3、宝船・えびす丸巡行

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3、宝船・えびす丸巡行

それにしても、綾部市民がこれほど祭り好きだとは思いもしなかった。
大橋小太郎が綾部市商工会議所に雇われて、すぐ気付いてはいたのだが綾部から祭りを除いたら市民は何を楽しみに過すのか?
そんな+ことを考えながらも、いつか小太郎も祭り大好き人間になりつつある自分に気付いていた。博多どんたく、長崎おくんち、秋田の竿

燈祭り、弘前のねぶた、平塚の七夕、隅田川の花火ほどのインパクトはないが、それ以上に官民一体となるケースの多い綾部の祭りの多くは

、賑やかで明るく迫力もあり、他の地区の祭りとは一味違っていて小太郎も大いに楽しめた。
この正月、かるた大会に先んじて綾部の文化財の中でも突出して人気があるという商工会議所後援の「あやべ初えびす大祭」が二日間にわ

たって行われた。小太郎は、初日に行われる「七福神の宝船巡航」から密着取材を専務理事から命じられている。その理由が振るっている。

華やかに飾った宝船に乗る七福神は、なんと商工会議所会員の女性経営者の集い「マーケテイング・ドリームワーク」から選ばれたすご腕女

性実業家ばかり七人、この取材を疎かにすると、「後の祟りが恐ろしいからな」と中上専務理事は言い、小太郎に頭を下げたのだ。
もっとも小太郎としては、専務理事に頼まれなくても興味のあった取材だけに二つ返事で引き受けたのだ。
ITビルから東に車で数分の距離にある松並町の熊野新宮神社、その境内にある綾部恵比須神社がその初えびす大祭の会場だった。平日の

朝ではあったが、小太郎が駐車場に車を乗り入れた時はすでに、かなり駐車があって、すでに主催の恵比寿神社奉賛会の人々を始め大勢の人

が集まっていた。
”FMいかる”のスタッフがカメラなど撮影機器持参で取材を始めている。
その中の一人が小太郎を見つけて声をかけてきた。
「大橋さんも取材ですか?」
見ると、土屋えつ子がマイク片手に人混みから近づいて来る。
「取材といっても
で「おおはしさて、に
境内に台車に乗った本物に模した立派な木製の船があり、その下部には紅白の祝い幕が垂れている。
小太郎は、人混みの中に見慣れた人を見つけて近寄った。
「倉林さん?」
ミラクル美容院のママとその周囲の主婦組数人が同時に振り向いた。
「あら、大橋さん。お久しぶりね。今日は?」
「取材です。倉林ママは体調不良って聞きましたが?」
「お蔭さんですっかり良くなりました」
種馬主婦の唐沢栄子、安東芳江、長身の金井喜美代の姿が見え、夫々と挨拶を交わした。
「金井さん、殺し屋さんは?」
「夫はいま、東京に用事が出来まして」
「どんな用で?」
喜美代の困惑した表情を見た唐沢栄子が助け舟を出した。
「大橋さんも鈍いわね。日本では司法取引なんてないのよ」
「どういう意味です?」
「短期間のお勤めで辻褄を合わせるってことです」
「なるほど。で、いつ戻ってくるんです?」
喜美代が渋々と応じた。
「秋には戻って来ます」
倉林ママが神殿を見た。
「熊野神社の出口宮司が出てきたわ、お祓いが始まるのね」
控室にいたのか、七福神に成り切った地元の女性実業家の面々が現れて、大勢の観客の前で宮司のお祓いを受ける儀式が始まった。
小太郎がミラクル美容院のママに聞く。
「神様たちが、宮司からお祓いを受けるなんて変じゃないかな?」
「いいのよ。みんな商工会の実力者、神様とは縁遠い女傑揃いなんだから」
「倉林さん、知ってるんですか?」
「地元で知らない人はいませんよ。ねえ、栄子さん?」
「ええ、聞いたところだと、毘沙門天は稲田ふとん店の稲田多佳子さん、寿老人は加賀ラジオ店の加賀由美さん、布袋は飯田茶園の飯田千里

