1、開会式

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第四章 あやべ産業祭り

 1、開会式

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秋も深まり、綾部市郊外はどこもかしこも紅葉のシーズンを迎えていた。
来週には、紅葉の名所で知られる安国寺が「安国寺みみじ祭り」和紙で著名な黒谷町が「黒谷和紙ともみじ祭り、さらには大本教の広い敷地内いっぱいの紅葉にライトアップに琴を奏でての「綾部もみじまつり」と紅葉の名所3ケ所が連携しての秋のイベントが始まると西山部長から聞いた。多分、また取材を命じられるに違いない。いや、頼まれなくても出かけて来る。北千住では、滅多に見られないからだ。紅葉の下でのんびりビールにおでんか枝豆なんてなかなかオツでツ悪くない。
ふと、時計を見て小太郎はあわてた。今日は紅葉どころではない、B級グルメと産業まつりなのだ。
なにしろ、昨夜は西山部長宅で飲み倒れて眠ったが前後不覚、洋服を脱いだことも自分で布団に潜り込んでバタンキューだったことも全く覚えていなれでも早めに朝食を頂き、西山部長を八時前に役所に届けて車を駐車場に置き、自分の部屋に戻ってシャワーを浴びたら、スッキリして気分がいい。産業まつりは十時からだから余裕がある。
窓を開けると、さわやかな秋の風が舞い込んで快く頬を打つ。
来週には、紅葉の名所で知られる安国寺が「安国寺みみじ祭り」和紙で著名な黒谷町が「黒谷和紙ともみじ祭り、さらには大本教の広い敷地内いっぱいの紅葉にライトアップに琴を奏でての「綾部もみじまつり」と紅葉の名所三ケ所が連携しての秋のイベントが始まる。
小太郎はそれらの取材を命じられるのを心待ちにしていた。たとえ頼まれなくても会場廻りはするつもりだ。北千住では、絶対に見られない風物詩だからだ。紅葉の下でのんびり熱燗の酒とおでん、寒くてもビールと枝豆も悪くない。
ふと、時計を見て小太郎はあわてた。ここは西山邸で、今日はB級グルメと産業まつりの取材が待っている。
昨夜は西山隆夫の家で飲み倒れて、洋服を脱いだことも覚えていない。なんとか布団に潜り込んでバタンキュー、前後不覚で熟睡したのだが、何時に寝たかも全く覚えていない。
「お早うございます」
西山やご家族に挨拶し、美味しいみそ汁と納豆、生玉子、アジの干物で朝食を頂き、西山を乗せて急いで家を出た。
西山を八時半ごろ役所で降ろし、車のまま自分の住むマンションに帰り、部屋に戻ってシャワーを浴び、着替えてから窓を開けると、晩秋のさわやかで冷たい風が舞い込んで快く頬を打ち、スッキリして気分がいい。
「さあ、やるぞ!」
両手を大きく上に挙げて深呼吸をすると、気のせいか秋の気配が淡い枯れ葉の匂いを運んで来る。
今日は、商工会議所の入っているITビル前から「あやべ産業まつり」が始まるから徒歩での出勤となる。
小太郎の今日の仕事は、商工会議所下の一番街から北に二番街、三番街と西町タウンからメイン会場の市役所前広場までの出店を一軒残らずカメラに収めて、レポートを書かねばならない。
撮っ写真のほんの一部は市の広報誌に載るらしい。
それにしても、まだ綾部に来て3日目なのに、東京にいた頃の百倍は働いているような気がする。
だが、これもなかなか悪くない。
商工会議所に着くと、すでに川崎市長が会館の前で特設の壇上に上がってマイクくを握っている。小太郎の今日の仕事は、商工会議所下の一番街から北に二番街、三番街と西町タウンからメイン会場の市役所前広場までの出店を一軒残らずカメラに収めて、レポートを書かねばならない。撮っ写真は、商工会議所の広報誌に載るらしい。
それにしても、まだ綾部に来て三日目なのに、東京にいた頃の百倍は働いているような気がする。だが、これもなかなか悪くない。
ITビル裏口の駐車場に愛車を置いて商工会議所に入ると、すでに一階で職員全員が忙しく立ち働いている。
「おはよう。今日は総動員で忙しいぞ!」
芦沢事務局長も荷物運びを手伝っている。
階段ですれ違った神山紗栄子が下に降りながら小太郎に告げた。
「中上専務が探してましたわよ。そうだ、名刺が出来てました」
あわてて事務室に戻った神山が、すぐに名刺百枚入りの箱を手渡して小太郎の肩を叩いた。
「無駄にしないでね」
「ありがとう」
応接室に入ると、川崎市長と秘書らしい女性が、中上専務理事と福岡多佳子係長(仮称・部長代理)の四人がお茶を飲んでいた。
「お、来たな」
中上専務理事が手招きすると、福岡多佳子が「私は用がありますので」と立ち上がって席を譲った。
挨拶をして席に座ると、市長の隣に座った女性が名刺を出した。
名刺には、秘書広報課課長・岡崎恵子とある。市役所では仮称の上げ底はないはずだから本物の課長ということになる。
小太郎は手に持っている箱を開けて出来立てほやほやの名刺を市長と岡崎課長に手渡した。
「わしにもだ」
中上専務理事も名刺を手にすると、部屋を出かかった福岡多佳子が戻って来て「わたしにも」と手を出した。
川崎市長が小太郎を見た。
