6.サンフランシスコにて-10

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「咸臨丸物語」

宗像 善樹

第1章 咸臨丸、アメリカへ往く

 6.サンフランシスコにて-10

会場内外の百人を超えるアメリカ人たちは皆、この木村の好意的な配慮に非常に感激し、会場割れんばかりの拍手が沸き起こった。
会場の友好ムードが一気に盛り上がった。
アメリカ人と日本人との固い握手が一時間近く続いた。市民の中には、感激の余り、木村の肩を抱きしめる人もいた。木村も笑みを浮かべながら抱き返した。
アメリカ人と日本人の歴史に残るスキンシップだった。
おそらく、木村摂津守が、アメリカ人と親しくハグを交わした最初の日本人になるのではなかろうか。
アメリカの出席者は皆、日本のサムライの日本刀と絹の着物に強い好奇心を持っていた。万次郎から予めこの話を聞いていた木村摂津守は、アメリカ人と身近に握手することで、この二つを間近に見せる機会を作ったのだった。
一連のセレモニーが終わると、日本人一行は近くのホテルに用意された宴席に案内された。アメリカ人は、あれこれ美味しい料理を勧めてくれ、一行が座っているテーブルの上はご馳走の山になり、差しつ差されつの賑わいが始まった。
会が最高に盛り上がったところでサンフランシスコ市長が立ち上がり、
「日本の皇帝とアメリカ大統領の健康を祝して乾杯」
と、杯を高く挙げ、乾杯の音頭をとった。
次いで、
「アドミラル木村に乾杯」
と、声高らかに叫び、杯を挙げた。
これに応えて、アメリカ人参会者がいっせいに立ち上がり、杯を高く上げ、一気に飲み干すや、木村摂津守に向かって盛大な拍手を送った。
アメリカ側の歓迎が終わり、ひとまず座が落ち着くと、木村摂津守が頃合いを見て立ち上がり、万次郎の通訳で提案した。
「今、貴国の淑女と紳士の皆さんから、日本の皇帝のために乾杯していただいたが、わが国の皇帝の名前がアメリカ大統領の名前よりも先にあった。今度は大統領の名前を前にして、アメリカ大統領と日本の皇帝のために乾杯していただきたい」
木村の提案が終わるや否や、会場全員から万雷の拍手と大歓声が沸きあがった。
木村摂津守の外交センスが遺憾なく発揮された場面だった。