸い大きな問題は無く有難いのですが少々脂質異常があり、昨年の人間ドック時にも治療の必要は無いものの生活習慣で改善しましょうと言う事でかかりつけ医に経過観察してもらっていました。また昨年3月後半から食改善しながらカーブスにも通い体力的な改善にも取り組んでいました。
カーブスでは食事の取り方も色々と教えてくれて低カロリー高たんぱくの食事にしてました。夕食を食べて数時間程たちお腹が空いてきても我慢して朝を待ちました。そうなると朝食が待ち遠しくお腹がペコペコになり朝食がおいしくておいしくて楽しくなりました。家で入浴後に体重を計って見るとドンドンと体重が減って来て最初はいい結果と喜んでいましたが、減る一方なので最近はちょっと心配になって来ていました。
今回のドックでは昨年の体重よりも6kgも減って係の方がビックリしてもう一度良いですか?と言われて測りなおしたほどでした。今回は主人も2kg減っていてビックリしたらしく私が作る食事が問題なんだよと言っていました。ドックの最後にはその日の検査結果について医師から説明を受ける事になっています。体重が減って気になっていましたし、主人から食事に問題があるのではないかと言われましたと先生にお聞きすると、先生はそれぞれの数値がしっかりと出ていますから栄養的には心配ないし、この位の体重でも標準値内ですから心配ないとの事で私の食改善の責任ではない事が分かり安心しました。
私も6kgの減量で結果が気になっていましたがお陰様で脂質の数値は改善されており先生からも改善されていていいですねと言われて一安心しました。体重減少についても問題なく心配無いと言われ昨年からの努力が実って来ていると言われ、良い気分で一年で一番嫌な一日が済んだのでした。
本来なら気持ちも明るく陽気も良く桜の花も咲き出しワクワクした気分になるのですが残念ながら今年はおわずけです。また今年一年健康に気を付けて過ごせます様に頑張っていくつもりです。
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新型コロナウイルスの終息を祈る

新海 富美代

 今、コロナウイルス感染症が世の中を騒がせています。毎日毎日感染者の報告がありテレビでもどこのチャンネルを回してもコロナウイルス感染症の話題ばかりです。
感染が心配なので手洗いや不要な外出は控えていますが、行動が制限される日々が長く続くと、精神的にも落ち込んで来ます。整体に来て頂くお客様も、同様な事をおっしゃっています。感染者が増えて予防のためのマスクが無く、不安材料が多い中デマによるトイレットペーパー、テッシュペーパーの買い込みで品不足、それに加えて学校等が休校になり子供達の食事に困ると言う事で加工食品や保存の効く食品も買いだめされてスーパーマーケットの陳列棚には品物がない状態です。何だかとってもおかしな状態になって来ているなと感じています。
国も対策を講じていますが一日も早く終息して欲しい気持ちです。そこでその願いを叶える為に私は易を立てて見ました。今、世界そして日本で問題になっているコロナウイルス感染症を国をあげて対策に取り組んでいますが、その対策でコロナウイルス感染症が下火になり終息に向かうかどうか占断してみました。
出た答えは本卦では風火家人が出ました。日本を家族と捉えて国民一人一人が今自分に出来る事、手洗いの励行咳エチッケット不要不急の外出を控えてみんなで協力する事が必要と読みました。そして之卦では天火同人が出ました。この卦は志を同じくすると言う事ですから今は非常事態国民が一つになり国のトップの言う事を聞き志を同じくしてコロナウイルス感染症の終息に努力すると言う事ではないかと思います。また互卦では沢水困が出てコロナウイルス感染症が下火になり終息するためにはだだ耐えて困難を乗り切る事と解釈しました。

 整体に来て下さるお年寄りの方々は戦時中と同じ様に感じると話されます。私が易を立て出た卦のお話をするとそうだと思うと共感してくれています。大変な戦時中も阪神淡路大震災やもうすぐ9年になる東日本大震災をも乗り越えて来た私達ですからこのコロナウイルス感染症の国難も乗り切れると信じています。
ある40代の方女性にこのお話をしましたら世間や自分の気分が落ち込み暗い話が多く気持ちが沈んでいましたが先生のこのお話を聞いたらちょっと光が見え明るい気持ちになりましたと言って頂き、ちょっとはお役に立てたかな?と嬉しくなりました。
専門家の皆さんが今一生懸命にコロナウイルス感染症の終息に努力して下さっております。私達が出来る事を努力して一日も早くコロナウイルス感染症の終息になるように願いつつ頑張っていきたいと思います。