「入社早々、観光客誘致企画課長とは、さすがに若き町おこしプランナーですな。期待してますぞ」
岡崎恵子が感心したように言った。
「わたしはお茶汲みから始まって課長になるまで十年以上掛かってますのよ。大橋さん,お幾つ?」
「二十三です」
「お若いのね。中上さんは人を育てるのがお上手ですから、きっと綾部の救世主になれますわ」
部下を褒められて悪い気はしないらしく、中上専務理事も調子づいている。
「今日は、この大橋君が産業まつりの全会場を隈なく取材して廻り、後で祭りの長所欠点を総括することになってましてな」
市長が頷いた。
「なるほど、外部からの目で見つめ直しですか。それにしても、中上専務のほうが我々市役所より人使いが荒そうですな?」
加納美紀が小太郎にお茶を運んできて、市長に告げた。
「市長、あと五分で出番です。司会の土屋さんがお待ちです」
「土屋えっちゃんか。あの娘とは仕事の相性がいいんだ。今日はいいぞ」
そこで話は打ち切りになり、小太郎を残して全員が下に降りた。
小太郎がお茶を飲み終わる前に表が騒がしくなり、FMいかるの人気キャスター・土屋えつ子が市長を紹介していた。
「それでは、綾部市の立役者・川崎源也市長で~す。盛大な拍手でお迎えください」
あわてて立ち上がり、小太郎が下に降りた時にはすでに川崎市長がITビル表玄関前の特設会場の壇上でマイクくを握っていた。
「この、あやべ産業まつりは、商工フェアだけではありません。農林業振興祭、消費生活展、綾部工業団地ふれあいフェスタ、など四つのイベントが同時開催される市を挙げての一大イベントです。本日は京都市や近隣市町村、東京など遠方からも多数のお客さんが。この綾部市の産業まつりを目当てに訪れています。市内各所の特設場では、綾部の各集落の特産品や地元企業の製品の展示、即売など多くの出店があります。とくに、平成二十三年からは、今述べた四つのイベントに加えて、B級グルメフェスタも開催しております。さらに、スタンプラリー抽選会やビンゴゲーム大会などの催し物も盛りだくさんで、今日一日、大いに楽しんでください。以上、市長挨拶を終わります」
大きな拍手を浴びて機嫌よく川崎市長が手を振って舞台を降りると、司会の土屋えつ子が叫んだ。
「つぎは、綾部市商工会議所を代表して中上専務理事のご登場です」
ここで、堂々と中上専務が理事が壇上に上がって手を振ったが、司会者が「盛大な拍手を!」を省いたから観客の拍手はまばらで市長のときの半分もない。しかも、言いたいことの殆どは市長が喋った後だから類似の言葉を用いても迫力がない。それでも、さすがは中上専務理事、商工会議所をおおいにアピーすることだけは忘れなかった。
「私が背にしているビルの二階では、皆さまになじみのある綾部工業団地に立地している企業の紹介など綾部の農林業、商工業の魅力を紹介するコーナーを用意してあります。各社のPRや産業用機械の展示やデモ、税金に関する小冊子の配布とクイズもあります」
「賞金は?」
クイズマニアらしい初老の男が叫んだ。すかさず専務理事が応じる。
「クイズ・ミリオネアのような高額賞金はありませんが、正しい節税対策を学べば余分な税金を払わずに済みますので、そこで浮いた金額だけ賞金と思ってください。それに、先着二十名さま無料の似顔絵コーナー、景品引換所、さらに無料コーヒーコーナーもあります」
「無料って? 何杯までよろしいのでしょうか?」
「何杯でもどうぞ」
「十杯でも?」
コーヒーマニアなのか、中年の女性の目が輝いている。あるいは本能的に「無料」に反応したのかも知れない。
「栄子さん。みっともないから止めなさいよ」
仲間らしい数人の女性グループの上品そうな一人が、その女性の腕を掴んで止めている。
二人とも、どこかで見た顔のようだが小太郎には思い出せない。
中上専務理事が、あきれ顔で女性グループを見つめ、無料への反応に気づいたらしく語調を変えた。
「無料コーナーは、ほかにも沢山あります。十時五十分、十二時二十分と二回、市役所前広場で美味しい炊き込みご飯の無料配布があり、三番街のイベント会場などでもボン菓子、ポップコーンの無料配布、十一時二十分からはおにぎり試食会、十二時四十分からは米粉を使った料理の試食会、さらに、午後一時三十分からスタンプラリー終了者参加で行われるビンゴゲーム大会では、豪華景品がなんと80名様にプレゼントもあり、他の会場では生協商品の試食や試飲も・・・」
「それ全部、タダですね?」
ここで、小太郎はご婦人たちを思い出した。
小太郎の綾部市就職初日に昼食に立ち寄ったカフェ・プントで出会った、超元気なご婦人たちだった。
栄子さんとは小太郎を種馬扱いした例の主婦、そ腕を掴んで発言の阻止を試みたのは美容院のミツエママに間違いない。
中上専務理事も調子に乗りすぎた。
「そうです。タダじゃなくてもタダ同然に間違いなくお得なのは、二番街の目玉イベント、リサイクルリュース・マーケット、あるいは新鮮野菜や地域産品を並べた即売会、これもお勧めです」
見ると「タダですね?」と発言したタネ馬主婦の栄子さんが手帳を出して、熱心に中上専務の言葉をメモっている。