4、天と地ほどの差

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4、天と地ほどの差

案の定、司会の土屋えつ子が言葉を加えた。
「特賞も一等も、景品は一名様だけでした」
「さっき、特賞は二名と聞いてますよ」
若い娘の突込みにもたじろがず、土屋えつ子が平然とうそぶく。
「さっきはさっき今は今、状況は刻々と変わります」
「じゃ、さっきのは嘘だったのですか?」
「いいえ。今の現実が本当の姿なのです」
「じゃ。どうすればいいんですか?」
「お二人でジャンケンをして、どちらが特賞か一等かを決めて頂きます」
誰かが叫んだ。
「一等の景品は?」
「自転車です」
「国産のママチャリか?」
「いえ、一応は外国製です」
「どこの国のだね?」
「そこまでは知りません」
「知らないじゃない、言いたくないんだろ?」
言いたくないとすれば、間違いなく中国製に決まっている。
イタリア製なら安くても十万円、中国製なら高くても一万円、天と地ほどの差がある。
「では、ビンゴのお二人さん。舞台にお上りください! ジャンケンをして頂きます」
知り合いらしい若い女性と初老男が思わず渋い表情で顔を見合わせた。お互いにジャンケンはしたくないらしい。
その一瞬の隙を狙って、先ほどジャンケンで決勝に残った二人の若者が先に舞台に駆け上がった。
「ジャンケンなら、おれ達にも権利はあるだろ? ここまで勝ち抜いたんだから」
ここで司会者が若者の乱入を強く静止できれば問題なかったのだが、遅刻した司会者には事態が呑み込めていない。
おおかたの群衆はジャンケンで負けて、ビンゴでも豪華景品は望めないから、ヤケの大拍手と歓声と怒号で会場は盛り上がる。
「ジャンケン野郎、引っ込め! おれは今4面リーチで3位狙いだぞ!」
ビンゴで勝ち上がれそうな気分の若い男が、大声でジャンケン組二人をどやしつけた。
ジャンケン男の一人が、カードを示して反撃する。
「おれだって3面待ちだ。どっちにしたって次はビンゴだがジャンケンが先だ」
後から上がってきたビンゴ組の初老の男と若い娘が、ジャンケン組を非難して口論になる。
血気盛んなジャンケン組が、初老男に殴りかかった。
無責任な観客が、「殴るならグー、叩くならパー」と叫んで騒ぎを煽っている。
「ジャンケンなんかやめろ!」
「みっともないぞ。ビンゴ大会なんだからビンゴを続けろ!」
良識ある綾部市民が正論を叫びつつグー握りで、ジャンケンを応援する前の男の頭を殴ったから観客同士もケンカになる。
舞台では、ビンゴの初老男が若者二人を相手に善戦したが体力で劣るから徐々に殴られ損の様相を呈している。
止めに入った司会の土屋えつ子が舞台から突き落とされ、仲裁者がいない。
こうなれば仕方がない。よそ者の出る幕ではないが小太郎が舞台に飛び上って争いを止めに入った。
その瞬間を待っていたかのように、ビンゴ組の若い娘が乱闘の中に割り込んで初老男を救い、素早く舞台を降りた。
その直後、スローモーションで前かがみに倒れた二人のジャンケン男が苦悶の表情を浮かべ、下腹部を抑えてののたうち回っている。観客からは、初老男ともみ合っている若い二人に小太郎が激突し、そこに止めに入った小娘がはじき出されたようにも見えている。
だが動体視力のいい小太郎の目は、ジーンズ姿の娘が繰り出したスニーカーの靴先が男達の股間を蹴ったのを見届けていた。
「大橋さん、暴力はいけません!」
一度、舞台から落とされた司会の土屋えつ子が再び舞台に上がって苦悶する二人を眺め、小太郎の胸を突いた。
なぜ、小太郎の名を知っているのか?
「しかも、あなたは主催者側の商工会議所の方でしょ?」
そこで、ようやく打ち合せの場で一緒だったことを思い出した。
「なにも、暴力なんか」
「この現実を、なんと申し開きできますか?」
「何が何だか私には・・・」
「取材なら、優勝者の写真撮りを終えたらさっさと消えてください」
「言われなくてもそうしますよ」
頬を腫らした初老男が舞台に上がって、申し訳なさそうに頭を下げた。
「こんな騒ぎになって済みません。特賞はあの娘さんに。私は一等で結構です」
倒れていた二人が立ち上がって抗議を言いそうだったが、小太郎を見て恐怖の表情で舞台から逃げ、姿を消した。
倒された本人らも過剰攻撃の暴力犯が、か弱く見えるこの娘の仕業とは気づいていない。
「分かりました。一等は自転車ですよ」
「私は自転車が欲しかったのです」
この潔さに万雷の拍手が沸いた。
テレビで取り上げるほどではないが、これも綾部美談の一つになると小太郎は思った。