徳川家臣団大会2021


 宗像 信子
(開運道芸術部門顧問、咸臨丸子孫の会幹事)
徳川家臣団大会2021

2014年から毎年徳川家臣団大会が、家康公の命日前日の4月16日に静岡で開催されています。
「徳川の平和(パクス・トクガワーナ)」といわれる世界史上例をみない265年にも及ぶ戦争のない時代を築いた徳川家や支え続けてきた家臣たちの功績、徳川文化を継承してきた先人たちの智慧を広く知って頂くことを、大会趣旨としています。
徳川みらい学会主催で静岡商工会議所、静岡県が共催で開催されています。
私も数回参加しています。
去年はいつもの4月開催がコロナ禍のため中止になり、9月開催になったのですが都合がつかなくて参加できませんでした。
今年もどうなるか心配していましたが、感染対策を十分にしたうえで今年は実施されましたので、咸臨丸子孫の会の尾駒眞理さんと二人で参加いたしました。
講演に先立ち、徳川宗家19代・徳川家広氏より「現在はいつコロナが終息するか分からず、世の中がモヤモヤしているが、幕末もモヤモヤしていた。今の日本の状況は幕末と似ている。また、大河ドラマ“青天を衝け”を見るにあたって、明治維新になって徳川家が拓いた関東へ天皇家が移られた、そしてその時初めて天皇家は富士山をご覧になったという視点から見てみるのも面白い。」というご挨拶がありました。
私はこの大会にだけの参加ですが、翌日のお命日には多くの方々が久能山東照宮へ参拝されているそうです。
講演会の後は徳川慶喜が静岡に移住した際住んでおられた今は浮月楼という料亭になっているところで交流会が行われました。
今年はコロナ感染対策で席から動かないようにという事で、いつもの立食パーティーではなくいろんな方とお話ができなくてちょっと残念でした。


豊橋にて 宗像信子

 

 宗像 信子
(開運道芸術部門顧問、咸臨丸子孫の会幹事)

 豊橋にて

今回の旅行の最後の地は帰りの新幹線に乗る豊橋でした。
本当は浜松まで行きウナギを食べて帰ろうと思っていましたが、乗車する新幹線が浜松からでは乗れないということでしたのであきらめました。
豊橋でもいいからウナギが食べたかったので、ネットで調べて美味しいとされているお店に行ってみました。
写真のようにびっしりウナギが並べられていて驚きました。
量だけではなく味も美味しかったので大満足でした。
新幹線にはまだ時間があったので、豊橋公園に行きました。
豊橋公園は、愛知県豊橋市中心部の今橋町にある城址公園です。
そこに吉田城 鉄櫓(くろがねやぐら)がありました。
吉田城は、三河国渥美郡今橋にあった日本のお城です。
戦国時代の16世紀初頭にその前身が築城され、16世紀末に大改築が行われたそうです。戦国時代には三河支配の重要拠点の1つとして機能し、江戸時代には吉田藩の政庁としての役割を果たしていました。別の城名としては、築城当初に今橋城と呼ばれ、明治維新後には、吉田から豊橋の改名に伴い豊橋城とも呼ばれています。
高台と周りをながれている川とで上手に守りを固めているお城でした。
駅に戻り豊橋名物のちくわをお土産に買って、新幹線に乗り愛知県を後にしました。
2泊3日の旅行でしたが、初めてのところばかりでしたが結構いろいろ楽しめました。
この時期に旅行するなんてちょっと気が引けましたが、無事に終了いたしました。
私達の旅行にお付き合いして頂きましたてありがとうございました。


竹島 宗像 信子

 宗像 信子
(開運道芸術部門顧問、咸臨丸子孫の会幹事)

竹島

ホテルの真ん前に竹島があります。
公式HPには
蒲郡のシンボル「竹島」は、三河湾にぽっかり浮かぶ、周囲約680メートル、面積約1万9000平方メートルのかわいらしい小島です。岸からの距離は約400メートルで、竹島橋で結ばれており、歩いて渡ることができます。
そんな小さな島ながら、これまでの調査で65科238種の高等植物の自生が確認されており、島そのものが国の天然記念物に指定されています。自然そのままの姿が残る道や岩場をたどれば、約30分で島の外周をぐるっと1周できます。島の中央にある「八百富神社」は、開運・安産・縁結びの神様を祀る「日本七弁財天」のひとつとしても知られています。
また竹島海岸は日の出の絶景スポットとしても有名で毎年初詣と初日の出を楽しみに多くの人が訪れています。
と説明されています。

