古河歴史博物館を訪ねて。

このコーナーは宗像信子講師(左)、安司弘子講師(右)の担当です。

古河歴史博物館を訪ねて。

宗像 信子
(開運道芸術部門顧問、咸臨丸子孫の会幹事)

 前回ご紹介しました茨城県古河市の観光案内の第二弾です。
ここで紹介するのは城下町・古河市内にある「古河歴史博物館です。
この博物館は日本建築学会賞、作品賞「古河歴史博物館とその修景」1992年、公共建築賞「古河歴史博物館」1996年に授賞している景色も素敵な博物館です。
展示室1は「鷹見泉石と洋学」、展示室2は「古河の歴史」、展示室3は「古河の文人たち」と分類されています。
鷹見泉石は古河藩の家老で洋学に関心が高く、彼の集めた資料は国の重要文化財に指定され、定期的に展示替えをして公開されています。
「古河」という地名は『万葉集』の歌に詠まれているほど歴史をもっています。
江戸時代には徳川幕府の城下町として、そして日光道中の宿駅として発展します。また藩主の泉石が仕えた土井利厚・利位は大阪城代、京都所司代、老中を務めるなど幕府政治の中枢にいました。家老の泉石はその藩主とともに活躍し、たくさんの資料を集めたそうです。今日、洋学史研究会の片桐一男先生の講演でたまたま泉石の資料がレジュメで出されました。
出島における貿易の荷物の一覧表です。これはこの古河の歴史博物館にしかない貴重な資料だそうです。こういう資料を集められたのは泉石の力だそうです。
この事からお分かりのようにこの古河の歴史博物館には一級の資料が保存されているのです。
先日行った時には残念ながらこの資料は展示されていませんでした。
次に隣接している文学館に行きました。古河ゆかりの作家とその作品を中心にやはり貴重な資料が展示されていました。
なんといっても筆頭は歴史作家の永井路子です。
近くに彼女が高校生まで過ごした家も公開されていました。
また道を挟んで向かい側に茅葺き屋根の泉石が晩年過ごした家が鷹見泉石記念館として公開されています。
ここも竹林と珍木楓樹や、古河城にあったとされる石灯籠があり、約160年前の雰囲気があって、なかなかな家でした。
(写真左から、安司さん、鷹見さん、私・宗像、松本さん・鷹見家旧宅前にて)
このように歴史博物館、文学館、泉石記念館と固まってあり、お堀もあったりと歴史を感じさせる一角でした。
ぜひ古河は東京からも1時間ちょっとでいかれます。
静かな歴史と文学が漂う町を訪ねて下さいませ。