有終の美の難しさ


有終の美の難しさ

 横綱稀勢の里が大相撲初場所2日目の14日(月)、平幕逸ノ城の叩きこみに敗れて連敗し、ついに先場所からの通算で横綱ワーストタイの7連敗、もうこれ以上の醜態を見るのは辛すぎます。勝負の世界に同情は禁物とはしりながらも、この落日が日馬富士の半ば計画的な衝突打撃による怪我から始まっただけに残念でなりません。当人の無念さ悔しさは想像以上のはずです。
例えその怪我は完治したとしても勝負カンも実力も戻らないからこその連敗ですからもう引退以外に道はありません。
勝者もいつかは滅びます。その有終の美を飾れるかどうかで人生の勝者と敗者は大きく変わります。
今からどの時点で引退しても稀勢の里には悲劇の横綱という負のレッテルが貼られ、それは永久に消えません。
力士としては最高位の横綱まで昇り詰めたのですから大成功なのに、その成功には誰も目を向けません。
これは、どの世界でも同じで、頂点に立ったものは、失速して凋落する前に、手際よく引退出来ればいいのですが勝負の世界は勝ち逃げが許されません。ボクシングを例にとれば理解しやすいと思いますが、全盛期には無敵でKO勝利を重ねて世界チャンピオンになったとしても、ほんの少し力が落ちただけで上り調子の挑戦者に容赦なく叩きのめされて引退してゆくのです。
人の幸不幸も同じこと、今日の幸せも永遠には続きません。今を精一杯に生きる。これ以外に何もありません。
マラソンランナーは途中でいくら苦しい表情で走っていても、全力走行でゴールに駆け込むラストランではどの選手も個性丸出しのいい表情を見せています。
稀勢の里も心機一転、一つでも白星を挙げたら即引退、これで周囲も納得で敗者の汚名は帳消しになります。
と、他人事のように言いつつもそろそろ自分も終活期、有終の美を飾るにはもうひと頑張り、この欲が命取りかも知れません。