カフェ会

新海 富美代

月1回行われているカフェ会を今月(2月)も開催しました。今月の開催でカフェ会を始めてから丁度1年になり今月のカフェ会は記念すべきカフェ会でした。今回は新しい参加者も2人増えて今までのカフェ会の最高参加者となりました。
いつも使っているテーブルでは間に合わず急きょ座卓に変更し7人の参加者で開催しました。いつもより参加者が多いのでちょっと準備が心配でしたので近くの方にお手伝いをお願いしました。座卓等出していると予定時間より早めに来て下さった方もお手伝いしてくださり私も皆さんに親しみが出てたりして、プライベートなキッチンにも入って頂き配膳のお手伝いをして頂きました。これらも今までに経験の無い出来事でした。
一年間のカフェ会がこういった関係を作り上げる事が出来たのかな?とちょっと嬉しくなりました。以前師匠から占いや相談に来た方が来るときは下を向いて来た人が帰る時は明るく前を向いて帰って頂く様にしなければならないと教えて頂きました。そう言った事を実践させて頂こうとカフェ会に参加された方には運をアップし開運するにはどうしたら良いかという事などいろいろお話して来ました。
今回も参加された皆さんが沢山意見を言って下さり実りある会でした。嬉しいことに皆さんいつも喜んで下さり次回はいつですか?と聞いてくださったり用事で参加出来ない時などはとても残念の様です。又参加されている方からこのカフェ会はとても勉強になり色々教えてくれる事から気付きを頂いて日々の生活にも役立っています。そして自分が変わって来たことを実感していますとか参加させて貰ってとても良かったとおしゃって頂くと私としても嬉しいですし、やりがいもあります。
先日参加者の方が体験した事を私に話してくれました。その方はカフェ会で私が話した事で心の持ち方で運もアップし幸せになれると言う事を自分のお仕事の中で接した方を見て思ったそうです。彼女が言うには、先生の言った事は本当だったと実感しながら話してくれました。私は本当!!と言いながら良かった、そう思って貰えたりその様に感じた事で益々運をアップするように心の持ち方を心掛けて欲しいとお話しさせて頂きました。そして今度カフェ会で皆さんにその体験をお話して下さいとお願いしました。
またカフェ会を開催して続けさせて頂いている事により参加者同士の繋がりも出来て、それぞれ自分の仕事や専門分野に関係すること等で人にお願いしたい事などがあるとカフェ会を
通じて参加した人たちにお願いしたり、催し物があればご紹介したりとカフェ会を色々な面で活用し繋がりを作ることが出来る場としても有効活用しています。
当初私の占いを知って頂き幸せになって欲しいと思って始めたこのカフェ会が回を重ねる事に充実して参加者に喜んで頂き、しだいに参加者も増えて来ている事は本当に嬉しい事です。継続は力なりと言う言葉がありますが細々でも続ける事は大切だと思います。始める前に師匠から「人は参加費以上のメリットがあると集まるからそういった事をしなければならない。」と教えて頂きました。カフェ会でもそれを心掛けて来ました。喜んで頂ければ必ず人は集まって来てくれるのですね。この事を学びました。この学びをこれからも活かして行きたいと思っています。
皆さんカフェ会を楽しみにしてくれていますが、今日(2月29日)国難とも言われているコロナウイルス感染症の拡散で色々なイベント等の中止や学校の休校が言われている為に、3月のカフェ会は中止すると皆さんにご連絡しました。記念すべき1年でまたこれからも実りあるカフェ会をして行こうと思っていましたがとても残念です。4月の春爛漫の季節に皆さん笑顔で逢いましょう!とお伝えしました。一日も早くこのコロナウイルスの問題が終息して普段通りの生活が出来ます事を願っています。