私達も大きな鳥居をくぐって竹島橋を渡って竹島に行きました。
かなり階段を上り八百富神社にたどり着きました。本当に小さな島ですがいろいろな神様が祀られていました。
その一つに市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)が祀られている竹島弁天がありました。開運の神で、縁結び安産の神でもあとの看板がありました。
この市杵島姫命は古事記にもでている宗像三女神の一人です。こんなところでお会いできるとはびっくりでした。
本当にかわいらしい島で、一回りしましたが絶景だらけでした。
帰りに橋を渡っていたら目の前に蒲郡クラシックホテルの美しい姿が見えました。
初めて訪ねた蒲郡でしたがいいところでした。
ホテルに温泉がなかったことがたった一つの残念なところでした。

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蒲郡クラシックホテル

 

 宗像 信子
(開運道芸術部門顧問、咸臨丸子孫の会幹事)

蒲郡クラシックホテル

今回の旅行はこの蒲郡クラシックホテルに泊まるという事から始まりました。
ただ蒲郡の往復だけではもったいないと思ったので、名古屋の明治村、名古屋城、徳川美術館をくっつけて2泊3日の旅行にしました。
あこがれていたそのままのホテルでした。
明治45年に「料理旅館常盤館」として創業。その後は戦争を経て経営母体はいろいろ変わりましたが、平成24年に蒲郡クラシックホテルと名称変更しました。
菊池寛は「火華」の中に
 『蒲郡の淋しい駅、あの駅を通り過ぎる旅客の誰が、この淋しい街の海岸にこれほどの壮麗な旅館のあることを思い浮かべるだろう』

 池波正太郎はエッセイ「よい匂いのする一夜」に
  『まだ新幹線が出来る前の東海道線で西にむかうとき、列車が豊橋を過ぎて間もなく、左側の車窓も、小高い丘の松林から緑色の屋根の古風なホテルの背面が望まれ、それを眺めながら、そう思いもし、また、などか、その思いを実行に移した私だった。』

他にも三島由紀夫も「宴のあと」、与謝野晶子の「歌集」、志賀直哉のハガキに、川端康成の「旅への誘い―新女苑連載」「驢馬に載る妻」などにこのホテルのことが書かれています。

私も文才があればこのホテルのすばらしさを書けたのですが、ただただとっても素晴らしいホテルと風景だったとしか書けません。

 

 


蒲郡の夜景

 宗像 信子
(開運道芸術部門顧問、咸臨丸子孫の会幹事)

  蒲郡の夜景

夕方名古屋を出発して在来線の東海道線で蒲郡に向かいました。
蒲郡クラシックホテルを予約していて、そのホテルに泊まることを楽しみにしておりました。
蒲郡駅に下り立ったら、駅前にクシーがいませんでした。待っても来ないのでバスで行けないかとバスターミナルらしきところに行き、そこにいらした方にホテルの近くまでいくバスをお聞きして乗りました。
バス停からはかなり坂を登るとホテルがあるそうです。
見上げて見るとたしかに森のような山の中腹に緑の屋根の素敵な建物が見えました。
チェックインしてお部屋に入ると海に面した素敵なお部屋でした。
さっそくホテル内を探検、するとメインダイニングでハッピーアワーをやっているではないですか?
目の前には竹島が見えるというロケーションでビールを飲みながら至福の時を過ごしました。
そこでまたまた夕陽が知多半島の山のところに沈むという素晴らしい風景を楽しむことができました。
夜になると竹島にわたる橋がライトアップされていてこれもまた幻想的で素晴らしかったです。


徳川美術館特別企画展「雛まつり」


宗像 信子

(開運道芸術部門顧問、咸臨丸子孫の会幹事)

徳川美術館特別企画展「雛まつり」

徳川美術館 ひな祭り に対する画像結果金の鯱と名古屋城の見学の後は徳川美術館に行きました。
尾張徳川家のお雛様を企画展示しているということなので、こちらも楽しみにいたしておりました。
さすが徳川御三家筆頭の尾張家、特別展示のお雛様だけではなく、御秘本「張州雑師志」や他の国宝級の所蔵品も展示されていました。
この徳川美術館は1935年に開設されています。
収蔵品は駿府御分物(徳川家康の遺品)など尾張徳川家伝来の大名道具や他の大名家の売立てでの購入品、名古屋の豪商らからの寄贈品などを所蔵。
2019年現在で、国宝9件、重要文化財59件を収蔵する。
有名なところでは国宝・源氏物語絵巻のほか、西行物語絵巻、豊国祭図屏風、「初音の調度」などが」ありました。
展示されていたお雛様は矩姫(1831-1902 福島・二本松の大名丹羽長富の三女)が所持していたお品です。尾張徳川家14代慶勝に数え19歳でお嫁入されています。
どれも豪華絢爛でした。
またその後の19代、20代、21代藩主の奥方さまのお雛さまも展示されていました。
お人形の素晴らしいだけではなく、お道具もすべてにも葵の御紋がついており、昔の職人さんたちの素晴らしい芸術作品だと思いました。
こうした美術館で大切に保存されているということは日本の宝ですね。
毎年この時期にだけの公開のようです。
もし名古屋にいかれることがありましたら、この時期に予定を合わせていらっしゃいませんか?
一見の価値があると思います。

