マリちゃん雲に乗る (2)マリちゃんの家族の紹介-2

マリちゃん雲に乗る

   宗像 善樹

(2)マリちゃんの家族の紹介-2

  パパの名前は宗像善樹、51歳。会社の部長さん。若いころから、猛烈な企業戦士をやってきました。
毎晩、接待でお客さんと銀座や六本木を飲み歩き、帰宅はいつも午前2時、3時でした。マンションの下でタクシーのブレーキの音がすると、わたしだけが玄関でしっぽをふって、「お帰りなさい」をします。ママはとっくに白河夜船です。
パパが、いつも口にしていました。
「戦後日本の経済を復興させるのだ。それが、俺たちの役割だ」
 それは、今から約30年前、パパが中学校を卒業した日に、担任の先生から言われた言葉でした。
「これからは、君たちが日本の復興ために頑張ってくれ」
 担任の先生は、特攻隊帰りの若い先生だったそうです。
 わたしは、激しい競争社会の中で頑張って働いているパパの深夜の帰宅を、毎日、玄関のマットにうずくまって、いつまでも待ち続けました。
 会社がお休みの日、パパとママは夕食のときお酒を飲みます。パパはビール一杯で顔が真っ赤になってしまう。ママはどんなにお酒を飲んでも顔の色が変わりません。
パパとママが外で市村さんのご夫婦たちと一緒にお酒を飲んだとき、パパが座を沸かせようと冗談を言って、「酒を飲むと、私は顔の色が変わりますが、家内は人柄が変わります」といって笑わせたらしい。
家に帰ってきて、ママが猛烈に怒りました。
「失礼ね。あなたとは、もう二度と一緒に外出しないから」
「ごめんなさい。もう二度と云いません」
パパは、赤い顔でひたすら謝っていました。
そのときわたしは、この家で一番偉いのはママだということが、実感としてよく分かりました。
それに、ママの自慢話によると、パパとママは知人の紹介で知り合い、パパがその場で一目惚れをして、その日のうちにプロポーズをしたということです。これも、ママに対するパパの弱みです。
 パパは、お酒を飲むと大きな声でよく歌をうたいます。わたしの知らない昔の歌ばかりです。華ちゃんに聞いても、「ぜんぜん知らないし、聞いたこともない」と言っていました。
 パパは、歌い始める前に必ず、「股旅演歌だ」と叫んで、気合を入れます。
「しみぃーずぅー、みぃなとのぉー、めいいぶぅつぅわぁー」
パパが歌いだすと、華ちゃんは「ど演歌パパ」といって耳をふさぎます。わたしも自分のハウスに逃げ込み、頭から毛布をかぶって寝たふりをします。
ママが一人だけ、知らん顔をしてお酒を飲み続けます。
勘がいい利絵ちゃんは、そういう時は新宿のマンションから帰ってきません。
ある日、パパの外出中に、みんなで顔を寄せ合って相談したことがあります。
「家族迷惑だし、ご近所への恥さらしだから、パパのど演歌はぜったいに止めさせるべきだ」
 でも、わたしには、これが、猛烈社員をやっていたパパの、たまの休日の家庭での息抜きの方法だと分かっていたので、迷惑半分、同情半分の気持ちでいました。ママも、パパの憂さ晴らしをしたい気持ちを理解して、我慢してパパにつき合っていたのだと思います。
ときどき、利絵ちゃんが浦和に帰ってきます。わたしは利絵ちゃんが大好きでした。すらっとした感じの利絵ちゃんはとてもいい香りがするし、とても優しい。わたしが利絵ちゃんの膝の上でおしっこを漏らしたときも、利絵ちゃんはぜんぜん怒りませんでした。だから、利絵ちゃんが帰ってくると、わたしは、利絵ちゃんに一所懸命に愛嬌をふりまきました。
わたしはいつも、寝室のママのベッドの上で寝ていました。でも、利絵ちゃんがいると利絵ちゃんと一緒に寝ました。利絵ちゃんと寝ると楽しい夢をいっぱい見ました。利絵ちゃんも楽しそうに寝ていました。わたしは、寝ている利絵ちゃんの顔をぺろぺろなめるのが大好きでした。だから、わたしは、利絵ちゃんから「ぺろぺろマリちゃん」とあだ名を付けられました。
ママと利絵ちゃんはときどき、些細なことで口げんかをします。
「身だしなみをきちんとしなさい」「「靴下を脱ぎっぱなしにしないこと」「口の利き方がよくない」などなど。
 利絵ちゃんが、うんざりした表情で言い返します。
「うるさいわね。ほっといてよ」
 ママがさらに、がみがみ言い続けると、最後には、利絵ちゃんがキレて大声を出します。
「なによ!放っといて」
 そうなると利絵ちゃんは、いつもはやさしい『仏のお姉ちゃん』から、おそろしい顔つきの『放っとけ姉ちゃん』に大変身します。
そういうとき、わたしは、利絵ちゃんの膝の上から急いで降りて、なにげない風情で、だけど、内心は慌てて、自分のハウスに入って寝たふりをします。
これが、わたしが考え抜いてあみ出した、利絵ちゃんと上手にお付き合いするための生活の知恵でした。
こんなふうに、わたしにも、いろいろと気苦労がありました。