マリちゃん雲に乗る (4)マリちゃんのお勉強

マリちゃん雲に乗る

   宗像 善樹

 

 

(4)マリちゃんのお勉強

 トイレの躾が終わったら、次に、家族中で、「お手」「おすわり」「おあずけ」「おかわり」「伏せ」などのお勉強をわたしに始めました。
 わたしは、比較的早く「お手」「おすわり」「伏せ」を覚えましたが、それ以外はぜんぜん覚えられませんでした。
パパは「こいつは頭がわるい」と言いだすし、ママは焦りまくるし、家族中で大変なことになりました。
「マリちゃんなら、できるでしょう」
利絵ちゃんまでが、けっこう教育ママ的に迫ってきました。
鉄棒の逆上がりが苦手で、なかなかできない華ちゃんだけがひとり同情的で、「できないものは、しょうがないじゃん」と言って、慰めてくれます。
気が短いパパが、わたしと華ちゃんを睨みつけました。
「だから、ぐーたら部屋のふたりは駄目なのだ。御宿の北島さんのラブちゃんは何でもできる」
 わたしのために、華ちゃんまでが叱られるはめになりました。華ちゃんがわたしを抱きしめて、断固として、パパに抗議しました。
「パパ。北島さんちのラブちゃんと比較して、自分ちのマリちゃんをけなすのは、親として最低だよ。それに、ラブちゃんにだって逆上がりはできないよ」
 華ちゃんは、日頃、パパから叱られるわが身の口惜しさを、わたしの口惜しさに託して、言い切りました。
 そうしたら、パパは、「ム…」と言ったきり黙ってしまいました。
わたしも、パパに抗議しようと思ったけれど、二対一でパパを睨むと、パパがプッツンしそうだから、「やったネ、華ちゃん」と心の中で叫んで、じっと下を向いていました。
いざというときには、ぐーたら部屋のふたりは団結するのだ。華ちゃんとの強い絆を感じた瞬間でした。
 いずれにせよ、わたしの教育問題は、すでに華ちゃんが逆上がりの一件で、「できないものは、できない。無理なものは、無理」ということを、先例的、実践的かつ経験的にパパとママに示してくれていたお蔭で、曖昧な形で決着させることができました。
 結局、わたしのお勉強は「お手」と「おすわり」と「伏せ」だけで卒業になりました。だから今でも、「おあずけ」「おかわり」と言われても、何のことやら、さっぱり意味が分かりません。
 華ちゃんが、「そういうときは『わっかりませーん』と云って、手のひらを上に向け、両肩をすくめて答えればいいのさ」と、おかしな節のジェスチャア付きで教えてくれました。
 最後には、パパもママも、「トイレをしなさい」と云われて、ちゃんとトイレに入って、おしっこやウンチができる子は、うちのマリちゃんのほかには、世間にはそういないのではないか、と言って、それだけを夫婦共通の自慢の種にするようになりました。