月別アーカイブ: 2011年10月

北の港町からご挨拶です。

緒方さんの立派な挨拶に続いて、恥ずかしながら北の港町から皆さまにご挨拶です。 わたしは開運村のお世話人に名を連ねる一期生の西川永華と申します。 家族構成は、昔からのオットという名の同居人と二人暮らし、娘二人はそれぞれ嫁ぎました。
拠点は北海道留萌(るもい)市、ご存じですか?
明治時代までは、アイヌと日本人が混在した街でしたから山も川もアイヌ名が残っています。 ポロシリ山、セタベツ川、チバベリ川などと呼びます。
留萌はアイヌ語でルルモッペ、その名の由来は潮が奥まで入る川という意味と聞いています。
地図で見ますと、北海道上部左側の日本海に面した人口約3万の港街です。
主な産業の貿易や水産加工業は、昔とは天と地ほどの差だと昔の人は言います。 でも、若い?わたしは、昔のことは詳しくは知りませんが、街が栄えていたのは覚えています。
わたしが子供の頃はニシンの水揚げ世界一、ニシン御殿が立ち並び昼も夜も賑やかな街でした。 その頃は留萌の定住4万に出稼ぎが3万の合わせて7万人で歓楽街もごった返していたそうです。
わが家も飲食業を出して、小学生のわたしも手伝いましたからニシン景気は覚えています。 でも今は人口わずか2万4千、公務員、各企業の支社などの関係者が大半を占めています。 今でも留萌の港は国内最大の輸入港で、カズノコの国内最大加工地ですが産業は寂びれています。
同居人のオットは親の代からの建築業ですが、いまは不況の真っただ中です。 こうなれば、わたしが好きな占いで稼いで食わせるしかない! と開運道に入門しました。
苦節1年、幸い免状も頂き占術家の名も得て、すぐ地元のFM放送に相談して占い番組を始めました。
仕事は、緒方さんと同じく本部発行の100年運データ中心です。
これは誰でも欲しがりますので間違いなく宝の山で、これが口コミに乗りました。 そこで、さらに図に乗って、趣味の貴石を用いた開運ブレスレッドを始めました。 自分で石を買い求め金属チェーンも自分で編みます。
開運村のホームページにもリンクして頂き、占い同様に売り上げも順調に伸びました。 と、調子よくお話しさせて頂きましたが世の中、そう甘くはありませんね。
主婦の片手間を広げ過ぎて頑張りすぎて、ついに過労でダウンしてしまいました。 その上、子宮けいガンが発見されて入院、ついに闘病生活です。
でも、ご安心ください。ようやく退院して早速、このご挨拶です。
数日前からFM放送にもカムバックしました。
なお、放送原稿の中心は開運村ホームページの毎日の占いです。
もちろん、村長さんの許可は頂いております。
なお、ブレスレッドを参考にされる方は、開運村トップページのリンクでお宝堂をご覧ください。
病いで倒れる前は札幌や旭川にも、占いとブレスレッドで招かれて出張していました。 それにしても、やはり無理は禁物、ほどほどが無難ですね。
皆様も、お体を大切に開運道の占いをお楽しみください。
また、投稿させて頂きます。

 


占い相談を始めました。 緒方です。

二期卒業の宇都宮市に住む50代後半、昔は娘で今はオバさんの緒方八重(仮名)と申します。12年前に離婚、娘二人の一人は社会人、一人は大学であと1年スネカジリです。
以前、こちらのホームページの占いの館で無料の八星占いに凝って占いにハマりました。そこでスクールに入学し、無料で勉強していたおかげで無事に免状を頂きました。
それまでも公文に集まった生徒相手に始めた趣味の相性占いが、母親達の口コミに乗ったのです。この3月から、講座で学んだ相性占いを主体に、公文教室とは別に自宅で占い相談を開きました。
はじめは土曜の午後だけでしたが、最近になって木曜日も開いて徐々に盛況になっています。
両日とも週2回木曜、土曜の午後1時から夜7時まで予約制です。
この日だけは公文は娘二人に任せて、私は占いの先生です。
占い相談は生徒の父兄が口コミで広めてくれて思ったより評判がよく、嬉しい誤算です。とくに、本部で提供してくれる100年運が好評で、これが金運を呼んでくれています。
おかげで経済的に少し余裕ができて、8月のお盆休みに親子三人でグアムに行って来ました。
青い海、青い空、サンゴ礁に砕ける白い波、肌は焼けましたが心はスッキリ、楽しかったです。これも占いのおかげと親子三人で、お土産を持参で本部に「ご挨拶に」とお電話したら、先生は介護でお忙しいそうです。
残念ですがこの場を借りて「占いを有り難うございます」と一言、お礼しておきます。
そして、スクール仲間の皆さんに一言、「この場を大いに活用しましょう」です。「宇都宮の緒方」でご指名頂ければ、いつでもここに参加しますよ。
ではまた、次の機会まで皆様お元気で。

 


北海道はもう冬が接近中です。

開運道の皆さま、お元気ですか?
またまた北海道からの投稿です。
こちらの季節は一気に冬に向い始めています。
特に朝が寒く、そろそろ暖房具が必要になって来ています。
すでに冬布団を引っ張り出しました。
村長さんも母の介護はやむをえない。でも、時間が自由にならなくて残念だと何かに書かれていましたね? 私の両親も今のところ二人でどうにかやっているものの、どちらか一人が残った場合、近くに住んでいる娘の私が
面倒を見なくてはならないのだろうと、漠然と思っています。

遠い未来の話のように思っていたけれど、親の介護は、そう遠くないことことになるのかもしれません。
80歳を越したら、いつ何が起きても不思議ではないのですよね。
もっとも、両親よりも私が先に死んでしまった、なんてことにならないようにしたいものです。
私は平々凡々、日々の農作業をこなしています。
エッセイは暇になる冬場がメインで、まだ
今の時期は農作業がありますので、書くのはぼちぼちといったところです。
何か感じることがあったときなど、時々は書いて楽しんでいますよ。
でも、なんとなく体力がないと言いますか、疲れやすくなった感じです。

加齢によるものなのか、単に怠け者になってしまっただけか、いわゆる更年期なのか?
考えてみてもわからないのですが、多分、体調の影響かもしれません。
でもまあ、無事に暮らせていますので、このまま無事に過ごせたらいいな~と願っていますが、どうなるものやら、ま、なるようになるでしょう。

こうして、日々淡々とマイペースです。
時節柄、皆様もお体を大切にしてください。
また折りを見て投稿します。
ではまた、一期生の村山恵美子(エッセイスト)です。