 心労  新海富美代


先日娘の家から帰った夜に新聞に目を通すと「60代、70代のうつ」と言う見出しがあり目に止まり  読みました。そこには60代70代の方がうつになる要因が書いてありました。60歳で定年退職して毎日の生活が変わり、やるとこが無くなったり体力が落ちたり医者にかかることが多くなり、と不安材料が多くなって来ているのが理由らしいです。それに加えて負のスパイラルで心配事が増えて自分で病気かもしれないとかこうなるのでは無いか?日常生活の中に於いてもありとあらゆる事に不安を感じてしまい、うつに陥って行く様です。アドバイスとしてそういった事を払拭して生活するように書いてありました。
この記事を読んで、ある事に、あっ!そうだったんだと納得安心しました。というのも3年前の4月、60歳になった時に崇敬している神社に60歳の節目の年を無事に迎えることができた御礼参りに行った折、宮司様より「60歳を迎えられたことはまた生まれ変わり、原点に戻ったと言う事で子供に返った気持ちで気を付けて過ごして下さいね。」とお話を頂きました。
そして普段通り2か月ほど過ぎた6月のある日主人と話をしながら道を歩いていると少し窪んだ所に足を出したところで私は転んでしましました。あれっと思った瞬間身体が宙に舞い、下り坂でしたから身体ごと転がって行ってしまいました。主人もビックリ!恥ずかしさの余り慌てて起き上がりました。幸い大きな怪我もありませんでしたが、左手の指から手のひらを打撲してしまい病院のお世話になってしまいました。おまけに身体の下敷きになってしまった携帯電話が壊れてしまい、携帯電話が身代わりになってくれたのだと思いました。そのあと宮司様からの言葉を思い出して、あ~こう言う事だったのか?と思いました。
そして翌年の事、こんどは主人が車の運転中に追突事故を受けて大した事無きを得ましたが心身ともに衝撃を受けました。そして半年も過ぎない内にこんどは30数年事故をしなかった私が車をぶつけてしまいました。怪我もなく車の修理で済みましたから不幸中の幸いでしたが、こんなことが続くとまた何かあるかな?とか思い不安になって来ました。2度あることは3度あるかな?とか思っていましたらその翌年、昨年の事ですからその時にもここでご紹介した事があったのです。
7月に喉に小さな腫瘤が見つかり耳鼻科で悪いものではないだろうけど取ろうか?と言われたのですが、ちょっと小さすぎるから病院でお願いするという事でしたが、取っても再発あるかもとか色々と不安になる事ばかり言われてバカが付く位真面目な私は悩み、1週間くらいモヤモヤしていました。
娘にそんな事を話したら娘は医療系の仕事をしていますから「お母さんの年になればもっと大変な病気になってもおかしく無いのにその位で済んで良かった。悪いものではないならさっさと取って貰って来て気持ち良く過ごした方が良い」と言われました。
そこで早速行きつけている病院に行き耳鼻科を受診しました。見て頂き取り除いて病理検査して頂くと個人の耳鼻科で言われた病名とは違い扁桃腺の一部が出たまでの事でした。色々言われて悩んで神経をすり減らしていたのでその時は本当に安心しました。
その後は反省して身体や心を疲れさせないようにしようと毎日楽しく明るく過ごそうと思うようにしてきましたが何かが引っかかっているような気がする日が続いていました。今年に入ってからは私の運勢を見て頑張る年なのだと自分を再度奮い立たせて仕事の企画も進めていました。
そんなで気分も上昇し始めた事や1月末に娘宅に行き、久しぶりに一緒にランチして娘と話したり、娘が将来について考えている事を聞いて親バカですが娘は頑張っているなあ~と感心しながら、これからも私に出来ることは協力して上げようと思ったらまだまだ自分のやるべき事があるような気持ちになり不思議に気力が湧いて来ました。
この所娘とも話す事が出来ないでいた私は心の中でスッキリしない日が続いていましたので、帰りの甲府に向かう電車ではなんとなく幸せな気持ちが湧いてきたのでした。今は毎日朝起きて今日はあれしてこれしてと思い浮かび朝から身体が動けている事が本当に有り難い事です。元気になれた要因は幾つかありますが以前の私に復活しました。(笑)

