カフェ・ド・ワカバ 3

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都営地下鉄の駅から徒歩圏内。朝のラッシュ時はサラリーマンでごった返すが、それ以外の時間は至って平和な町だ。

カフェ・ド・ワカバは知る人ぞ知る店だ。

一見さんお断りという訳ではないが、一見さんが辿り着けない場所にある。

Googleマップを駆使しても神社の脇の細い私道を通り抜けるものだからなかなか見つけづらい場所にある。

知る人ぞ知ると言えば聞こえはいいが、どうしてこんな立地で珈琲屋をオープンしようと思ったのか、今では聞く由もない。

初代店主は五木若葉の夫、五木幸生(サチオ)だ。幸生は若葉にベタ惚れだった。念願であった自分の城を手に入れた時も、迷わずこの店名にしたし、いつも2人は一緒にいた。

おしどり夫婦の営む珈琲屋は近所の人から愛されていた。また質の良い珈琲を種類も多く取り揃えていることから、どこからともなく噂が広がり、全国各地から遠征してくる珈琲マニアも多かった。

常連達は、居心地の良いこの珈琲屋が好きだったから沢山通った。珈琲は勿論のこと、この夫婦の愛情たっぷりな会話に癒されていたことだろう。

オープンして20年後、店主の幸生が病気で突然亡くなってからは、若葉が亡き店主幸生の代わりに珈琲を振る舞うようになった。

常連達はああでもない、こうでもない、と文句を言いながらも毎日通った。

幸生の作った、みんなが安らげるこの居場所を若葉を始め、周りの常連客は皆守りたかったのだ。

今では娘夫婦が店を継ぎ、カフェ・ド・ワカバは絶好調だ。

最近はオンラインストアも始め、地方発送も行なっている。

名誉店長の若葉は朝のオープンから15時頃までレジ脇の椅子に腰掛け、常連達と話し込んだり、時に看板猫のマメを膝で撫でながらウトウトしたり、割と自由に過ごしている。

若葉は齢も80を越え、忘れっぽいことも増えたのは間違いない。

質問に対してトンチンカンなことも返したりするが、まだまだ元気だ。

7時〜9時までのモーニングタイムは毎日若葉が珈琲を淹れる。朝のひと時にフラッと寄る大人達の憩いの場になっている。

また、最近では、流行病のせいでテイクアウトを始めたのが功を奏し、朝は大繁盛となった。こんなに忙しくなくてもいいんだけどとボヤく若葉だが、1日の張り合いになっているようでイキイキと珈琲を淹れている。

さて、朝の開店作業は、まだまだ若葉の仕事だ。

家から歩いて30秒、朝の恒例、孫との語らいを終えると店に向かい、1日が始まる。

 

ーつづくー