2、株という同族集団

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2、株という同族集団

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運転中の小太郎が、また一つ疑問を呈した。
「それまで敗訴続きだったのが、なぜ、勝てたんだろう?」
「明日の朝、祭りで知ってる人に会えるから聞いてみな?」
「真相を知ってる人がいるの?」
「歴史家で元教師の川端先生、名主の家柄で郷土史家の四方さん、この二人に聞けばすぐ分かるさ」
「会えるかな?」
「多分・・・」
中上林の信号のある十倉交差点が目前に迫っている。
「あ、そこの信号! ワタナベって看板の手前を右折だ!」
「あの看板、飲み屋かな?」
「鍋料理の旨い和風料理屋でな、ママさんが美人なんだ。おっと、これはオフレコだ」
「そんなの西山部長の個人的な主観だから、誰も相手にしないよ」
ともあれ、府道から外れて家一軒ない暗い道をひたすら走ると、カーナビが優しく告げた。
「目的地周辺に着きました」
ようやく目的の村落に着いたらしいが、周囲は闇に包まれて目的の家が分からない。
「浦入さんって、部長の親戚だろ?」
「そうだけど、夜中なんてあまり来てないからな」
西山が携帯を取り出して浦入家に電話を入れた。
「外に出て、懐中電灯を振り回してください」
しばらくして道脇の家の屋根越しの闇に光が動き、目ざす家の方角が分かった。
懐中電灯の光を頼りに車を進めると、闇の中に目ざす家の白塀や家屋の輪郭が見えて来た。
浦入家は綾部市武吉町浦入にあり、地名と姓が同じで夜目に映る家構えからも由緒ある家柄と分かる。
「昔はな、村でも格上の家だけが茅葺屋根の補強にオンドリという茅の束を乗せることが許されたもんだ」
「今は瓦屋根だね?」
「今でも、白壁や鬼瓦の造りで家格の差を出してるから、村方三役の家は誰にでも分かるんだ」
「村方三役って?」
「村内の村役人のことでな。庄屋、年寄、組頭のことでな、株内夫々の頭が三役に入ってるんだ」
「株内って?」
「この丹波地方独特の表現でな、村内の本家や分家の同族集団を株(かぶ)とか株内(かぶち)と呼んでるんだ」
「なるほど、同族集団のことだな? 関東じゃ、マキと呼んでたところもあるよ」
「共同祭祀や日常生活のすべてに株内が密接な運命共同体として絡んでいて、この綾部地方では冠婚葬祭、農作業や村内行事など何でも絡む相互扶助的な組織になっててな、本家や分家の血縁だけじゃなくて、奉公人や従属する小作農などをも含んでる同族集団だから、山や田畑を共有することもあるし、共通の荒神さんの祠や墓をもとばあいもあり、定期的に会食や寄り合いをしたり、田植えの時には本家の株親の田に集まって田植えをやる風習もあったそうだ」
「昔だったら、それが領主の命令一家で戦闘集団に取り入れられていくんだな?」
「その逆に、領主に逆らって農民一揆を起こすときなどの結束の強さにもなる」
「なるほど運命共同体か、何ごとも一蓮托生ってことだね?」
「昔はな。今じゃそれほどでまないさ・・・あれ? 迎えに出てるのは源六オジだ」
門前に着くと、見たところ高齢だが屈強そうなこの家の主人・浦入源六が懐中電灯片手に二人を迎えた。
誘導されて庭の一隅に停めた車から降りた二人が、すぐ頭を下げた。
「ご無沙汰しました。寒いのに迎えに出て頂いて済みません」
「二人共、よう来なさった」
小太郎も、すかさず挨拶をした。
「大橋小太郎と申します」
「浦入源六です。隆夫君が東京で世話になったそうですな?」
「こちらこそ世話になってます」
「それに、お若いのが綾部の救世主として現われたと評判ですぞ」
「とんでもない。もうすぐメッキが剥がれて逃げ出しますよ」
「なるほど、噂どおりに謙虚な若者でおおいに結構、気に入りました」
「こんな夜分遅くにお邪魔して失礼します」
西山が小太郎に言った。
「ここの裏庭の古木は歴史ものだぞ。ちょっと見ていくか?」
「なんの木?」
「つまらん古木だが、見なさるかね?」
源六オジに案内された裏庭には大きな梨の木があり、その脇に石碑があった。
浦入源六の持つ懐中電灯を借りて碑文を見ると古い字でこのように読めた。
「天正八年正月廿八日 奉 xx土佐守藤原宗光」
今から千四百年以上も前の石碑だという。
やはり、浦入家の先祖はこの地の豪族だったに違いない。
そうなると、親族の西山家一族株内も丹波を代表する豪族だったに違いない。
そう思って西山の横顔を見ると、どこか豪族の末裔の面影があるようにも見えてきた。