9、B級グルメ談義

Pocket

9、B級グルメ談義

西山事務局長就任祝いと看板にはあるが、宴たけなわになると、本人はとうに忘れられている。グループ毎に勝手な話題で大いに盛り上がって騒がしい。それでも当日の主旨をわきまえている常識人もいて、良かれ悪かれ話題を主人公に戻そうとする。市議十数期の古参・共新党の堀内辰雄議員が酔っている振りをして、話題を西山事務局長に戻した。さすがに綾部の里に棲む古狸、頭脳明晰でそつがない。
「西山さん!」
「なんです?」
「あんた。定住部長時代に市議会で、綾部のB級グルメを全国区にすると語ったが、あれは、一体全体どうなったんだね?」
「なにも、こんなところで・・・」
「こんなところ? あんた、味どころ桃太郎を蔑視するのですか? 料理が不味い、女将が気に入らない、とでも?」
「いや。そういう意味じゃないですよ」
「じゃ。こんなところって、どういう意味です?」
「せっかく、皆さんが美味しい食事をしてるんですから、何もここでB級グルメなんて」
「今度は、世間で話題のB級グルメを愚弄するのですか?」
「愚弄はしてませんが、ここ桃太郎はA級です。B級の話はいずれまた」
「逃げるんですか?」
それを聞いた梅野木郁子が、桃太郎の若女将・村中有子に小声でさり気なく聞いた。
「西山さんのここでの飲食は、いつもA級?」
「いえ、BかCです」
逃げる、と言われて引っ込みがつかなくなった西山事務局長はすかさず責任転換を図った。
「逃げはしませんが、あれは、角川浩農林商工部長の管轄でして」
市役所グループで大人しく熱燗の酒でもつ煮を口にしていた角川部長が、慌てて一箸分また口に入れて呑み込み、据わったまま応じた。
「西山さん。私に遠慮は無用です。私の持論はあくまでも、産業まつりに付随するB級グルメであって、西山さんのように、B級グルメ日本一になって、食欲に釣られたグルメ観光客を宇都宮餃子並に年間一千万人以上集めて、宿泊、食事、土産、温泉、賽銭などで経済効果数千億なんて考えてませんから・・・」
「そこまでは考えてませんよ」
堀内議員を差し置いて、その隣に座わった中年女性が元気よく挙手し、坂上かな子が発言を認めた。
「無会派の塩谷美津子です。川崎市長!」
「何です、急に!」
「綾部市の年間予算は?」
「何を今更。塩谷さん、あんたも予算決算委員会の役員ですよ」
「じゃ、私が言います。綾部市の年間予算は百七十三億と少々、ですね?」
「そうです?」
「B級グルメ大会の第一回と二回連続優勝の”富士宮やきそば”の、今までの経済効果がいくらか知ってますか?」
「一億円ぐらいですか?」
「とんでもない。五百億、とっくに五百億円を超えてますよ!」
「実は、そのぐらいは悔しいけど知ってますよ」
「あれは、富士宮のどこの家庭でも食べてた昔からの素朴なやきそばを、商工会議所の青年がB級グルメとかでっち上げただけですよ」
「知ってます」
「知ってて指を咥えて眺めてるだけですか?」
「悔しいけど仕方ない。出遅れたんだから」
「後出しジャンケンでも、厚木市の厚木シロコロ・ホルモンなんて一年で七十億以上の経済効果を弾き出してるんです」
「私は市政で多忙だ。商工会議所は何をしてる? 中上さん!」
「なんだね、市長!」
「こんなのは商工会議所が頑張ってくれんと困るよ」
ここまで言われると、中上専務理事も面白くない。
「それは違いますぞ。宇都宮餃子は市役所の職員が考えて、役所と市民が一致団結したから出来たんだ。役所が頑張らんと!」
「異議あり!」
塩谷女史が中上専務理事を制して、口の中の食品をビールで胃の中に流し込んでから発言を求めた。
「市長は、綾部市に観光客を呼ぶとしたら年間、どのぐらいを希望しますか?」
「せめて年間で三百万人は呼びたいと」
その言葉尻を老獪な堀内議員が捉えた。
「今は年間何人ぐらいが観光で綾部に来ますかな?」
「今日は、観光交流課の職員は欠席ですから詳しいことは・・・」
「まさか、市長が知らぬとは?」
市長がむっとした表情で応じた。知らぬのではない、言いたくなかったのだ。
「では、言いますが、府内から約四十万、府外から約二十五万、併せて六十五万人ってとこですかな」
