マリちゃん雲に乗る

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宗像 善樹

(2)マリちゃんの家族の紹介-1

わたしの名は、宗像マリ。マルチーズの女の子。平成五年十月十四日生まれ。
生まれて3ヶ月のときに、パパとママの家へきました。
私の鼻の先は生まれつき白くて、普通のマルチーズのように黒くなかったのですが、わたしは、玉にキズと割りきっていました。でも、宗像の家へ来たときに、パパから露骨に言われました。
「鼻の先が白い血統書つきのマルチーズなんて、見たこともない。ペットショップの荒川屋にだまされたのじゃないのか」
すかさず、長女の利絵ちゃんがパパに言い返してくれました。
「外形で判断するなんて、おかしいわよ。マリちゃんは、まだ、赤ちゃんなのよ。これから、どう変わるかわからないのよ。生まれてきたわが子の悪口を云う父親なんて、聞いたことがないわ。『かわいい』『かわいい』と頬ずりするのが、父親というものよ」
いつもパパから叱られている華ちゃんも、このときとばかりに、口を出しました。
「そうだよ、お姉ちゃんの云うとおりだよ。マリちゃんは、生まれたばかりだよ。マリちゃんのことを、とやかく云うのはおかしいよ。大人のパパにだって、問題はたくさんあるんだから」
最後に、ママが、やんわりとパパに止めを刺しました。
「マリちゃんは、ご縁があって、わが家の家族になったのよ。マリちゃんの実家のことを悪く云うものではないわ」
家族は、パパとママ、利絵ちゃんと華ちゃん、わたしを入れて五人。パパ以外はみんな女の人。利絵ちゃんは東京の私立の大学三年生、華ちゃんも東京の私立の中学二年生。
利絵ちゃんは、通学距離の関係で、ママの実家だった新宿のマンションに、一人で住んでいます。
ときどきママが、わたしを連れて、利絵ちゃんの生活の様子や部屋の整理の状態を見にいきます。でも、利絵ちゃんは大学生生活を謳歌していて、ママと約束した時間までにマンションに帰ってきません。待ちぼうけを食わされたママが怒ると、利絵ちゃんは、のらりくらりと言い訳をします。
「急に友だちと会うことになった」「大学のサークル活動があった」「英会話の勉強に誘われた」「私にも、予定の優先順位がある」などなど。
ママが、怒り心頭になって言いました。
「本当にあなたは、あれこれ言い訳ばかりするのだから」
利絵ちゃんが、平然とした顔でママに言い返しました。
「ママ、なにを云っているの。時間と言い訳は作るものよ」
「……」
こう言われたママは、口をポカンと開け、唖然とした表情で、利絵ちゃんの顔をまじまじと見つめました。
わたしは、鳩が豆鉄砲を食ったような、あのときのママの顔が今でも目の前に懐かしく浮かんできます。

華ちゃんのお部屋には、お天道さまの光がよく入ってきました。
だけど、華ちゃんの部屋にはいろいろなものが床にころがっていて、温かな恵みをくださるお天道さまに申し訳ない気がしていました。
いつもパパが、「ゴミを捨てて、部屋を片付けなさい」と、華ちゃんを叱りますが、華ちゃんは「親からみればただのゴミでも、子供からみれば大切な宝物だ」と言っていました。
わたしも、華ちゃんの部屋にころがっているものは、みんな宝物だと思いました。華ちゃんの宝物をかじって遊ぶのが、わたしの一番の楽しみでした。でも、華ちゃんはぜんぜん怒りません。だからわたしは、華ちゃんの部屋にいるのが大好きでした。
華ちゃんの学校がお休みのときは、いつも華ちゃんの部屋の中で二人で一緒に、ウダウダしていました。ママが、そんなわたしたちを見て、「ぐーたら部屋のふたり」と言ってよく笑いました。でもママやパパには、華ちゃんの部屋の居心地のよさが分からないのだと思いました。
華ちゃんがいつまでも部屋を整理しないと、パパが癇癪をおこして、床にころがっているものをゴミ袋に入れて代わりに整理してしまいます。華ちゃんは、だいじな宝物がなくなったのに、ぜんぜん気がつかないみたいでした。
だけど、わたしにはすぐに分かりました。華ちゃんがお友だちの順ちゃんから貰って大切にしていたミッキーの封筒や便せんが整理されたのに、そのことに気がつかないで、のんびりとマンガを読んでいたことがありました。
わたしは、「あれは華ちゃんの宝物ではなかったのかな」と首をひねったことがあります。