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 元家事調停委員、面会支援員、開運道顧問 
 宗像信子の
「家庭問題よろず相談室(秘密厳守)」
 この度、長年の経験を生かして「家庭問題専門の「相談室」を開きました。
 私は長年、家庭裁判所の家事調停委員を務めてまいりました。
 あらゆる家庭内、親族間での悩みお困りごとの相談に応じます。
 もちろん秘密厳守、相談場所は「開運道の築地サロン」です。
  下記の要領でご予約をお受けいたします。

     ーーーーー

 相談日・金、土、日、祭日、第1,3木曜可。
 時間・10時~20時内で相談に応じます。
女性限定・1時間1万円(税別)・完全予約制
問い合わせ&予約
 aloha-nobuko4913@docomo.ne.jp
相談室
開運道サロン:東京都中央区築地2-14-6 キャメル築地1304号
地下鉄日比谷線築地駅2番出口1分
築地本願寺正門の真正面の喫茶店「築地テラス」のあるビル・キャメル築地
喫茶店右横正面玄関で、1304-呼び出し、とプッシュ。
ドアーが開いたらエレベーターで13階奥の本願寺側・「開運道サロン」へ。
お待ちいたしております。

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名古屋城と金の鯱(しゃちほこ)

宗像 信子
(開運道芸術部門顧問、咸臨丸子孫の会幹事)

名古屋城と金の鯱(しゃちほこ)

明治村見学の翌日は名古屋城に行きました。
名古屋市内のホテルに泊まりました。
天然温泉のホテルでしたので、朝風呂にも入り、チェックアウトの準備をしたいたら地方局のテレビで名古屋城の金の鯱が映しだされました。
3月8日の撮影ビデオでしたが、なんと鯱をヘリコプターで吊り下ろしているではありませんか?
「え~~~、どっかに運び出してしまうの?」
と思わず娘に言いました。
だって今日はこの有名な金の鯱を見に行くつもりだったのに!!!
残念無念と思っていたら、レポターの女性と歴史研究家の外国人がライブで映りました。
その説明を聞いていたら16年ぶりに金の鯱を地上に下ろしたということでした。
なんと金の鯱さまのご降臨だったのです。
「やった~~~!」
名古屋城の屋根を眺めても鯱をちゃんとみることはできませんよね。
それこそヘリコプターにでも乗らなければ。
さっそく名古屋城に向けて出発しました。
とてもいいお天気でラッキー!
ウキウキででかけました。
立派なお城でした。
そして鯱が鎮座している二の丸庭園に向かいました。
遠くからでもピカピカの鯱が見えました。
そこでお庭に入ろうとしたら、一般公開は明日からですから招待券の無い方は入れないという冷たいお言葉!
今日しか名古屋にいられないので何とか入場させてくれないかとお願いしたのですが、全然ダメでした。
仕方がないので庭園の回りをうろつき写真の撮れそうなところを探しました。
なんとかとれた金の鯱です。
今度はお城の見学です。
鯱の無いお城の写真も珍しいと思います。
お城の内部はさすが尾張徳川家という素晴らしい調度や装飾でした。
やはり二条城と似ていました。
午前中の見学は名古屋城で終わりました。

 


明治村紀行


宗像 信子

(開運道芸術部門顧問、咸臨丸子孫の会幹事)

