戊辰の戦場跡・母成(ぼなり)峠


 
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私は今、福島県白河市野のホテルで深夜この文を書いていますが、やがて夜が明けます。
 戊辰戦争・白河口の戦いでの東西両軍戦没者慰霊の碑の除幕式に来ていて、各地からの史学家と飲食したところです。
 歴史好き人間にはマニアックな人もいて、語り始めると夜を徹して語り合い、なかなか面白いものです。
 墓地マニア・・・武士、公家、文化人をはじめ古歴史上の人物の墓めぐり、そこから歴史を学びます。
 城郭マニア・・・これには古城専門、山城専門、縄張り(設計)専門の方もいます。
 英雄マニア・・・時代のヒーローのみに興味を持つ有名人好みの専門家です。
 脇役マニア・・・家老とか優れた参謀とか、とにかく主役を避けて人物研究に打ち込むマニアです。
 悲劇人マニア・・・獄殺、暗殺、自害など、著名人の悲劇を研究する専門家です。
 武器マニア・・・多分佐多う五句薩五句薩暗殺された人物とかにっ詩論歩芽切来n物です
多分、このようなジャンルで分類すると50や60にはなると思います。
 私は何でも首を突っ込みますので専門家にも研究家にもなり得ません。
 この日の私は戦場跡マニア、朝、小雨降る会津の戊辰戦争戦場跡をあちこち立ち寄ってきました。
 江戸城無血開城の後、旧幕府軍は今私がいる白河口の戦いで敗れ、二本松城も陥落、いよいよ決戦の場が会津になりました。
 新政府軍は江戸の大総督府参謀・大村益次郎の仙台藩などを潰して外堀を埋める案を蹴った参謀・板垣退助らの案の直接会津を責める案
を採用、怒涛の勢いで二本松から会津盆地に入る北の要所・母成峠に殺到します。
 兵力は板垣らが率いる主力部隊1,300、谷干城率いる土佐軍など総勢2,200。対する旧幕府軍は、大鳥圭介率いる伝習隊伝習隊

400、仙台藩100、二本松藩100、土方歳三率いる新選組若干名の約800名。ここでの数日の激戦も新政府軍が制し、若松城攻略
へと向かうのです。その悲劇はいずれまた・・・