3、ビンゴ大会

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3、ビンゴ大会

スタンプラリーを終えた人々がビンゴカードを手に続々とアーケード下に集まり、場所取りで争っている子供もいる。
小太郎もビンゴカードを入手して「取材だから」と強引に割り込み、最前列に陣取ってクジ運の僥倖に賭けてみることにした。
雨が止まず大気が冷え込んできて、肌寒さが増している。
ビンゴの舞台をアーケード内に移動したりして開催時間が少し遅れていて、群衆が苛立ち始めていた。
その不穏な空気を察した中上専務理事はさすがだ、すかさず舞台に上がって時間つぶしを図った。
「もう少しで、本日の司会のFMいかる綾部の美人キャスターが現れますので少々お待ちください」
「少々ってあと何分何秒だね?」
「秒まではわかりませんよ」
「分なら分かるのか?」
「一分以上六十分未満に間違いありません」
「いい加減なこというな! 美人って言ったが誰が来るんだ?」
「誰って、名前までは知らんが、FMいかるの女子アナには間違いありません」
「いま7人ほどいるはずだが、美人ばかりじゃないぞ」
「なにを言うか! FMいかると商工会議所の入社資格はな。男はどうでも女性は絶対に美人・・・」
ふと気がついて慌てて訂正する。
「FMは知らんが、商工会議所は気立てのいい綺麗な娘に決まってるんだ」
「男は?」
「こき使っても文句を言わなければ誰でもいい」
「それよりビンゴはどうなった?」
「だから、もうすぐ司会が・・・」
「今回はジャンケン大会に変更しようぜ!」
「とんでもない!」
「そうだ、そうだ、ジャンケンに変更だぞ。なあ、みんな!」
「それがいい。景品は何人まであるんだ?」
「豪華景品を含めて八十名さま分まで用意しました」
「豪華って何だ? 掃除機なんかないだろうな?」
「あります。何等かわすれましたが」
「隣の市の商店街では、景品の掃除機がただのホウキだったそうだぞ」
「綾部はそんな姑息な手は使いません。参加賞のテッシュだって箱入りですぞ」
「威張るほどのものか・・・特賞は?」
中上専務理事が威儀を正して、拳を口に当てがい「ゴホン」と無理に咳をしてからおもむろに告げた。
「特賞景品は、七十型3D対応高級液晶テレビです。家庭が映画館に変わりますぞ」
「オウー」という歓声の後に盛大な拍手と歓声が起こった。
最新の3D対応が本当なら約六十~八十万円、とんでもない金額の景品だから感嘆のどよめきが波のように広がる。
これが、多少の欠陥商品として寄贈されたことまでは公表する義務はない。
「いいぞ。さすがに商工会議所専務理事!」
「いい男。豪華テレビが気に入った!」
こんな賛辞を受けたのは生れて初めてだから、思わず指を二本立ててVサイン、これが悪かった。
「うわー、二台もかー」
「今年は思い切った大判振る舞い、来年も頼むぞー」
「何でもいいや。こうなったらジャンケンでテレビ狙いだ」
「最初からチョキなんか出して、最初はグーだぞ」
そのとき、誰かが大きな声で叫んだ。
「最初はグー!」
とたんに大衆の手がグーになって宙に突き出されたので、中上専務理事も思わずグーを出す。
こうなると、群集心理に歯止めはかからない。口々に叫ぶグーチョキパーのかけ声が雨空に響き始めた。
やがて群衆側の手が10本ほどになって舞台に歩み寄り、ついに2本、二人の若者が残った。
そんなところに、寒さを吹き飛ばすような元気さで舞台に上がった女性がいる。
中上専務理事は、救われたような表情で女性とハイタッチしてさっさとITビル内に去った。
「みなさーん、元気ですかー」
「寒くて元気ないよー」
「少々元気だよー」
「えっちゃん、待ってたぞー」
「お待たせしました。FMいかる@あやべの土屋えつ子、いつもはトワイライト担当です」
「ノリピーは?」
「坂井紀子はメイン会場ブースで三時まで生放送、明日香は三番街、加奈子はスタンプラリー会場でーす」
女性からも声がとんだ。
「孝也さんは?」
「久木さんは・・・いい加減にしてください。それより元気出して!」
そこに、ようやくビンゴの玉転がし機が舞台に持ち込まれ、スタッフが声を掛けた。
「お待たせしました。いつでもビンゴ大会が出来ます」
若者二人が顔色を変えた。
「冗談じゃない、せっかく二人で特賞のテレビを1台づつ山分けなのに!」
「あら、ここはビンゴ大会の会場ですよ。それに豪華テレビは1台ですよ」
「商工会議所の偉い人が二台って言ってたぞ」
「そうでしたか? じゃ、二台です」
「早くしろ―!」
負け組の大歓声と拍手の嵐に翻弄され、ジャンケンで勝ち残った二人の若者の怒りの抗議は空しくかき消された。
土屋えつ子はさっさとビンゴ大会の司会者の顔になっている。
「お待たせしました。これからビンゴ大会を開きます。まず最初は、真ん中のサービスナンバーを折ってください」
ジャンケン組を無視した司会者の指示で、小太郎もまず真ん中を折って臨戦態勢を整えた。
「では、スタートします!」
ガラガラポンが始まって、最初の数字が読み上げられた。
「二十八でーす」
ワーっという歓声だが、成功は少数で失敗が大多数だから騒音の語尾が下がる。
小太郎の脳裏にも「今日もダメか」の予感が先走ってため息が出る。
しかしまだ初戦、勝負はこれからだ。
「二回目は、八で-す」
また同じような歓声で小太郎のカードもボチボチ穴が空き始めた。
この連続が五,六回つづいたところで「リーチ」の手が数人から上がった。
「早くもリーチが四人も出ました」
なにしろ豪華景品を含めて八十人の当選者が出るとの触れ込みだから熱が入る。
小太郎でさえ、八十位までには入るだろうと楽観的に考えたぐらいだから誰もが景品を狙っている。
「では七回目、今回の数字は十六でーす!」
「ビンゴ!」
最初に手が上がったのは若い女性と初老の男の二人、顔見知りらしく笑顔で握手を交わしている。
「やったあ。特賞は、あたし達だけなのね?」
「おめでとうございます。特賞はこのお二人に・・・」
拍手と歓声の騒音の中で、スタッフの若者があわてて土屋えつ子に駆け寄って舞台の袖からなにやら伝えている。
人差し指一本だけを立ててメモを渡したが、その表情からは目出度い雰囲気は感じられない。