さん。弁財天は村山保険事務所の村山静子さん、恵比須は山内司法事務所の山内冨美子さん、大黒天は上原印刷の上原美奈子さんでしょ?」
「福娘は?」
「そこまでは・・・」
安東芳江が答えた。
「たしか、栗町から二人、沢葉なつき、村山麻里子さん、安国寺の・・・?」
金井喜美代が続けた。
「・・・矢田部瑠里さん、井倉町の安川若菜さんの四人だったんじゃない?」
「皆さん、よく覚えてますね?」
美容院のママが笑った。
「芳江さんは七福神、喜美代さんは福娘に選ばれたことがあるから気になるのよ」
「それで関心が深かったんですね?」
儀式がとどこうりなく進んで、厳粛な中にもユーモアな掛け声が響く。
「商売繁盛ササ持って来い」
小太郎は、主婦組に従って拝殿に向った。百円硬貨数枚を投げ入れて参拝を済ませると、すかさず、その脇にいた福娘が福引券と甘酒引換

券を手渡してくれた。それを受け取り、さらに縁起物の福ザサを買い求めて、熊野神社とその境内にある金持神社や綾部恵比須神社への一応

の義理は果たした。
午後一時、七福神に扮した女傑の面々が金持ち神社と金毘羅の旗が冬空にひるがえる船に乗り込み、恵比寿神社奉賛会の会員が船の両舷に

取り付けた取っ手を握って船を曳き、宝船・えびす丸の巡航が始まった。
小太郎が船の動きに歩調を合わせかけて聞いた。
「皆さんはどうします?」
「大橋さんは?」
「どうせ商工会議所前に寄るから、そこまで付いて行きますよ」
「じゃ、わたし達は駅前通りまで付き合って、そこで食事します」
「食事ですか?」
「そのために集まったんですから・・・大橋さんは?」
「ご一緒したいけど、本部で鬼の目が光ってるからなあ」
「それは残念ね。美味しい中華の店があるんだけど」
「やっぱり、一緒に行く!」
「だめです。取材が大事でしょ?」
「でも・・・」
小太郎と主婦組一同は、ごく自然に群衆と共に宝船・えびす丸のゆったりとした巡航速度に合わせて会話をしながら続いた。本町通りから

駅前通りに出て、JR綾部駅南口で小休止し、集まった大勢の市民や観光客に七福神が握手したりしてこの年の幸を撒いていた。
「じゃ、大橋さん、頑張って!」
「ぼくも一緒に・・・」
「いけません。鬼が待ってますよ」
主婦組が去って、小太郎が七福神夫々の写真を撮っていると、市役所・秘書広報課の梅野木郁子と松山聖子が連れだって近づいてきた。
「大橋さんもお仕事で取材?」
「お二人は?」
「神社からだと疲れるから、取材はここからスタートですの」
この日は、松が明けて間もない平日ではあったが、七福神の宝船を拝むだけで一年間無病息災、夫婦円満、金運安泰などのご利益があると

されている巡行船の停まった南口駅前は黒山の人だかり、七福神一人一人に手を合せる人までいたりする。
小太郎が梅野木郁子と松山聖子を見た。
「七福神を拝んだ人は本当に幸せになれるのかな?」
「今年一年だけは幸せになれるかも?」
「ただの女性実業家なのに?」
「でも、事業で成功している才女揃いだけに拝んでみる価値はあると思いますよ」
小太郎は梅野木郁子の言葉を真に受け、真顔で手を合わせたら弁財天が小声で囁いた。
「大橋さん、やめてください、村山ですよ。商工会議所に新年の挨拶に行って会ってるでしょ?」
お面の下の黒目勝ちの澄んだ目が笑っていて、確かに特徴のある目に見覚えがある。
七福神全員が商工会議所の会員であることを小太郎はすっかり忘れていたのだ。
これから一行が、アスパ、花の木を巡って商工稲荷神社を参拝し、午後四時に熊野神社に帰着するまで小太郎は飲まず食わずだった。
綾部百人一首大会の前に取材した宝船巡行で、七福神に手を合せたことが吉と出るのか凶と出るか、小太郎にはまだ予測もついていない。