もうすぐ春ですね

新海 富美代

もうすぐ節分、翌日は立春、季節は春を迎えますが今年は暖冬の為か春が待ち遠しいと言う気分は余りありません。今回は手もみをさせて頂いている86歳のおじいちゃんに付いてお話したいと思います。
おじいちゃんは数年前より物忘れが少しづつ始まって来ていました。手もみが脳の刺激にも良いと言う事でお勧めすると早速始められて気持ち良いと言ってくださり10日位の間隔で手もみに来ていました。昨年の夏頃から手もみをさせて頂くと時々手を触ると熱っぽい事が度々ありました。夏なのにいつもより厚着をされていたり、時には赤い発疹があったりしていました。
実は私の母がリンパ腫になる前にも赤い発疹が出ていてその後リンパ腫と分かったのでその経験から気になっていました。顔色も良い日もあればパッとしない日もありおじいちゃんの様子を見ていると何となく体力低下なのか気になるところがあり、おじいちゃんのご家族にもおじいちゃんに付いて感じている事をお伝えなどしていました。ご家族はどの様に捉えていたかは分かりませんが、多分物忘れの進み方のほうが気になったのでしょう、私にはその事をよく話してくれていました。
そんな日々が過ぎて行きましたが昨年12月初めにおじいちゃんが入院中と聞きました。理由を聞いて見るとおじいちゃんが嘔吐したのでかかりつけ医を受診したとのことでした。薬を処方してくれて帰宅しました。食事を取るとまた暫くしてから嘔吐してしまったそうです。かかりつけ医は呼吸器内科なので家族は自宅近くにある消化器内科の医院を受診させようと言う事で連れて行ったようです。そこでおじいちゃんの奥さんのおばあちゃんが20数年前の病気の話を医師に話されたようです。おじいちゃんは20数年前に腹部にリンパ腫の腫瘍が見つかり治療をしましたが軽度の為経過観察で、年を重ねながら病気も一緒に持っていけば良いと言われていたみたいです。そんな事の経過を医師にお話したようです。
すると医師は奥さん話してくれてありがとう。と言って直ぐに検査をしたら腸が詰まっていてその為嘔吐してしまうと言うことが分かり紹介状を書いて貰い病院に急行しました。病院で検査すると以前の病気の腫瘍が大きくなり腸を塞ぎ始めていたようです。年齢も年齢ですから抗がん剤治療で治療をすることになったそうです。点滴のみの日が続き徐々におもゆから3分粥になる頃、入院3週間目には退院ですと言われた様でした。
食事はまだ固形物は無しで全てペースト食なのでおばあちゃんが食事のお世話が大変なのでもう少し入院させて下さいとお願いしましたが厳しい状況らしく、おじいちゃんはそんな状態で退院して来ました。退院して来た翌日おじいちゃんの様子を見にお見舞いに行かせて頂いたところ食事をしていないのでやつれてはいましたが元気そうなので安心しました。その後も定期的に抗がん剤投与に通院している様です。食事は相変わらずペースト食だそうです。
先日我が家の前を歩いているおじいちゃんと会いました。手紙を書いたのでポストに投函してきたと話してくれました。おじいちゃん元気になれて良かったですね!と話すとおじいちゃんがまた手もみお願いします!と言われました。おじいちゃんの方から手もみを希望してくれたので、おじいちゃんが回復して来ていると思い嬉しくなりました。早速予定を立て数日後に手もみをさせて頂きました。
手もみをさせて頂きましたがまだ以前のおじいちゃんの様には体力も体重も戻っていないみたいで、手もみをさせて頂いても皮膚の状態は以前の様にはなっていません。いつも通りお話をしながら手もみをさせて頂き、終わってからお茶も一緒に飲み帰られました。帰り際におじいちゃんがまだふらふらしてしっかりとは歩けないと言っていましたが、私がおじいちゃんまだ無理ですよ、しっかりと食事を取れるようになればまた前の様に歩けるから大丈夫だよと話して安心して貰いました。
手もみがとても気持ち良かったと言って次回の手もみも楽しみにしていますとおじいちゃんが言って笑顔で帰って行きました。おじいちゃんの帰り姿を見ながら、おじいちゃんは運のいい人だなと思う事が今までたくさんあったなというような事を思い出していました。とても人柄が良く穏やかで気持の良い方ですからそう言った事からも運が良く、守られているのかなとも思います。おじいちゃんたち夫婦はとても感じよく、私達夫婦もおじいちゃん達夫婦みたいになりたいよねとよく話していました。
今回はおじいちゃんの手もみを通しておじいちゃんに触れさせて貰っていたので昨年の夏からの微妙な身体の変化を私は感じていました。次第におじいちゃんの身体の中でも腫瘍が動き出していったのだと思います。
手当てと言う言葉がありますが、手を当てて相手の様子を見ると言う事の大切さも感じました。今は医療も進み機械や検査等もかなり性能良く高度の医療が出来る様になってきていますが昔ながらの手当てと言う事も見直したいなと思った出来事でした。

