4、詐欺の手口

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 4、詐欺の手口

荒巻刑事が補足した。
「オレオレ詐欺は昔からある古い手ですが、本格的には二〇〇三年二月に都内で発生した事件から広まったものです。そのオレオレ詐欺という言葉自体も、警視庁では五年前から使わんことにしました」
「それにしても、全国で毎日騙されているなんて変ですな?」
「そう言う中上さんも、あと十年もすると、彼らに狙われる年齢になりますから気をつけてください」
「わしの心配なら余計なお世話だ」
西山隆夫が頷いた。
「先輩なら、騙されるより騙すほうの胴元が適任だと思いますよ」
「何を言うか! しかし、それもありかな?」
二人を無視して加賀刑事が続けた。
「最近では架空口座を用いた手の込んだ手口が増えて、以前までのとはスケールが違います。以前の詐欺事件の主役連中は殆ど我々が検挙しましたが、被害は同じ。なにしろ口先三寸、元手無しで出来る仕事ですから、次々に類似した手口での詐欺は増え続けています」
「そんなに振込み詐欺は増えてるんですか?」
「西山さんのその言い方は適切ではありません。確かに以前はそう呼ばれていましたが、振り込み詐欺だと何となく自分が納得して振り込んでいる意味になるため、警察庁では被害者意識を喚起させるため”振り込め詐欺”という名称に変えたんですが、名前だけ変えたところで被害は増えるばかりですから意味はないんですがね」
「おれの叔母もやられています」
「ほう? 大橋さんの叔母さんが?」
「有り金全部で十万円、しかも犯人が子供の名前を間違えてるのに、叔母は気付かなかったそうだから呆れます」
「そうですか? 血は争えませんな」
加賀刑事が続けた。
「なにしろ、電話、葉書などを駆使して相手をだまして多額の金銭を振り込ませる犯罪行為が”振り込め詐欺”ですからな」
「ほかの呼び名は?」
「県警によっては”なりすまし詐欺”の他に公募で寄せられた”母さん助けて詐欺””ニセ電話詐欺””親心利用詐欺”などを併用する場合もあります」
「被害額は?」
「一人の被害額の最高は岩手県の老人で四億二千万円、一千万円単位だと数え切れんですよ」
「年間の被害額は?」
「昨年は三百億円台だが、年間三割増ですからあと一~二年で年間五百億円の大台を軽く超すでしょうな」
「なんで、そんなに増えるんです?」
「逮捕されたグループで、いもづる式に三十人を超すのが何組もあって、一組織で三十億円を稼いだ連中もいるんです」
「すごいなあ!」
「最近のは劇場型だから数人が入れ換わって子や孫を含めて役柄ごとに分担、台本に沿って芝居をするのが主流で、実際に夕刊専門誌などで”俳優募集”の広告で演技者を集めた犯罪グループもありますからな」
「なるほど、それで芝居を教える?」
「台本は巧妙に出来ていて、債務者役や債権者役などの演技者が次々に電話口で、早く返済しないと酷い目にあわされる、などと泣き喚いたり、ドスの効いた声で、孫を殺すぞ!、と脅したり、交通事故や痴漢行為や傷害事件の示談金、横領の弁償金、借金の返済など多種多様、相手に応じて加害者役から警察官や弁護士、あるいは会社の上司や同僚、親類家族などまで演じています」
西山部長が全国民を代表するような質問を荒巻刑事に投げかけた。
「それにしても、なんでこんな単純な詐欺に引っかかる高齢者が跡を絶たないんですかね?」
「誰しも首を傾げるところだが、これからも被害は減らんでしょうな」
「なぜ?」
「騙す悪党のほうが、騙される側より頭がいいからです」
「そんな・・・」
「今は劇場型詐欺団が主流で、めまぐるしく役者を換えて電話しまくり、高齢者をパニック状態にして騙すんですよ」
小太郎が感心した。
「なるほど凄い説得力だ、刑事さんも経験あるんですか?」
「何を言うか! わしはやらん」
