七 創られた思い人お雪-3

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新選組友の会主宰・大出俊幸
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今回は平成二十年四月・二一五号からの掲載です。

『燃えよ剣』を読む

赤間 均

七 創られた思い人お雪-3

『やったよ、お雪』
と、不意に歳三はいった。
お雪はびっくりして眼をあげた。まつ毛の美しい女である。
『なんのことでございます?』
『いやなに、やったというのさ』
片言でいって、笑った。かれに巧弁な表現力があれば、『十分に生きた』といいたいところであろう、わずか三十五年のみじかい時間であったが。」
支配人に、お雪を無事東京へ連れ帰ることを頼み、二階の窓のお雪に会釈をして、土方は馬上の人となった。今生の別れである。
土方は「新選組副長土方歳三」の名で単騎敵陣へ乗り込み、銃弾を浴びて死んだ。
恋愛小説としても読める『燃えよ剣』。
司馬は、「宮本武蔵にお通がいたように、土方にお雪がいたと思ってください」(『司馬遼太郎を歩く』)そう言ったと伝えられている。では、お雪の登場は、どんな意味があったのだろうか。もし、作中に登場しなかったと仮定してみよう。
『燃えよ剣』は、『坂の上の雲』のように、歴史家の文章に限りなく近づき、史実に沿った鳥羽伏見の戦い以降の、ストイックな土方は描けても、現代(現在)に通じる、「私」にかえった人間的な土方像とはならなかっただろうし、読者から、とりわけ女性からは高い支持は得られなかったに違いない。
幕末という時代の枠組みから現代へ、公から私へ架橋し、その制約を突き破り、往還できる自由を、お雪は、土方に与える役割を果たした。どこか心の休まるなつかしさを感じさせ、時には大胆な言動を伴う、意外な面を兼ね備えたお雪。司馬の想い描いた魅力的な女性の典型なのだと思う。
戊辰戦争最後の戦いである箱館の地まで、お雪が追って来て、愛を重ねるくだりは、現代的過ぎるのかもしれない。大坂で別れた後、風のうわさで、土方の死亡を聞き、箱館の地を訪れるという話の方が自然であろう。
ところが、そうしたならば、土方は、司馬の嫌う求道者のような存在になり、お雪も古い時代の女になってしまう気がする。