8、ファッション館

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8、ファッション館

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歴史蔵では、蚕(かいこ)の飼育から回転プーリーと呼ばれる糸つむぎの機械の古い初代機から近代機までが展示され、絹糸づくりの工程が初期の段階から完成までがドラマを見るように理解できるようになっていた。まさしく絹の歴史が見えてくる。
養蚕農家の家族が働いている様子を復元した家と庭と人物が精巧に作られた縮小模型があり、それだけでも絵になっていた、庭で働く人、家の中で働く人などそれぞれが精巧なフィギアになっていて、あたかも実際に動いているかのように錯覚させられる。
これを見ているだけでお蚕さんが桑をいっぱい食べてマユになり、そこから紡がれて柔らかく華やかな絹の糸が生まれ、さらには靴下や肌着になって美しく女性を包み込むのが想像されてくる。
さらに、マユの表面をきれいにする毛羽取り器もあって、このまま蚕糸工場に使えそうな雰囲気だった。
一階の出入り口の脇に、絹が渡った外国との交易を意味するのか、中東の民族衣装をまとったアラブ系の商人が、砂漠の旅の疲れを癒すようにオアシスの木陰に座っていて、その背後に膝を折って休んでいるラクダが気だるそうにこちらを見つめていた。
思わず「こんにちは」と声を掛けたが返事がない。日本語が通じないのに気づいたが、これに変わる砂漠の民の言葉が浮かばない。
その光景を、口を半開きにして呆れ顔で見ていた勝川が「蝋人形です」と相変わらず素っ気ない。
「冗談ですよ」
あわてた小太郎が半信半疑のまま応えたが、ラクダは作り物でもアラブ人はどうみても本物に違いない。
後で勝川とアラブ人のバイトが顔を見合わせて笑っている図を思うと、無性に腹が立つ。
「では、二階に参ります。二階にはグンゼのヒット商品の数々が展示してあります。
どうでもいい説明を聞きながらニ階の近代館に上ったとき、小太郎はドキッとした。
階段上の正面に、ふとももを露に足を組んだ女性の足が九人ほどが並び、肌色、ベージュ、ピンクのストッキングで目を奪う。
これには小太郎も驚いたが「たかがマネキン人形の足」、とは思ったが何よりも独身青年には目の毒だった。
しかも、その上の壁に時代別の出来事やファッションの変遷などがあるが、そんなの読む余裕もない。
さり気なく通り過ぎたが、製品説明に熱が入る勝川の説明が上の空になって耳に入らない。
ファッション蔵では、つねに流行の最先端を走るグンゼの製品が年代順に展示されていた。
その中にも、自分も世話になった男の肌着もあるのだが小太郎にはもうどうでもいい。
階段を降りるときにチラと見返すと、気のせいか黒のストッキングのふとももの肌が色っぽく肉感的に感じられた。
その気配を察してか、玄関を出るところで勝川部長代理がぽつりと言った。
「今日は特別日で、生ま身の女性を一人だけ入れてあります」
「生ま身!?」
思わず声が上ずって大きくなる。
「そうです。実は内緒ですが、時々、バイトの女性を一人、座らせるているのです」
「まさか?」
「お客がいない時にマネキンと替えていますので、まだ誰にも気づかれていません」
「なんで私に?」
「大橋さんなら口は固いと信じたからです」
「それはどうも、若い娘さんがいたなんて口が裂けても」
「若い娘とは限りません。熟女も私の好みなのです」
「熟女も、ですか? 会社では、どなたかご存知で?」
「ここのメンバー数人だけです。ここは私が任されてますから」
「趣味ですか?」
「まあ半分は・・・秘密は守って頂けますね? 綾部市民にバレたら大変な騒ぎになりますから」
「ちょっと戻って、もう一度だけ・・・」
「出口を出ましたから今日はもうダメです。また明日来てください」
「明日もバイトの方はいますか?」
「申し訳ありません。明日は本物のプラスチック足です」
「ではいつ?」
「実は、バイトの女性が個人的事情もあり不定期なのです」
「一人だけですか?」
「大根足や短足ならいつでもOKですが、見破られてしまいます」
「当たり前ですよ」
「もう数人確保したいんですが、ここでバレない美人足は綾部ではあと六人しかいません」
「調べたんですか?」
「市内の某ホテルに一人、大本教、市役所の秘書広報、FMいかる、商店街にも・・・いけない! これは個人情報の漏えいになりますな」
「商工会議所には?」
「いても言えません。個人情報はご免です。ご自分で確かめてください」
「とんでもない。そんなの口にしただけで殺されますよ。で、足の長さも確かめたんですか?」
「当然です。本人に似合う最高のロングソックスをプレゼントしますから足も見ます]

「足だけですか?」
勝川が急所を突かれたのか、表情を厳しく変えて小太郎を睨んだ。明らかにうろたえている。
「大橋さん。変なこと考えないでください。私は仕事ですぞ!」
今度は「冗談です」とも言えない。ここで真相を暴くのも小太郎の本意ではない。そんなことでマル秘の小イベントを中断されたら次に訪れる日の楽しみが失くなる。
しかも、勝川は自分から「絶対に嘘をつかない」と言っている。
(勝川部長代理の言う通りだとしたら?)
これなら日本中の男達が必見の価値ありとして集まって来るし、毎回位置を変えてクイズでも稼げる。
十体並べて本物を二人入れ、連勝人券にして発売し、売上の二十五%を市が頂く、これなら川崎市長も承認するに違いない。
当然だがバイトの女性に休憩時間も必要だから一時間公開で幕を降ろして三十分の休憩、これなら無理でもない。
(待てよ!)
小太郎は、綾部市発展のために、もう一ひねり考えた。
グンゼはソックスの宣伝と売上倍増、綾部市の定住安定部は他市からの移住家族の誘致、市は税収アップ、これで三者三益になる。ならば、足のきれいな女性で出演希望の家族には市営住宅を安く提供する手も考えられる。独身で足以外も美女なら大歓迎、綾部市からミス日本が出れば、川崎市長の鼻は高くなり鼻の下は長くなる。今はまだ東京スカイツリーに人は集まっているが、次は綾部市グンゼ博物苑が入場制限になる。向こうは多い日で一日二十万人、こちらは駐車も六十台で満杯だから、車での来場は制限するしかない。そこでスカイツリーと同じ手を使い、二ケ月前から予約をとることにすればいい。西山部長は、なぜ、こんな凄いことを教えてくれなかったのか?
そこでハタと気がついた。勝川は、西山部長より小太郎を信頼したからこそ秘密を話したのだ。
ただ、困ったことに勝川との約束は守らねばならない。この事実は誰にも語れないのだ。案の定、小太郎が上の空で聞いていた商品説明を終えた勝川が近づき、声を潜めて念を押した。
「大橋さん、絶対に秘密は守ってくださいよ!」
これでは折角考えた妙案もお蔵入り、所詮は蔵の中の出来事だから仕方がない。