明けましておめでとうございます。

   新海 富美代

明けましておめでとうございます。
令和2年がスタートしました。元号が変わり始めてのお正月我が家では番狂わせのお正月でした。29日の午前中には息子家族が帰省しました。30日には私の姉宅でのお餅つきに家族総動員して神棚やご先祖様にお供えする鏡餅を作り、のし餅も作りました。つきたてのお餅にあんこやきな粉大根おろしをつけたからみ餅でみんな一緒に昼ごはんとして食べて息子の孫は大喜びでした。
餅つきも終わりお正月の準備が着々と出来て来ましたがその夜に娘の上の孫が咽頭炎にかかり高熱が出て31日の帰省が厳しいとの連絡が入りました。高熱の為救急医に行ったとのことで心配と明日帰省出来ない残念の気持ちの夜でした。
翌朝予想外の出来事が起きました。いつも早めに起きる主人が起きてから1時間位でまたベッドに戻って来ました。ちょっと熱があるとの事で測って見ると38度3分ありましたのでそのまま主人はベッドに戻って寝ました。本人も心配になったみたいで救急医に行った方が良いかな?と言う事で当番医を調べて受診しました。
主人は5か月の孫が可愛くてよく抱いてたりしていたから腰が疲れて腰に熱が溜まってしまったとばかり思っていましたが、診断はインフルエンザA型でした。ビックリです。主人の心配もですがそれ以上に5か月の孫にうつっていてはと、医院からすぐ息子に連絡を入れるときは胸がドキドキでした。息子と上の孫はやはりインフルエンザAにかかっていたので多少心配は薄れましたが、まだかかっていない者や特にまだ小さな孫にうつしてはいけないという思いで一杯でした。
息子に連絡をとると買い物中でしたが家の換気と消毒液をまいておいて欲しいとの事で主人に投薬して頂いた薬屋さんで主人のタミフルと併せて赤ちゃんにも安全な消毒液を購入して帰宅すると幸い息子家族はまだ帰宅してないので、家中の換気と消毒を済ませて主人は2階の寝室に隔離して、家族中マスク生活が始まりました。私たち夫婦はインフルエンザの予防接種をいつも受けていましたからここ10数年インフルエンザにかかったことはなくビックリの出来事でした。
31日昼過ぎから主人への食事運びやお世話が始まり我が家の独特の31日の夜のおもせと言うおせち料理など全ての作った物を並べて神棚に上げて一年間無事に過ごせた感謝の食事をする習わしになっていますが、今回のおもせの食事は今までに経験の無い息子家族との年越しとなりました。年が明け元旦の朝も始めての経験、やはり家の主がいない年越し元旦は寂しい年明けでした。
主人も始めての経験で可哀想に思ったのか息子が携帯でビデオ電話で主人にも状況を伝えていました。今までに経験の無いお正月で、私も気持ち的に
沈んでいましたが毎日の玄関掃除や清めを済ませて東の山を見ると丁度初日の出を見る事が出来ました。山から初日が出る5分間の間初日に手を
合わせながら今年も無事に過ごせますようにと祈りながら初日の出を見つめていました。寂しい年越し元旦でしたが偶然にも
初日の出に会うことが出来、幸せな一時で幸運を感じました。
心配していた娘の孫も熱も下がり回復したので2日の朝早く甲府に来ました。子供家族はこれで揃いましたが残念ながら主人だけは参加出来ないお正月でした。今は便利なビデオ電話がある為それぞれを中継してみんなで新年の挨拶と、じ~じとば~ばから恒例のお年玉を孫達に上げることが出来ました。子供達も孫達も今年はいつもとちょっと違うお正月でしたが、孫たちはじ~じがいるいないは関係ない様子でいつも通り大変にぎやかに楽しんで行ってくれましたので良かったと思います。
2020年代スタートの年に番狂わせのお正月でしたが主人曰く、子供達にも親が次第に歳を取ってきているのだなと思って貰えるいい機会だったかな?と話しながらも、親の介護という仕事の一端を見た様な気がして、決してこの先子供達にはいろいろな苦労や迷惑をかけないように自分たちの健康管理には気を付けなければと話しました。
今回のお正月を通して一番感じた事は息子夫婦の成長でした。主人が寝込んでから息子が色々と動いてくれたりお嫁さんが料理等してくれ主人の世話で
疲れ切っていた私を気遣い「お母さんは疲れるから休んでいてください」と優しい言葉を掛けてくれたり、息子もお母さん疲れているから今度から俺が
お父さんに食事を運んだり世話するからお母さんは休んでていいよと言ってくれました。とても嬉しく思いました。帰り際にも息子も嫁さんも「お母さん無理しないで気を付けて」と声かけて帰っていきました。私も2人に今回は良くやってくれてありがとうと伝えて心から感謝しました。息子夫婦の優しさが嬉しかったし息子夫婦の成長を感じたお正月でした。主人には残念なお正月だったと思いますが主人のインフルエンザが怪我の功名の様だった気がします。