 明治村紀行

名古屋・蒲郡・豊橋に行ってきました。
まだ緊急事態宣言が解除されていませんが、個人的な都合で娘と2泊3日の東海地方への旅行に行ってきました。
まず新幹線で名古屋に行きホテルに荷物を預けて前から行きたかった明治村へと出発しました。名古屋市内からはかなり遠かったです。
地下鉄とバスを乗り継いで1時間半くらいかかりたどり着きました。
明治村は、愛知県犬山市にある野外博物館、また明治時代をコンセプトとしたテーマパーク。 明治時代の建造物等を移築して公開し、また明治時代の歴史的資料をも収集し、社会文化の向上に寄与することを目的とする。通称「明治村」。管理運営は公益財団法人明治村。
と説明がHPに載っていました。
なにしろとても広大な敷地に沢山の展示物があるので、とても一日で全部を見学することはできません。。とりあえず一番見に行きたかった帝国ホテルに向かおうと思いました。
しかし一番北というか正門から一番遠いところにあったので、道々いろんな建造物を見学しながら歩きました。
東側には入鹿池がありとても風光明媚で散策も楽しめました。
見学した建造物を全部ご紹介することはとてもできません。
まず一番のお目当ての帝国ホテルの正面玄関です。
20世紀建築界の巨匠、アメリカの建築家フランク・ロイド・ライトによって設計され、大正12年(1923)4年間の大工事の後に完成した帝国ホテルの中央玄関部の移築です。

メインロビー中央には三階までの吹き抜きで、中央玄関内の全ての空間は、この吹き抜きの廻りにいろんなお部屋がありました。内部に細かな説明のVTRが放映されています。
しかしほんの玄関部分だけなのに圧巻で満足しました。
帝国ホテルまでの途中にシアトル日系福音協会が移築されていました。
日本からアメリカ本土への移民は、戊辰戦争に敗れた会津若松藩士数十名が明治2年(1869)カリフォルニア州に入植、若松コロニーを開いたことに始まると言われています。この試みは失敗に終わるそうですが、日米間の労働力の需要・供給の関係で、日系移民は明治中期からその数を増し、明治29年(1896)シアトル航路が開かれたこともあり、明治末から大正期にかけて最盛期を迎えたそうです。
この建物は1907年(明治40)頃建てられたものです。
最初はアメリカ人の住まいであったが、1930年代(昭和5~14)に日系移民の所有となった。アメリカに渡ってから長い苦難の年月を経て手に入れた一軒の家であったが、第二次世界大戦時、強制収容により家を追われた。戦後は日系一世のための福音教会として使われてきたが、一世の高齢化と減少という時の流れの中でその役目を終え、明治村に移築された。
と説明されています。
入鹿池に面してとてもかわいらしく建っていたので、目にとまりました。
明治時代のアメリカ移民の方々の壮絶な生活が中に展示されていました。
他にもたくさん見学したのですが、とても一度にはご紹介できません。
今回はこの二つにさせていただきました。

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 元家事調停委員、面会支援員、開運道顧問 
 宗像信子の
「家庭問題よろず相談室(秘密厳守)」
 この度、長年の経験を生かして「家庭問題専門の「相談室」を開きました。
 私は長年、家庭裁判所の家事調停委員を務めてまいりました。
 あらゆる家庭内、親族間での悩みお困りごとの相談に応じます。
 もちろん秘密厳守、相談場所は「開運道の築地サロン」です。
  下記の要領でご予約をお受けいたします。

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 相談日・金、土、日、祭日、第1,3木曜可。
 時間・10時~20時内で相談に応じます。
女性限定・1時間1万円(税別)・完全予約制
問い合わせ&予約
 aloha-nobuko4913@docomo.ne.jp
相談室
開運道サロン:東京都中央区築地2-14-6 キャメル築地1304号
地下鉄日比谷線築地駅2番出口1分
築地本願寺正門の真正面の喫茶店「築地テラス」のあるビル・キャメル築地
喫茶店右横正面玄関で、1304-呼び出し、とプッシュ。
ドアーが開いたらエレベーターで13階奥の本願寺側・「開運道サロン」へ。
お待ちいたしております。
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上野から銀座へと「ブラ信子」です。

 
 宗像 信子
 (開運道芸術部門顧問、咸臨丸子孫の会幹事)

 上野から銀座へと「ブラ信子」です。

 上野と銀座に行ってきました。
先週の7日の日曜日に湯島、上野、銀座を散策しました。
まず湯島の天神様に行きましたが、梅は終わっていてちょっと残念でした。
そこから上野公園に行き、正面入り口の緋寒桜を眺めて公園に入っていきました。

