第57話 龍馬が差した長刀-2

 

 小美濃清明講師の略歴は上部の「プロフィール」をクリックしてください。

幕末史研究会
事務所:〒180-0006 武蔵野市中町2-21-16
FAX・O422-51-4727/電話・090-6115-8068(小美濃)
Eメール:spgh4349@adagio.ocn.ne.jp
プログアドレス:http://blogs.yahoo.co.jp/bakumatsushiken
幕末史研究会は、東京都武蔵野市を中心に1994年から活動を続けている歴史研究グループです。

第57話 龍馬が差した長刀-2

現在、高知で小栗流剣術を学んでいる人はいないようである。調べてみたがすでに小栗流は明治・大正期あたりで断絶しているようである。
いつも思うのだが、テレビドラマや舞台で龍馬が小栗流道場で剣術を習う時、役者は皆、防具を付けている。小栗流は防具を使う剣術だったのだろうかと疑問がわく。
柳生新陰流は防具を使用しない古流である。小栗流は江戸時代初期に柳生流から分派した古流である。防具を使用しない古流の稽古がつづいていたと考えてもよいのではないだろうか。
現在の剣道は防具を使うが、幕末期に防具を使う流派が多くなり、明治になってそれらの部分を集合させて作られたのが現代の剣道である。
龍馬も防具を使う北辰一刀流に憧れて千葉貞吉道場に入門したのである。しかし、長刀目録しか残っていないのは、やはり、そこまでで修行を終わっているのではないだろうか。

龍馬は小栗流は免許皆伝となっており、三巻の免許状が残っていて京都国立博物館に収載されている。龍馬は脱藩前まで小栗流を修行しており、皆伝となっている。龍馬は剣術は小栗流だけで充分と考えていたのではないだろうか。
龍馬はペリー来航により砲術に興味を持った。佐久間象山塾、徳弘幸蔵塾と学んでいる。
しかし、剣術も必要と考えており、小栗流の稽古は最後まで、脱藩直前まで高知でつづけていたのである。