2、調査

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2、調査

中上専務理事、小太郎、西山部長は、加賀刑事の「犯罪に絡んでいる」の一言で、それぞれの立場で悪い予感を感じて身構えた。
専務理事は小太郎の横顔を睨み、とっさに自己防衛を考えた。
警視庁捜査四課といえば、十年ほど前に新たに発足した組織犯罪対策四課の通称「そたい四課」のことで、広域暴力団を担当する部署だから、小太郎が暴力団に関係していたらとんでもないことになる。即刻クビにして商工会議所との縁はきらねばならない。しかも、この二人が東京で何か悪事を働いていたとしたら綾部市にも傷がつく。ならば綾部市、いや京都府から追放しなければならない。
その内容によっては外部に漏れてまずい場合もある。専務理事はさり気なく席を立ち、表にいた秘書二人に指示を出して張り紙を書かせ、祭りの警備に出動している警官を集めさせ、張り紙を書かせた。
暫くすると、商工会議所の応接室の入り口には「会議中・立入禁止」の紙が貼られ、制服の若い警官が二人、緊張して立っている。
平和で犯罪のない街に突然の警視庁刑事の来訪だから、自転車泥棒も捕まえたことがない若い警官が緊張するのは当然なのだ。
中上専務理事が中に入ると、荒巻八兵衛が話を続けていた。
「本来は、詐欺など知能犯相手の二課の出番だが、組織犯罪が絡んでますので」
「飲み屋のツケの未払い、傘の無断借用ですか?」
「はあ?」
小太郎のとぼけた質問に、野獣が獲物を狙うような荒巻刑事の表情が一気に緩んだが敏腕刑事らしいから油断はならない。
小太郎が、荒巻刑事をなぜ敏腕と見抜いたかは簡単、よれよれのコートとボサボサの髪でコロンボ刑事を連想したのだ。
ここは素直に自供したほうがいい、三軒の飲み屋のツケを踏み倒して綾部に来たのは事実だった。
小太郎は、ビニール傘を盗んだのも自分だけだから二人を巻き込みたくなかった。捕まるのは自分だけでいい。
(まてよ・・・)
小太郎はここで考えた。逆に、西山が横領事件でも起こしていて東京での豪遊がバレたとしたら共犯者になるのは避けねばならない。北千住の飲み屋の支払いは「自費で}と言っていたからこの件ではない。きっと、どこで何かしでかしていたのだ。
ここは赤の他人を装うべきだ。これが小太郎が出した咄嗟の決断だった。
小太郎は西山の顔をしげしげと眺めてから言い放った。
「ところで、あなたはどなたですか?」
西山が驚いて思わず立ち上がり、心配そうに小太郎の顔を覗き込んだ。
小太郎の目の前で手を振って、瞳孔の異常さを確かめて西山は首を傾げた。
「こいつ、どこかで頭でも打ったのかな?」
西山の同級生の長谷川刑事が怪訝そうに問いただした。
「おまえ、さっきまで大橋君と一緒だったと言ったな?」
「ゆんべは我が家に泊まって今朝は一緒に車で出勤したし、さっきまでB級グルメ会場で・・・あっ? もしかしたら」
「何か思い出したか?」
「B級グルメに当たったんだ。きっと毒きのこかも?」
「綾部のB級は、そんな危険なものはなかろ?」
「それもそうだ。旨くて安くて安全、栄養価も高いのが綾部のB級グルメだからな」
「ま、食中毒ならおれが治してやる」
「ほんとか?」
「吐かせるのがおれの仕事だからな」
「バカ。お互いに公務員だ、まじめにやれ」
この、ヤケになったような西山の乱暴な言葉づかいで小太郎も観念した。
「済みません。西山さんを巻き込みたくなかったもので」
荒巻刑事がふっと笑った。
めったに笑わない人種が、少しでも笑うとなると妙な不気味さが漂うものだ。
「大橋さん。あんた、西山さんをもう充分に巻き込んでますぞ」
「いえ、ビニール傘の無断借用は、私の独断です」
西山があわてて事情を説明する。
「ゲリラ豪雨のさ中に急用とかで呼び出されて傘がなかったから仕方ない・・・あ、呼び出したのは中上先輩! あんたが悪いんだ」
「なんだ、隆夫までわしを裏切るのか!」
荒巻八兵衛刑事が渋い表情で西山を見て口を挟んだ。
「まあまあ、次元の低い犯罪は綾部署に任せて、本題に入りますぞ」
「本題って何ですか?」
「警視庁では数日前からあんた達二人の行方を追っていたのです」
一瞬、驚いた小太郎が横目でチラと西山を見た。
「やっぱり、横領だったんですね?」
「なんだ、その目つきは?」
「今時、飲み屋の支払いを人の分まで気前よく払える公務員なんていませんよ」
「あれは自腹だ。領収書だって貰っておらんぞ」
「安心しました。綾部市民の税金で飲み食いしたのかと思ったもので」
荒巻刑事が続けた。
「警視庁では今、暴力団がらみの凶悪で悪辣な大口詐欺犯の全国的組織を追ってます」
「じゃ、さっき二人の急所を蹴ったあの娘の暴力も見逃しですか?」
早くも小太郎は、ビンゴ娘を裏切っている。
中上専務理事が笑った。
「おれも見たよ。芳崎の娘の足技は凄かったな」
「では、おれの疑いは晴れたんですね?」
京都府警の長谷川刑事が真面目な顔でたしなめた。
「急所蹴りはセーフでも、ビニール傘は自供ですからな。これは被害者から届けが出たら窃盗罪で逮捕です」
「そんな・・・返せばいいんでしょ?」
「盗みがバレても、返せば許されますか? そんな理屈は犯罪のない街、この綾部では通りませんぞ」
千住警察署の加賀刑事が感心して身を乗り出した。
「京都府警は、そんな些細なことでも立件するのかね?」
「正義のためなら不正は何でも糺さねばなりません」
長谷川刑事が胸を張り、加賀刑事が頷き、荒巻刑事は呆れ顔だった。