2、綾部の里のランチ会

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2、綾部の里のランチ会

商工会議所があるITビル前の商店街をはじめ、綾部の町は歳末大売り出しとクリスマスの飾りと音で昼も夜も華やかで騒がしい。その市街地の中心を少し離れると、ところどころに雪が残った冬枯れの田園風景が寒々と広がっていて、これもまた過疎地らしく情緒があって悪くはない。助手席でナビ役を務める西山部長がふと不安になったらしい。
「わしを呼んだのは人数合わせか?」
「違いますよ。れっきとした指名でのご招待です。会費はとられますけどね」
「誰の指名だ?」
「苗字は忘れましたが、栄子さんという主婦らしいオバさんです」
「若いのか?」
「若くはありませんが、いわゆる熟年です。ほら、B級グルメ会場で一緒だった・・・」
「そういえば、わしより少し若いぐらいの四十代のオバさん連中が四人ぐらいいたな?」~「その中で一番小柄な人だと思いますよ。そういえば・・・」
「なんだ?」
「初対面のとき、子供が欲しいって言ってたような気がするな?」
「おまえのか?」
「とんでもない。種馬なら誰でも良いようでした」
「わしは遠慮するぞ。かあちゃんがうるさいからな」
「それで部長を呼んだわけじゃないですよ」
「やっぱり、単なる人数合わせじゃないか?」
「そうかな?」
小太郎は、自分もまた単なる月一で行われている定例ランチ会の人数合わせで呼ばれたに過ぎないことにまだ気づいていない。
蔵林ミツエらは、月にニ回、親しい仲間で昼食会を開いていて、これが今年のラスト昼食会だったのだ。
クリスマスイブの夜の主婦は忙しい。
家族揃っての聖夜の祈りとケーキを囲んでの楽しいディナーパーティ、家庭の主婦としては料理の腕の振るいどころなのだ。その前のひととき、昼間は友達仲間で大いに食べて飲んで喋って騒いでストレスを発散、エネルギーを蓄えて夜に臨むのだ。だが、いま流行りの女子会だけではつまらない。そこで蔵林ミツエママの提案が全員二つ返事の賛成多数で通って、合コン形式のランチ会になったのが真相だった。
その会場に小太郎の運転する四駆が、栄えある昼食会場に選ばれた”カフェ・DECO”に到着した。
”カフェ・DECO”は、JR綾部駅からだと車で北東へ走って約十五分、府道四八五号線沿いにあり、その地名は七百石町だという。多分、この辺りの石高が七百石だったのだろう。
六台可能の駐車スペースには、すでに三台の車が停まっていて、その内の一台はナンバーからみてレンタカーらしい。
店は、なかなか洒落た古民家風の喫茶店で、ミツエママの好みが古風なのか、先日の”そば四百年家”といい彼女が幹事だと大抵はこのような場所が会場になるらしい。入口には華やかにクリスマス用のモミの木にイルミネーションや装飾品が適度に飾られ、花鉢にはカトレアの花が華やかな雰囲気を醸し出している。人間味のある手書きの看板に親しみを感じた小太郎は店の外観を見ただけで、この店が気に入っていた。
西山部長と店に入ると、すでに全員が揃っていて二人を拍手で出迎えた。
ただ、思わぬ客が二人もいて小太郎を驚かせた。なんと、グンゼ記念館を案内しいてくれた観光ボランティアで菓子屋の店主だという勝川浩一部長代理と、ここのところ、よく出会う下山一蔵という男、この二人が常連の顔で図々しく座っていて、笑顔で二人を迎えている。
まず西山部長が、勝川を見て驚いた。
「なんだ勝川さん! なんでここにいる?」
ミツエママが代弁した。
「勝川先生は、わたし達のケーキづくり教室の先生で、十年来のお仲間です」
下山は先手必勝とばかりに小太郎に握手を求めて挨拶をした。
「大橋さん。また会いましたな」
この男は、表面上は穏やかだが目が深く沈んでいる感じで油断がならない、小太郎は本能的にそれを感じていた。
そば四百年家での食事が初対面なのに、下山一蔵はすでに金井喜美代の彼という立ち場でミツエ達の仲間に溶け込んでいて違和感がない。しかも、職業は私立探偵と謎めいた魅力を漂わせていて存在感を示している。世の中には要領のいい男もいるものだ。
先に到着していた六人は、すでにビールで乾杯をして飲み始めたらしくワインの瓶も二本ほど横倒しになっていて、六人全員の顔の艶と血色の良さが感じ取れる。この瞬間、運転のため飲めるのに飲めない小太郎は、同じ会費で飲めないのなら「食べるしかない」と覚悟を決めていた。
この日のメンバーは、ミラクル美容室のママ・蔵林ミツエ、 種馬主婦の唐沢栄子、大人しそうで気が強い主婦の安東芳江、バツイチ独身で長身美人の金井喜美代と下山一蔵、勝川浩一、西山隆夫と小太郎の八人で定席二十の店を借り切って、贅沢な昼食会になって賑わった。
「いつもは、スープ、サラダ、パン、オーナー手作りの焼き菓子に美味しいコーヒーのランチだけど、今日は違うわ!」
ミツエママと店主夫人が旧知の仲ということから、店主が腕に撚りをかけたクリスマス用特別料理が次々に卓上を賑わした。
「今日だけのメニューですから絶対に口外しないでくださいよ」
亭主が念を押しただけあって料理は申し分ない。運転でアルコール抜きで不満だった小太郎も、今日は大食いの賭けがないだけに、料理の味をゆっくりと楽しむことが出来た。
一度じんわり焼いてから蒸したというローストビーフ、タレに漬け込んだもも肉ソテー、スパニッシュオムレツ、モッツァレラチーズとトマトのオーブン焼き、ブイヨンとアボカドだけ味のスープ、サーモンの刺身、綾部の里で採れたきのこ料理にたっぷりサラダ、焼き立てのパンなど盛り沢山で食べたものさえ覚えきれない。極め付きは、クリスマス風アレンジの手作りチョコレートケーキ。それにカラフルな蝋燭を立てて”ジングルベル”を音痴交じりで歌ってコーヒータイムに入った。
「キリマンジャロで少し苦めですが、このケーキにはピッタリです」
店主に断言されると、そのように思えてくる。いや、確かにその通りだった。ケーキを八等分して食べ始めると勝川が唸った。
「うーん、このケーキには負けたな」
ミツエママが軽く頷き、安藤芳江が「そうね」と呟きながらも口を休めずケーキを食べ続けた。
下山が、コーヒーを一口飲んで「うまい!」と言い、器を眺めて呟いた。
「このコーヒーカップ、なんだか上品で味わいが違いますね? ここはケーキも旨いし」
金井喜美代が嬉しそうに応じた。
「私立探偵さんて何でも分かるのね。ここのカップはどれもこれも名のある作家の作品なのよ。それと、この店は古くから和菓子屋だったのを買い取って喫茶店にしたから、本来がケーキづくりにも適した造りになってるらしいのね」
そう言われれば、無粋で味音痴の小太郎でも、香り立つ珈琲の味が、容器によって美味しさが増しているようにも思えて来た。
下山が突然、何を思い出したか「綾部はいいですね」と言ってから全員の顔を見回した。
「皆さん全員が健康で健全で・・・」
何を言い出すのか? 金井喜美代が心配そうに下山一蔵の顔を覗きこんだ。