「冗談ですよ、冗談・・・」
「最近の手口は税金の還付ってやつ。税金の払い過ぎだから一千万円近く還付すると言われりゃ西山さんだって信じるでしょうな?」
「信じませんよ、そんなの」
「国税局から電話だとしてもですか?」
「うーん、中央には弱いですからな。でも、そんなに税金を払ってませんよ?」
「そこが口先三寸の連中ですからな。実際に払い過ぎたような錯覚にさせるんです」
「どうやって?」
「役所に30年も勤務したら、案外、払いすぎているかも知れませんよ」
「そうですな。定年まで働いて・・・」
「西山さんが七十歳を超えたとして、若い時からの蓄積で払い過ぎが一千三百万円、すでに新たな銀行口座に振り込んであるとします」
「架空の話ですね?」
「それが現実になって被害に遇うのです」
「まさか?」
「宜しければ、銀行でご自分の口座に移し替えてください。国庫に寄付する選択肢もありますが一千三百万円・・・どうします?」
「国庫に寄付なんかしませんよ。すぐ自分の口座に移し替えます」
「でしょうな。そこで・・・」
「どうします?」
「こちらの通帳は国が作ったものですぐ解約はできません。そちらの通帳を解約して現金を用意してください」
「現金を?」
「こちらの通帳に一括記入して、それを西山さんにお渡しします」
「なるほど、それで千三百万円が頂けるんですね?」
「いえ、差し上げるのじゃなく西山さんにお返しするのです。しかも・・・」
「何ですか?」
「こちらの通帳はニホン銀行発行ですから金利がべらぼうにいいのです」
「まさか?」
「本当ですよ。日本国と綾部市との規模を考えてみてください」
「なるほど、金利がいいのはその差ですね?」
「こちらの残高は一千三百万円ですが、そちらの口座にはいくら入っていますか? と聞いいてきます」
「そしたら、なんで、そんな手数のかかることを? と聞き返します」
「帳面を移すのは、これから先、まだ還付金が増える場合、手間の掛からない方法を選びたいからです」
「なるほど、それでは、こちらは五千万円ぐらいならいつでもあります、仮にですよ」
「五千万? いや、西山さんなら可能ですな」
「頑張ります」
「ニホン銀行京都支店から預かり書持参でお伺いしますので、そちらで下した金額をそっくりお預かりしこちらの一千三百万円入り通帳にプラスして、すぐ西山さん名義の通帳をお渡しします。ともあれ、すぐ銀行に行って全額下ろしてください。通帳が新しくなると古い通帳は使えなくなりますので、今までの預金は必ず全額下ろしてください。では二時間後にニホン銀行京都支店五十嵐課長がお伺いします」
「ニホン銀行京都支社なんてあるんですか?」
「地下鉄東西線・京都市役所前から歩いて五分、河原町通りにありますよ」
「そうですか?」
「一分もおかないうちにニホン銀行の五十嵐課長から電話が行きます」
「手が込んでますね?」
「数人がかりで芝居を打てば、大概の高齢者は引っかかるんですな。これで預金を全部失うことになるのです」
小太郎は荒巻刑事の説明に「フーン」と感心したが、所詮は自分とは関係ない大金の移動問題なのだ。
荒巻刑事が今度は矛先を小太郎を見た。
「さ、貧しい大橋さんならどうするかね?」
「貧しいは余計なお世話だが、私は税金なんか払ってないから対象外ですよ」
「ところが、飲み屋の酒でいっぱい税金を払ってるはずです。それが戻ってくるんですよ」
「本当にくれるなら、すぐ有り金下ろして、新しい通帳に載せる手続きはしますよ」
「有り金を? いくらぐらい有るかね?」
「多分、一万五千円ぐらいは・・・」
西山が笑った。
「大橋君は、間違っても詐欺グループから相手にされんな」
荒巻刑事がお茶を一口飲んで座り直し、態度を改めて一同を見まわした。
「実は、その対象外のはずの大橋さんも詐欺グループに狙われているのです」
驚いた小太郎が少し口を開いたまま、荒巻刑事を見つめた。