「なんで? ゆるキャラのマユピー、大本まつり、産業まつり、B級グルメと鳴り物入りで頑張ってるのに、たった六十五万ですか?」
「お言葉ですが堀内議員。人口の二十倍近い観光客が訪れているんですぞ!」
「その割に、地元は潤ってないじゃないですか?」
「そんなの私の責任じゃないですよ」
「じゃあ、どなたの責任ですか? 綾部のことは何もかも市長の責任です!」
さすがに温厚な市長も、美味しい酒の酔いが少し醒めたらしい。不満げに西山事務局長を見た。
「西山! これはお前の責任だぞ!」
「なんで?」
「お前が東京から連れてきたこの大橋青年が、綾部の観光客を倍増させるって言うから握手までしたんだ」
西山が気の毒そうに小太郎を見た。
「大橋君!」
「なんです?」
「お前さん、産業祭りのグルメ会場で、ほぼ全部を試食したよな?」
「全部かどうかは知らないが、満腹するまでは食べました」
「あの中で一番美味しかった品を覚えてるかね? そいつで綾部に客を呼べばいいんだ」
「美味しかった一品ですか?」
「いや。B級グルメの大会に挑戦できると思ったら何点でもいい。何が旨かった?」
「サバの甘口サンドかな? イチゴと生クリームでサバの臭みを消して絶妙の味だったのを覚えてます」
市長が口を挟んだ。グルメとなると黙っていられないらしい。
「そうか、サバサンドか? でも、サバが不漁だと観光客までは無理だな」
「小濱ラーメンも旨かったですよ。サッパリ味でチャーシューも大きくて柔らかで美味しくて汁も残さず飲んでしまいました」
「汁? そいつはいかん。塩分控えめで汁は残さんとな」
市長は健康志向なのだ。
「でも、汁も旨かったのです」
「ラーメンはライバルが多いから後発で勝ち抜くのは難しいぞ。あとは?」
「店名は忘れましたが、ホルモン煮込みうどんが絶品でした」
市長がフォローした。
「多分、焼き肉の花山自慢の牛ホルモンだな?」
共産党の堀内議員から「意義あり」の声が出た。
「市長が特定の業者の名を出すのはいかがなものか。煮込みなら、綾部特産品研究会の尊氏煮込みカレーを推奨します」
小太郎が思い出したように尻馬に乗った。
「確かに、あれは美味しかったです。あのカレーのキャッチフレーズも気にいりました」
一瞬だけ間をおいて、思い出したフレーズを口にした。確かにいい味だったのだ。
「綾部市生まれの足利尊氏ゆかりの寺の、奥山の紅葉を現したカレー、ちょっと長いCMですが、何となく綾部の味がしました」
西山が訊いた。
「なんだね、その綾部の味って?」
「綾部市だけでなく西山さんいも通じますが、ポアーと温かく、可もなく不可もなく・・・」
「なんだ? おれと綾部市をバカにしてるのか?」
「とんでもない。褒めてるんです」
「そうは聞こえなかったな」
「それに、食紅で染めた麩で紅葉を表現する細かい芸もいいですし、抹茶をまぶしてカラ上げにした上林鶏が、カレーにピッタリ合ってなかなかの味でした」
堀内議員が補足した。
「上林鶏を市が援助して大量に育て、綾部特産・尊氏紅葉カレー、これで勝負したら案外イケるかも知れませんぞ」
川崎市長が腕組みをして呟いた。
「いい提案だが、鳥ウイルスで全滅したら市の財政に穴が空くからな」
小太郎は宴席の余興だと思っていたが、市長は意外に本気なのだ。市長が小太郎を見た。
「大橋君が食した綾部のB級グルメで、牛豚や鳥や魚などの生き物を使わずに美味しかったのは?」
「さあ・・・」
小太郎は、市長が経済的な面から考えて原価が低く収益の上がる品を考えていることに気付いた。
「だったら、舟半のかき揚げ天ぷらうどん、また、これが食べたいです」
「君が食べたいのを聞いてるんじゃない。綾部市を代表するB級グルメをつくりたいのだ」
「でも、食べたいからこそ推奨できるんです」
「それもそうだな」
その場の空気を読んだ坂上かな子が、さり気なく市長に聞いた。
「市長さんは、いま何を食べたいですか?」
「今か? 今は、牛モツの煮込みだな」
タイミングよく有子ママとバイトの店員がみそ煮のモツ鍋を各テーブルに運び始めてB級グルメ談義は終わった。
官民を挙げて綾部のグルメを世に問うには、まだ機は熟していない。鍋のモツ煮を小丼に移しながら小太郎はそう感じていた。

 

前のページ
8、春がすみ
現在のページ
9、B級グルメ談義
次のページ
ホームへ戻る