5、黙秘権

Pocket

5、黙秘権

舞台の袖にいた娘が舞台に招かれ、満面に笑みを浮かべて中年男に礼を言い、嬉しそうに目録を受け取った。
「おところとお名前をお教えください。あとでお届けします」
「市内広小路二丁目の芳埼沙也加です」
「特賞ですから、なにか一言を」
「わが家、レンタル衣装の芳埼では本日の産業まつりに参加してスタジオを開放し、コスプレ撮影大会を行っています。是非、皆さま奮ってご参加ください」
「宣伝じゃなくて、受賞の弁ですよ」
「ここまで勝ち上がってきて、運よくライバルが電気屋さんだったもので助かりました」
「え? ご存じだったんですか?」
「はい。こちらのオジさんは大島町沓田の福居電機さんで、時々、あたしはショップで買い物をします」
「あなたは広小路なのに、なんで大島町まで?」
「大島町でちょっとした習い事を・・・」
娘があわてて言い換えて「ミラクル美容院にも行きますので」と言い直した。
そこで、まばらな拍手が起こったので思わず小太郎はそちらを見た。
反対側のアーケード内で雨を避けて、B級グルメ会場を引き上げてきた美容院のミツエママ達がいて手を振っている。
小走りに寄ってみると、東京から来た俳諧師などもいて、どこで入手したのかビンゴカードを手に成り行きを見守っている。
すでに舞台では、何事もなかったようにビンゴが再開されていた。
口数の少ない花村隠居が珍しく小太郎に聞いた。
「あの娘の技の切れを間近で見ましたか?」
「見たけど、あんな痛烈な股間狙いの必殺技は男の敵、化学兵器同様、法律で禁じるべきですよ」
「なぜ?」
「危険で付き合えないじゃないですか?」
「付き合わなければいいじゃないですか?」
「誰があんな卑怯な技を教えたんだろ?」
ミツエママがぽつりと言った。
「あの娘(こ)は、わたしの妹弟子です」
「なんの?」
「わたしと同じ大島町の外山田に、空手とボクシングを基本に組み込んだ美容健康道場があるのよ」
「そこで?」
「スタジオインサイドなんてキザな名のジムだけど、なかなか健康的でダイエットと体型づくりには最高よ」
「おれには健康的に見えないけどな。あの電気屋さんは?」
「あれも道場仲間だけど、目の保養にきてるだけね。ピチピチした若い娘がいつもいるから」
「あたしみたいな?」
金井喜美代の発言で場がシラけて会話が途絶え、全員が真剣な表情でビンゴに立ち向かっている。
土屋えつ子が、何事もなかったように爽やかな声で叫んだ。
「再開早々の当たり番号は、九番でーす」
「ビンゴ!」
叫んで現れたのは、電機屋と殴り合ったジャンケン男で、まだ股間が痛むらしく腰が引けている。
「2等からの景品は重い物はお届けしますが、お持ち帰り出来る物は、この場ですぐお渡しします」
「分かった。景品は何?」
「2等賞は冷蔵庫です」
「えっ、一等が自転車で、二等が冷蔵庫? いいの?」
「少し、キズがあるそうですが性能には関係ありません」
「そんなのどうでもいいよ。丁度、古いのが壊れて欲しかったんだ」
「お持ち帰りになりますか?」
「こんな重いの持てるはずないだろ?」
「では、車両通行禁止が解除になったら運んでください。それまで預かっておきます」
「有り難う。ところで、壊れた時の修理は?」
「大島町の福居電機さんのご寄贈ですから、そちらにお願いします」
「福居? さっきのオヤジさんだ、どこにいる?」
舞台から見回してすぐ見つけ、急いで舞台から降りて駆け寄った。
「先きほどは悪かった。この通り詫びを入れる。堪忍してくれ」
「いいだろう、同じ綾部市民だからな」
土屋えつ子がそれを見てマイクで叫んだ。
「ジャンケンとビンゴの争いが、ここ綾部で無時に円満解決しました。皆さま、盛大な拍手を!」
オーと応えた群衆が拍手はしたが、その殆んどは祝福ではなく悔し紛れのヤケ拍手なのは明らかだった。
それからはビンゴが続出、パソコン、DVD機器、炊飯器、扇風機、毛布、ジャー、タオル、図書カード・・・と続いてゆく。
「あと景品は残り少なくなりました。景品が少なくなった場合は、ジャンケン勝負になります」
宮中青年は高級万年筆、翁木社長は日曜大工セット、俳諧師は折り畳み傘、ミツエママは図書カード千円分、西山伯父は旅行用カバン、安藤芳江が洗剤、唐沢栄子がステンレス鍋を当てている。
花村隠居は最終でビンゴだったがジャンケンで敗退して八十一位となり惜しくも圏外、小太郎は空しくカードを手にしたままビンゴ大会の取材を終えた。小太郎にとっては、何の収穫もないイベントだったが、それどころではないことが起こった。
事務局で大忙しのはずの加納美紀秘書部長が、小太郎を探して呼びに来たのだ。
「大橋さん、警察の方が見えてます。至急、事務所に戻ってください」
その加納美紀の緊迫した声で、周囲の目がいっせいに小太郎を見た。
「おれ、なにか悪いことしたかな?」
一瞬、小太郎は本能的に逃げようとしたが、どの方向に逃げるべきかに迷ってた足がすくんだ。
小太郎はビニール傘一本で、パン一切れで獄に繋がれたジャンバルジャンと同じ悲劇を辿るのを予感した。
ビンゴ会場での暴力沙汰は冤罪だが、あの芳埼沙也加を国家権力に売るつもりはない。
「早くしてください!」
加納美紀の声に促され、悲壮な覚悟を決めて歩き出した小太郎の背に、ミツエママが激励の声を浴びせた。
「黙秘権もあるのよ!」
その声は、明らかに小太郎を何らかの犯人と決め付けている。