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新選組友の会ニュースでは、新選組に関する記事や会員の投稿文などを掲載しています。
その中には、一過性で忘れ去られるには惜しい記事や随筆もあります。
それらの力作を多くの人に読んで頂きたく、随時掲載して参ります。
新選組友の会主宰・大出俊幸
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今回は2018年6月1日発行の160号からの掲載です。
信州松代市 道中記
『新選租銘々伝』郷里での啓之助-4
稲葉春義 満里子
B4サイズ大ほどの立派な表装つきで明治四年そうそうのページに〝佐久間烙二郎″なる名を見る。特に社中入社日に、”六月三日″とあり。
福沢諭吉が「新銭座」から三田に転居して同年六月三日に、三田義塾をひらいたとされ。なんと啓之助は「三田義塾第一期生」といえるわけ
だ。ほかに、編者のはしがき、解説のコピーを許可され退出する。外にでて初めての中之島をあるいてみたが、雑木林らしきところにてんて
んと〝ダンボール族″が多くみえ、早々にひきあげる。.かえりみちは、佐久間恰二郎の義塾への入塾(当時は入社といった)を見てただびっくりであった。のちに、彼の妻となる人物の住まいにつらなることも知り、おおきな資料の発見であった。(新選組友の会ニュース126号〝三浦啓之助余話″にかれの妻について拙文を記載)つぎに、平成十四年九月三日大阪市立中央図書館へ。昨年松代からいただいた六枚のコ
ピーの真田一族と家臣団-田中誠三郎氏の著書をまたも兵庫県立図書館でさがしていただ.いた。
FAX以外のことも知りたい-。大阪へ。この図書館で・田中誠三郎『真田一族と家臣図-とその系譜をさぐる』信濃路・官本仲『佐久間象山』岩波書店・太平喜間多『佐久間象山』吉川弘文館・前澤英雄『佐久間象山の生涯』 (この本はの ちの象山神社で紹介購入)
・釣洋一『和洋暦換算事典-幕末編』新人物往
来社(この先生の著書との出会いはびっくりであった。この本で、新・旧暦のことを知りたく思っていたところ、大型本だったので、この図書館でのコピー資料整理中の机の下段においてあったのを偶然みつけることができた!)そうとうな枚数でコピー機を独占するわけにもいかず、
ほかの人との合間で、ほぼ夕方まで昼食を忘れるほど図書館員を気にしながらのコピー作業の一日だった。



長野県松代市には、松代藩士佐久間象山に関係があることから佐久間家に関する資料が残されているとの思いで最初に、観光案内所のパンフレットより電話をすると、応対のかたがこの記念館には、佐久間象山の遺墨、遺品など展示しておりますが、文献資料は以前ありましたが、いまは〝松代藩文化施設管理事務所″に、松代藩、真田家の施設管理をまとめており、本部は真田宝物館内にあり、事務所の電話番号を紹介していただき、さっそく電話、利根川氏というかたに松代藩士佐久間象山の息子である佐久間烙二郎についての資料を知りたいとお願いした。すぐさまFAXで、平成十三年十月十一日付で、送信枚数六枚とともに、〝烙二郎のお墓関係はP155~、上段から下まで記載があります〃云々のメモとともに送ってくださった。のちにわかったことだが、田中誠三郎『真田一族と家臣団1その系譜をさぐる』信濃路、からの抜粋で、すぐさまお礼の電話をすると、「他にも資料はあり、一般公開には、真田宝物舘(ここで初めてこの宝物館を知り、のちに多大なお世話になる)に申し込んでください。」と、また、「研究のためならば、写真撮影などは予約すれぼできます」と、真田宝物館内の電話と担当のかたを紹介していただき、ほかに恰二郎のお墓の写真もありますといわれ、思わず「えっ」。しかしこの時点では、史跡事典での墓さがしはすでに完了していたため、松代市の佐久間家菩提寺蓮乗寺の墓と思い違いをする。FAXの文面により、三浦啓之助についての新選組関係資料、佐久間家戸籍、伊予松山での墓碑銘などの出典先が前述の著書からであることがわかり、いままでの疑問がはれた。
町中の人通りさえも絶えようとしていたそんなさなか、土地の顔役たちがいよいよ登場してきた。貫禄たっぷりの顔役らは、
そんな八陣は、後年、きわめて数奇な運命をたどる。
甥の八田五郎左衛門も内山同様、好んで力士たちの面倒を見ていたのだろう。
夜明け前
そして、新選組の登場ですが、恥ずかしながら、2004年の大河ドラマで火が点きました。(大河ドラマは 今まであまり好きなのが無く、足利尊氏、花神、草燃える、翔ぶが如く、などが好きでした。) イケメンの俳優さんたちが、それぞれの人たちの特徴をつかんで好演していました。本当にその辺によくいる若者達が集まって、手探りで作った新選組が、何が正で何が悪かわからない、混沌とした時代の奔流に操まれながら、多くの犠牲を払いつつ、一貫して幕府に、誠の義を貫いて滅んでいったという過程をよく表現していました。
私は、新選組好きが高じて、CDを作っています。現在、2枚目がほとんど出来上がっています。