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 よいお年をお迎えください。

新海 富美代

 今年も残り少なくなってまいりました。22日は冬至です。翌日からは日が米一粒ほどずつ伸びて来ますから毎年冬至の翌日からは私は気持ちがアップしてワクワクしてしてきます。また新たな気持ちでスタートしようと思うからです。
今年一年を振り返ってみると自分の事や仕事などに実りあったとは言い難く気持ち的には慌ただしく落ち着かない一年でした。孫の小学校入学と言う大きな行事があり入学して直ぐに登校班でのちょっとしたトラブルから校門をくぐれない日々が続き毎朝娘からの孫の様子をラインで聞くと言う日課が始まり神経的にも私もかなり参っていました。またそのちょっと前に義兄の軽い心筋梗塞があり私に連絡あって駆けつけて救急搬送すると言う出来事や4月からは自治会の組長が回って来ました。
私の組は世帯数が多く配りものも大変ですし、甲府市でも武田の史跡等も多く地元愛がある地区の為に自治会の行事がかなりあります。4月スタート当初は武田神社のお祭り等もありそれに関わる行事もあり目まぐりしい4月でした。
秋口になってきましたら私自身も組長に慣れた事と行事もちょっと一段落して来ましたから気持ち的にもホッとして来ました。前年度の組長さんの奥様も一段落した頃に持病が悪化してお医者さんにドクターストップがかかり仕事を辞めた様で治療をしながら身体を休めたら良くなり、今はいつも通りの生活が出来ているということでした。
私も同様に身体の疲れと心理的な疲れで7月頃に耳鼻科に扁桃腺関連でお世話になってしまいました。いつもと違う生活をするということは身体にも心にも負担がかかりまして若い内は体力がありカバー出来るけれど残念ながら年を重ねて行く事で身体も無理が効かない事を感じた年でした。年の後半も友人や親友とに時間を使い過ごして来た様に思います。
この1年振り返ってみると自分の事よりも孫の事義兄そして組長のお役友人や親友の事に加えて長男の所に二人目が生まれての手伝いやお宮参りそして長女の2番目の子の3歳の七五三祝い等々の喜び事もありました。社会に目を向ければ台風15号、19号による被害等もあり目まぐるしい一年だった気がします。
私の生まれつき持っている星の性質や特徴もありますが良く言えば奉仕的で心使いが細やかといえますが、性格的にはお節介ばあさんなんですね~。本当に今年は周りの人達の為に時間を使わせて頂いた年だなと思います。こう言う年もあるのだろうと思うことにします。
人様の為に自分の時間を使いお役に立て喜んで頂けたら嬉しいし本来私が望んでいることであり人様の為になる事が私の目標ですから良いことにします。そう言う事で今年も暮れようとしていますが来年は七赤金星の庚の子年で私の星は五黄土星の定位置中宮に回座し周囲に囲まれていますから周りの人とのやり取りが大切になってくると思います。
自分を見つめる年かとも思っています。先日ある事で占って見ると自分に目を向けなさいと出ました。今まで外に目を向けて来たので今度は自分にむけることだと理解しましたが来年の運勢を見たら中宮に回座するのだからそういう事なんだと再度認識しました。周りの人達共上手くやりながら自分の本業の仕事や自分の身体の健康管理に気を付けて過ごしたいと気持ちを新たにしています。仕事の整体は勿論継続ですが体力が必要ですからずっとと言う訳にもいきませんから継続しつつ占いの方に力を入れて徐々に移行出来たらと思っています。
私は何より人とのお話が好きですからこの事が出来て生涯現役で頑張れたら良いなと思っています。占い部門に力を入れる為に先日より今年出会った方がやっているお仕事にコラボ企画させて頂き私の占いを宣伝させて頂きたいなどと計画中です。そんな事を考えているとあっ!!そうだ!あの方にもお願いして宣伝させて頂きたいなどと考えが浮かんで来ます。この考えを実践に移して行きたいと思います。
12月23日また太陽が力を増してどんどん日が高く上り乾為天目指す様に私も計画が実現するように努力して行こうと気持ちがアップしてワクワクして来ています。今年も一年間ありがとうございました。皆さん良いお年をお迎えください。

