読書ストレス-1

「長寿の秘訣の第一は、ストレスを溜めないことです」
ストレス解消、病気知らずで楽しく長寿!
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花見正樹のストレス・エッセイ

読書ストレス-1

”畜生! 読書の話さえなけりゃ”

読書というと、季節は秋、虫の音に誘われて書物をひもとき読書三味幽玄の世界に酔う。
というつもりで書店の外交員の口車に乗せられ某社刊日本古典文学大系全六十六巻を始め、世界教養全集三十八巻、世界名作全集五十巻他有名作家の各全集その他もろもろの分厚い書籍が室内を占拠、その実、まるで読んでいない。これが並の人と思われる。
持っているのと読んでいるのでは天と地、月とスッポン、西武とロッテである。
ふとした機会に拙文を目にしたという才媛と知り合った。たまたまある婦人誌に寄稿していた頃出会い、食事をし映画鑑賞というところまで進展し、今一歩というところまで辿りついた。
従来私めは女人に至極臆病で控え目愛妻家なので、今一歩といっても深い仲になろうという野心ではなく、あくまで散歩に出ようとの今一歩なのだが、大概は誤解される。誤解されるぐらいなら実践を……と思った矢先のデートで、「最近はどのようなご本をお読みですか?」と静かにしかも何気ない笑顔で質問された。
ここは胸を張って 「シチリアの恋人」などというべきだったが、よせばいいのに、「『古戦場・武田軍記』と『日本刀を語る』、それに山本周五郎ものに凝っています」
「読書としては?」
彼女は山本周五郎ものを読書と認めなかったのか、今でも疑問が残っている。
当方がいい淀んで口の中でもごもごいうと、
「わたし、いま、レイモンド・カーヴァーに注目していますが、魅力的な作風ですわね」
「ハア」
「原書を何冊か入手しましたが、お読みになります?」
それから約三十分、それまで通過していなかった書物に関する会話で当方の無知識無才能無学軽薄単純さ加減が洗いざらい表にさらされたが、そこは才女、さすがに追い打ちをかけて傷口を広げようとはしないで、さり気なく、「今夜は私が勝手なおしゃべりを申しあげてご免なさい。つぎの機会は是非、お話を聞かせて下さいます?」
で、つぎの機会はない。先方に会う気がなくなったからである。
すれ違いというものは恐ろしい。それまでの相互理解協調ムードは読書の話で一瞬にしてけし飛んでしまった。
当方は吉川英治作品集を熱っぽく語るが、先方はとんと反応を示さない。
成人後初めて読破した本が「宮本武蔵五巻プラス別巻の随筆一巻」だっただけにこれの青春を語るように吉川英治の語る武蔵像、お通、又八、お杉おばば、それはまさしく私自身への青春讃歌だったが、それも無視された。森鴎外すら彼女には評価されていない。
彼女はもっばらサガン、サルトル、ジッド、マルロー、ミラーを語り、当方は子母沢寛や長谷川伸、永井荷風等で無視される。
これほどのすれ違いも珍しい。
「畜生、読書の話さえなけりゃ」とは腹の中。

(注)半世紀以上昔の恥じ話です。お許しあれ(村長)