テレビのニュースで知っていた公園内の一方通行はきちんと守られていました。
公園内のソメイヨシノが咲いていないことは知っていましたが、すいているのでぼちぼちと散歩をしました。
不忍池の弁天様にお参りして、また上に登り上野東照宮に行きました。
規模はとても小さいですが、とても立派な東照宮でした。
ホームページによると
上野東照宮は1627年創建の東京都台東区上野公園に鎮座する神社です。 東照宮とは徳川家康公(東照大権現)を神様としてお祀りする神社で、日光や久能山の他、全国に数多くるとのこと。 当宮は出世、勝利、健康長寿に特に御利益があるとされ信仰されています。 金色殿(社殿)などの豪華な建造物は、戦争や地震にも崩壊を免れた貴重な江戸初期建築として国の重要文化財に指定されており、国内はもとより、海外からも多くの方がお参りされます。
現存する社殿は1651年(慶安4年)に三代将軍・徳川家光公が造営替えをしたもので、遠く日光までお参りに行くことができない江戸の人々のために日光東照宮に準じた豪華な社殿を建立したと言われています。この造営替えに際し約250基の灯籠が全国の大名から競うように奉納されました。 幕末には寛永寺の伽藍や子院の多くが消失する上野戦争が勃発しましたが、上野東照宮には火の手が及びませんでした。関東大震災にも倒れず、第二次世界大戦では社殿のすぐ裏に爆弾が投下されましたが幸いにも不発弾で社殿の倒壊は免れました。 明治時代には神仏分離令の為境内の五重塔を寛永寺に譲渡(現在は東京都の管理)するなど、江戸時代と比べ境内地は縮小されましたが、江戸初期に建立された社殿が数々の困難を乗り越え現存することは奇跡的で、強運な神君の御遺徳の賜物と言われています。

ということでここをお参りすると強運な家康公の運を頂けるということです。
開運道の講師としてはピッタリのところを散策したわけですね。
上野から地下鉄で銀座に移動して三越に出たら、なんとライオンちゃんがマスクした消防士になっていました。<笑い>
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 元家事調停委員、面会支援員、開運道顧問 
 宗像信子の「家庭問題よろず相談室(秘密厳守)」
 この度、長年の経験を生かして「家庭問題専門の「相談室」を開きました。私は長年、家庭裁判所の家事調停委員を務めてまいりました。
 あらゆる家庭内、親族間での悩みお困りごとの相談に応じます。 もちろん秘密厳守、相談場所は「開運道の築地サロン」です。
  下記の要領でご予約をお受けいたします。

     ーーーーー

 相談日・金、土、日、祭日、第1,3木曜可。
 時間・10時~20時内で相談に応じます。
女性限定・1時間1万円(税別)・完全予約制
問い合わせ&予約
 aloha-nobuko4913@docomo.ne.jp
相談室
開運道サロン:東京都中央区築地2-14-6 キャメル築地1304号
地下鉄日比谷線築地駅2番出口1分
築地本願寺正門の真正面の喫茶店「築地テラス」のあるビル・キャメル築地
喫茶店右横正面玄関で、1304-呼び出し、とプッシュ。
ドアーが開いたらエレベーターで13階奥の本願寺側・「開運道サロン」へ。
お待ちいたしております。
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悩み相談室開設のご挨拶です。

 
宗像 信子

 (開運道芸術部門顧問、咸臨丸子孫の会幹事)

 お悩み相談室開設のご挨拶です。

このコロナ禍で、皆さまいかがお過ごしでいらっしゃいますか。
自粛生活を続けていらっしゃる中、今までとは違ったことで困っていらっしゃることはございませんか?
この度、「家庭問題よろず相談室」を開設いたしました。
 私は長年、家庭裁判所の家事調停委員を務めてまいりました。合わせて開運道顧問、面会支援、民生委員、咸臨丸子孫の会幹事などの経験を活かして、あらゆる悩み相談、家庭内、親族間でのお困りごとの相談に応じて参ります。
例えば、
離婚しようかな?
とりあえず別居しかないかな?
相続問題で兄弟間で揉めている。  
法律的にはどうなのかしら?  
自分で決めるには不安がある。
どうしていいかわからない?
いきなり家庭裁判所に行ってもいいものか?
などなどいろいろ悩んでいらっしゃる方は多いのではないでしょうか!
ぜひお一人で悩まないでご相談にいらしてくださいませ。
もし法律的に難しい問題の場合は女性弁護士さんにご相談しながら対応させて頂きます。
もちろん秘密厳守!
相談場所も「開運道の築地サロン」という便利で安全な場所をご用意いたしております。
 下記の要領でご予約をお受けいたします。

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 元家事調停委員、面会支援員、開運道顧問 
 宗像信子の
「家庭問題よろず相談室(秘密厳守)」
 相談日・金、土、日、祭日、第1,3木曜可。
 時間・10時~20時内で相談に応じます。
女性限定・1時間1万円(税別)・完全予約制
問い合わせ&予約
 aloha-nobuko4913@docomo.ne.jp

開運道サロン:東京都中央区築地2-14-6 キャメル築地1304号
地下鉄日比谷線築地駅2番出口1分
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