冬への心準備

冬への心準備

新海 富美代

師走に入りました。
11月は柿が赤くなると医者が青くなると言う言葉がありますが、整体の仕事も同様でちょっと仕事が減ります。
陽気も良いし、こちらでは果樹園等の仕事をなされている方々が、一年の仕事も一段落して休息を取る時期でもありますから、お出掛けする方もおります。私もこの時期を利用して友人達との旅行をして休息を頂き、心と身体の癒しを頂きました。 こうして休息を頂きましたから、さあ~頑張ろうと気持ちを入れました。
12月に入って、やはり師走、何とはなしに周りがちょっと忙しそうです。整体仲間やお客様も家のお掃除を始めているようです。私も月半ば頃になると、お疲れのお客様もきますので自分の事はなるべく早めに済ませてお客様をお迎えさせて頂こうと思っています。
先日、ある出来事がありました。私の整体のお客様で、最高齢の91歳のおばあちゃんの事です。おばあちゃんって言うと失礼に当たるかもしれませんが、今も独居で病院通いも近くに住む娘には世話にはなりたくないと、出来るだけ一人で行き病院の先生や看護師さんに迷惑が掛かってはいけないときは、娘さんに付いて行って貰います。
常に気を配り迷惑をかけてはいけないと思って生活している様です。頭もしっかりで記憶力も抜群、努力家で寝込んでしまったら大変と日々の体力作りや整体に来ては健康管理にをしっかりとなさっている方で、私も尊敬してあやかりたいと思っている方です。その方は今まで一度も忘れることなく予約日予約時間の必ず5分前には来て下さるのに今回は10分過ぎているのに来られません。心配になり自宅に電話しましたが出ません。
お年のいった方には念の為、離れてお住まいの家族方や同居の家族の電話番号はお聞きしてありますが、その方は自宅が私の家と意外に近いしもしも倒れていたり何かあってはならないと思いその方の自宅に携帯電話持参で走って行ってみました。門は二重に鍵が掛けられておりましたが、何度もいった事ありましたから開けられ、玄関に行くとやはり鍵が掛けられておりましたので南の部屋の方に行くと、居間の掃き出しの窓が開いていましたから、おばあちゃんの名前を大きな声で何度となく呼ぶと、耳が遠いのですが聞こえたらしく、台所から出て来ました。おばあちゃんの顔を見て一安心しました。その方は私が立っていることに驚かれ話の内容をお話しすると、あらっと驚かれその方はすっかり忘れていたと言っていました。
訳を聞くと、2週間前に甲府駅でいつもはエレベーターを利用していますが、その日は何気なく駅から北口に降りるときにエスカレーターに乗ってしまったみたいです。すると、乗って直ぐに転んでしまい、仰向けに倒れてしまいました。周りには誰もおらずエスカレータが押し上げて立ち上がることは出来たようですがびっくりして北口のベンチで一休みして家に戻って来たようです。
早速娘さんに電話して事の次第を話したそうです。症状的なものはなく不幸中の幸いだったと言われましたが娘さんから後で症状が出るかもしれないから3週間は様子を見る様に言われたようです。
定期的に通院しているお医者さんにもお話した様ですが同様な事を言われたようです。神経質で気にするタイプだと本人も言っていますが何か症状が出ては困ると毎日毎日そればかり気にして生活していて体調が悪くすっかり整体の予約もすっかり忘れてしまっていたとの事でした。
「先生悪かったね~」と恐縮して「先生の時間空けさせてしまった申し訳ない」と何度も詫びて下さいました。その日は整体はしないで、改めて日を決めて来て頂く事にしました。本当に今回は何事もなく良かったと思いましたし、高齢で独居生活している方には、常に変わったことがあった場合は気遣い見守って差し上げる事も大切と思います。その方も、改めて整体の約束の日に見えました娘さんも気にして下さり、朝「お母さん!今日は整体に行く日だよ。今回は失礼のないようにね。」と電話があったそうですが、その方はいつ戻りにしっかりと覚えて来院されました。
気になる3週間まで先生あと3日間大丈夫だよね!と言いながら帰っていきました。その方の様子から見ても大丈夫だと思いましたが、ご高齢になるとちょっとの事で大事になってしまいますから、気を付けて欲しいと思います。
甲府も冬本番に入って行きます。周りの遠い山々も雪景色となっています。身体も冬準備をして冬の到来に備えましょう!!

