【超短編】隙間BAR②

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いらっしゃいませ。

ビルとビルの隙間にある、こんな分かりづらいBARに足をお運びいただき、ありがとうございます。

ワタクシはBAR隙間のマスター、隙 間太郎と申します。

あなたがここに来たのも縁。

芋焼酎と麦焼酎の間のような、山崎と白州の間のような、10年物と13年物の間のような隙間をつくオリジナルカクテルをご用意しております。

お嬢さん、今日はお疲れの様子ですね、何かございましたか?

はい、ウィスキーを水割りで?

かしこまりました、ではご用意致します。

飲んで一息入れてから、少し話を聞かせてくださいませ。

〜市谷ノリコさんの話〜

私、ずっと悩んでいることがあるんです。

靴を、必ず片方落としてしまうんです。

小さい頃に電車に乗る際、ホームと電車の隙間に靴を片方落としてしまったんです。

気づいた時にはもう遅く、振り向いた時にはドアが閉まってしまいました。

その時は片足だけ靴下で、ベソをかきながら家まで帰ったことを今でも覚えています。

それがきっかけだったのか、楽しみな行事やお出掛けの時に限って、いつも靴を片方落としちゃうんです。

ヒールで歩けば、道路の側溝の隙間にヒールが取られて靴が脱げ、ヒールは折れてしまいます。

そんなアンバランスなヒールなんて履けませんから、泣く泣く接着剤を買いに行ったり、新しいヒールを買いに行ったりしたことも両手で数えきれないほどあります。

ハイキングに行った時も私だけ遊歩道と泥の隙間に足を取られて、靴が脱げ、顔から転んでしまいました。

昔からこういうことが続きすぎて、何か足を掴まれてるんじゃないか、下を向いて歩くのが怖いんです。

もう何かお祓いとか行ったほうがいいんでしょうか。

ふむふむと聞いていたマスターはニッコリして、こう答えた。

「お嬢さん、もう開き直りましょう」

「解決策はあります。まぁ飲みましょう」

そんな適当なことを言って欲しかったわけじゃないのにな、と市谷ノリコは思ったが、

マスターが勧めてくるカクテルはどれも飲みやすくとても美味しかった。いつもよりかなり飲み過ぎてしまったくらいだ。

解決策なんてあるのかしらとぼんやり思い始めてきた頃、マスターが口を開いた。

「たぶんね、明日は平気だと思いますよ、靴」

「こんだけお酒飲んだら、大抵次の日は浮腫みますんでね」

思ったよりも適当なアドバイスと、ウフフと行儀良く笑うマスターが面白くて釣られて笑った。

ノリコはよくよく考えてみると、楽しみな行事の前はしっかりマッサージでフットケアをしたり、お酒を控えたりして万全な体調で迎えていることに気づいた。

普通の人ならそれで良いのかもしれないが、なにかしら隙間に縁のある私には靴と足との潤滑油を与えてしまっているのかもしれない。

「これを機にオーダーメイドシューズなんて作ってみようかしら」

ノリコがそういうと、

「お酒入ってる時と、普通の時と、どっちで合わせます?」

と、マスターはまたウフフと笑いながらお代わりのカクテルをスッと提供してきた。

「隙間BAR的に言いますと、お酒を入れて測った方がありがたいですが」

これだからこのBARはやめられない。

つづく