マリちゃん雲に乗る (9)終わりに

 マリちゃん雲に乗る

   宗像 善樹

(9)終わりに 

 話を聞き終えた東北の動物たちは、それぞれ、笑いに満ちあふれていた家族との生活を思い出してしんみりしてしまいました。一人ひとりが、しくしく泣きだしました。
哀しいのです。寂しいのです。そして、悔しいのです。理不尽にも、家族と動物たちの平和な日常生活が奪われてしまったからです。
動物たちみんなが、心から願いました。
『早く、天の川の向こう岸にある天国へ行って、懐かしい家族と再会したい』
 マリちゃんは、いろいろな話をたくさんしたので、喉が渇きました。天の川の清らかな水をピチャ、ピチャと音をたてて飲みました。
 天上に夜がやってきました。マリちゃんは横になり、パパやママ、利絵ちゃん、華ちゃんの夢を見ようと、両足を伸ばして横になり、ゆっくりと目をつむり、クウクウと寝息をたて始めました。
 星たちが、眠り込んだマリちゃんに雲の毛布を掛けながら、やさしくお礼を言いました。
「マリちゃん、ありがとう。浦和での生活は楽しかったのね。この河原で、いつまでもひとりのままでは、マリちゃんがかわいそう」
マリちゃんがぐっすり寝入った後に、一日のお勤めを終えられたお天道さまが河原に戻ってこられました。
 夜空に顔を出そうとする星たちが、お天道さまにお願いをしました。
「お天道さま。マリちゃんがこの河原にきて、もう一年半以上が経ちました。マリちゃんは自分を犠牲にして、弱音を云わずに、東北地方の仲間を助けてきました。すでに、マリちゃんは体力の限界を超えています。このままでは、マリちゃんが余りにもかわいそうです。マリちゃんを、天の川の虹の彼方にある天国まで連れていってあげてください。これからは、マリちゃんにも幸せになって欲しいのです」
 織姫と彦星も、声を合わせて言いました。
「そのうえ、マリちゃんは、私たちにも気を遣って、星たちを癒してくれました」
 お天道さまは、疲れ果ててぐっすり寝入っているマリちゃんをじっと見つめられました。
そして、星たちに答えられました。
「そうしよう。マリちゃんだけでなく、この河原にいる東北の動物たちもみんな一緒に天国へ連れていってあげよう」
 それを聞いた星たちは、胸がいっぱいになりました。
「お天道さまは、すべてを平等に為されるのだ」
 そして、お天道さまがつぶやかれました。
「マリちゃんには、まだ会ったことのないおばあさんと愛犬のべスにも逢わせてあげよう」
 織姫と彦星は、声をそろえてお礼を言いました。
「お天道さま、ありがとうございます。これで、マリちゃんもほかの仲間たちも寂しい思いから開放されて、幸せになれます」
 お天道さまが、大きくうなずかれました。そして、ゆっくりと立ち上がり、大きな、大きな両手にマリちゃんや気の毒な動物たちを大切に包み込み、「では、行ってくる」と言い残して、いぶし銀の雲海の中へ静かに消えてゆかれました。
 星たちが声を合わせて、マリちゃんを見送りました。
「マリちゃん、ありがとう、そして、さようなら。天国へ行ったら、みんなと一緒に幸せに暮らしてね」
 織姫と彦星が、涙をポロポロ流しながら叫びました。
「マリちゃん、ありがとう。本当にありがとう。そして、いつまでも、いつまでも、さようなら。さようなら」
 雲の上に、夜の帳(とばり)が下りてきました。
 澄み渡った夜空から、星たちが明るい光をいっせいにキラキラと
放ちだしました。それは、地上にいるパパとママ、利絵ちゃん、華
ちゃんに、マリちゃんが無事に天国へ行けたことを知らせる合図の
光でした。
 そして、それは、避難所で苦難に耐えて生活している東北地方の
人たちに向かって、人々が飼っていたペットや牛、馬、そして諸々
の動物たちがみんなそろって天国へ行ったことを知らせる合図の光
でもありました。

今夜も、パパとママは、いつもマリちゃんと一緒に遊んだベランダに出て、美しい夜空の星を見上げています。
パパが、一番明るく光る『マリちゃん星』へ向かって、呼びかけました。
「おーい、マリちゃーん。元気かーい」
ママが、隣で、やさしい声で叫びました。
「マリちゃーん」
 パパの涙とママの涙で、明るく輝く『マリちゃん星』が虹になって、かわいいしっぽをくるくる振っているように、七色に滲んで光りました。

   おしまい