長野県松本市探訪記

長野県松本市探訪記

新海 富美代

今週も松本旅行記のお話です。先月28日に友人とに引き続き11月13、14、15日と今度は昨年10月に突然ご主人を亡くした30年来の10歳年上の親友との旅でした。親友がご主人を亡くしてからは度あるごとに電話して寄り添ってこさせて貰いましたが、1年経ち一周忌も終わり温泉でゆっくりとご主人の思い出話をしたりして過ごしましょう!と松本の浅間温泉に宿を取り出かけました。お互いが松本で落ち合う約束をして私は甲府から彼女は富山から、彼女の方が距離はありますが私のお気に入りの四柱(よばしら)神社に参拝したいと言う希望もあり松本の浅間温泉に決めました。
電車に乗り車窓から見ていると前回の松本行きよりも紅葉が進み山々が色づいて赤や黄色が鮮やかでとても綺麗でした。松本には新幹線を使い交通の便が良い彼女の方が早く着いて待っていてくれました。
待ち合わせ場所に行くと彼女が笑顔で迎えてくれ抱き合うまではいきませんが手を握り合い再会を喜びました。ご主人が亡くなられてから一年東京で1、2回会ってはいますが他の方もいてなかなか心を通じ合わせる事は出来ませんでしたが今回は二人だけですから本当に心から再会を喜び合いました。
会って先ずは四柱神社に行きお詣りして以前も行った神社横のこばやしお蕎麦屋さんに行きました。前回のおすすめの天ぷら蕎麦は量的に多いのでかけそばを頂き天ぷらの盛り合わせを頂き二人で食べることにしました。温かいお蕎麦も大変美味しく、また天ぷらも”天ぷら蕎麦”の時とは材料が違い珍しい物もあり彼女もお蕎麦も美味しいし天ぷらも美味しいと大変喜んでくれました。ご案内して良かったと思います。
松本駅に戻り温泉のお迎えのバスに乗り予約していたホテルに向かいました。チェックインして部屋に入り先ずは一服お茶を頂きながら女同士の話は止まりません。夕飯の時間もあるからお風呂に入ろうよ。と言いながらも話が続き中々お風呂に向かう事が無く時間だけは過ぎて行きました。お風呂に行っても話は続き話は尽きません。
夕食の時間になり会場に行き好きなものを取りビールで再会を祝して彼女がビールを一口、口にすると彼女の様子がちょっとおかしく、彼女も胸から上が熱い熱いと言いながらタオルで顔を拭いたりしていると、顔色も芳しくなくなり心配になった私は彼女にちょっと部屋で休む?と声掛け彼女もそうすると言う事で彼女は部屋に戻りました。
私は食事を取り電話にて彼女の様子を聞き、今夜は食事をしないということなので私も部屋に戻りました。彼女も落ち着いた様でしたが本調子では無いようでした。その夜はそんな状態だったので話すこともなく休むことにしました。私は眠りながら、彼女もこの一年間ご主人を失った事により気落ちして心身ともに疲れたのかな?とかやはり10歳の年の差があり、新幹線なので楽で時間も余りかからなかったといっても彼女には疲れが出ていたのかな?と色々考えてしまい明日も体調が戻らなかたらどうしようか?等々心配しながら休みました。
翌朝目を覚ますと彼女は元気を取り戻してくれいていつも通りの様子に私もホッとして安心しました。彼女自身も何故昨晩急にあのような状態になったか不思議だと今までこんな事は一度も無かったと話して私に昨晩夕飯一緒に出来なくてごめんね!と何度も詫びていました。彼女も元気になれたので女同士のお話再開です。
2日目も部屋に籠り一日中話をしていました。話の場面でご主人の事を思い出し涙ぐむことや泣いてしまうこともありました。私はまだ彼女と同じ経験をしていないから彼女の気持ちを全て理解して上げる事は出来ないけど、私の母もやはり父が早くに亡くなり、彼女のご主人同様あっという間に逝ってしまって全て父に頼ってきた母が舵を失った船の様でしたので、多分彼女も私の母と同じようなのだなと思い、彼女の気持ちがちょっとわかる気がして彼女の話を沢山聞いてあげました。
彼女曰く娘さんからママいつまで泣いているの?とか、別の友人からは亡くなった人は戻って来ないから泣いてないで頑張れと言われるらしく彼女としては
頭では分かっているけど出来ないんだよね。と私に話しました。今回の再会はゆっくりと会って彼女を生意気ですが癒してあげたいと思っていましたから、私は彼女に泣きたいときは泣けば良いし自分の気持ちに正直になって過ごせば大丈夫だよと話しました。時間が何よりの特効薬だしあなたとご主人の思い出はあなたしか分からないのだから自分の気のすむままにやって行けば良いと思うよと私なりに彼女を励ましました。
飴とむちに例えるならば私は彼女に飴をあげたのかも知れません。時間がかかっても彼女は元気になってくれると信じています。人は誰しも人との別れはあるものですが長年連れ添い過ごしてきた連れ合いを亡くす事は本当に寂しい事なんだと彼女を通して感じました。
つい一緒にいる今は当たり前とか喧嘩もしますが一緒にいられる有難さを感謝して悔いがないように毎日を過ごしたいと思います。15日昼に松本の竹風堂で名物の栗おこわを頂きそれぞれの地元へ帰途に着きました。彼女が無事に富山の自宅に着いた連絡を貰った時はホテルでの出来事もありホッとしました。そして彼女が富美ちゃんありがとねー今回は心身ともに癒すことが出来た。と言って心から喜んでくれたので私も嬉しかったです。彼女との付き合いは30年これからも続いて行くことでしょう。