6、丹波のカラス寺

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6、丹波のカラス寺

暖冬とも思えないのに綾部のこの冬の降雪量は例年より少ないらしい。
新年一月の厳寒期でさえ、日によっては低い山々に囲まれた綾部の里にも春の訪れが此処かしこに感じられていた。
一月もはや下旬、小太郎は目まぐるしく沸き起こる綾部市内の正月祭りのオンパレードで、事務所でも腰の落ちつく間もなかった。
その合間にも町の話題が次々に小太郎の耳にも飛び込んで来る。
小太郎は、消防団の出初式にも顔を出している。
一月の第二日曜日、綾部市消防出初式は、朝九時半から市内並松町の市民センター二階での川崎源也市長の挨拶から始まった。
「日頃から市民を守る皆さまに深く感謝します。郷土を愛し地元市民を守る博愛精神のもと、消防職員および消防団員の士気と技能向上と団結、市民の防火と防災に対する意識高揚を一層高めることを目的として、消防本部および各地区消防団員による新春恒例の綾部市消防出初式を行います」
武道で鍛えた川崎市長のピシッと決まった制服姿は、規律を重んじる消防団長の威厳を周囲に感じさせるのに充分だった。式典には、京都府消防協会長、国会議員数人、綾部市議会議長、綾部市議会議員、陸上自衛隊第7普通科連隊長、京都府々会議員、綾部市商工会議所会頭、各連合自治会長、病院長等多くのご来賓が参列し、消防職員犠牲者への黙祷、祝辞、表彰式などが続いた。
市民センターでの式典の後、会場を由良川左岸河川敷の市民グラウンドに移して各消防団参加の元、大がかりな儀式放水が行われた。この年の参加者は、消防署職員、各地分団員九百名余、車両四十二台の参加による大がかりな行事になっていた。赤い消防車がずらりと並び、そこから引き出されたホースを抱えた消防団員がいっせいに走り出し、川から抜いた水がホースを膨らませて豪快な放物線を描いて勢いよくいっせいに放水される風景は、赤、青、黄の三原色放水のハプニングを含めて躍動感に溢れ華やかで感動的で、大勢の観客の大きな拍手を呼んでいた。
その後のパレードも整然として見事だった。火の用心の横断幕を手にした少年消防団に続いて、消防職員、消防団員が隊旗を先頭に整然と-西町アイタウンに向って進み、綾部市太鼓連合会子供会の太鼓演奏、綾部市立綾部中学校吹奏部のマーチなどに迎えられてITビル前に集結し、無事に式典は終わった。
それにしても綾部市ほど市長が働く地方行政も珍しい。とにかく小まめによく動き市内の隅々まで目が届いている。
小太郎もまた連日のイベント取材で忙しかった。
なにしろ毎日の連日連夜、綾部市内のあちこちで大小の新年イベント何とか祭りが行われていて、取材が間に合わない。
由良川凧揚げ大会に続いて、休む間もなく綾部八幡宮の左義長祭(さぎちょうまつり)またの名を「どんど焼き」といって各地に伝わる願い事ダルマの謝恩焼きの風習による感謝祭で、ご神火で餅を焼いたと聞くが、ここでは餅は焼かず、ダルマだけが焼かれていた。
次いで、厄除け祭、厄神祭とも厄善大祭ともいわれる下市厄除け諏訪神社、広瀬八幡宮、おなじみ宮代町の八幡宮、これら厄除けの神様だけ、三社を巡る綾部厄除け祭り・・・これもよかった。小太郎はこの祭りに参加したお蔭で今年一年は貧乏神とも縁が切れるに違いない。
商売繁盛の神様として、商工会議所が京都の伏見稲荷大社から分霊を授かって建立した「綾部商工稲荷」の初午大祭も、商売繁盛や景気回復を願う地元企業や商店街に加えて市民や観光客で大賑わいで、にわか巫女や婦人会の奉仕によるお神酒やぜんざいの接待も大人気だった。
ここまでは何とか無事に済ませた。ここからが未知の世界なのだ。
小太郎が近日中に参加するイベントに、綾部西国観音霊場会の主催での「あやべ西国観音霊場巡り」がある。
仕事調節(サボリではない)喫茶店で西山隆夫から聞いた話だと、三十九ケ所の寺を三班に分けて、一班それぞれ十三ケ寺を一日で回って、拝殿では、与えられた般若心経コピーを3回詠み、ご朱印帳などに寺印を捺してもらうのだという。
「四国八十八ケ所巡りよりは楽ですね?」
「綾部市内だけだからな。一コースは綾部、山家、中筋方面。二コースは豊里、物、志賀郷方面、三コースは八田、上林方面だ」
「もちろん菅笠に白装束、わらじ履きに金剛杖、レンタルはあるのかな?」
「いや。普段着でいいんだ。雨だってハイヒールの女性も参加してるぞ」
「そんなんで歩けますか?」
「歩けん。だから移動はマイクロバスだ」
「そんなんでご利益があるの?」
「あるから参加するんだ」
「西山部長も?」
「昨年も参加したぞ。見ろ! 幸せそうだろ?」
改めて小太郎は西山を見たが、すでにご利益は期限切れなのか、茫洋とした西山隆夫の表情からは幸せ度など読み取れない。
その西山が言った。
「同じ一月下旬にはな、高野山真言宗・弘法大師空海を祀るカラス寺の祭りも全国的に有名だぞ」
「カラス寺? カラスがいっぱい集まる寺ですね?」
「そうじゃない。綾部市館町の古刹・塩岳山(えんがくさん)楞厳寺(りょうごんじ)は関西花の寺二十五か所の第ニ番札所なんだ」
「巡礼寺ってこと?」
「天平四年(七三二)に林聖上人が開いた観音霊場の寺でな。戦火などで燃えたりして何度か改築を経たが、明治生まれの日本画家・長井一禾(いっか)が描いた四季夫々のカラスの襖絵が有名になって、丹波のカラス寺と呼ばれて各地から観光客が来るようになったんだ」
「カラスの絵を見に?」
「そうだ。何しろ国の重要文化財だからな。東京から新幹線経由で来る人も多いようだぞ」
「もの好きな人もいるもんだね。カラスなんか北千住のゴミ捨て場に行けば、いくらでも見られるのに」
「そんな貧乏カラスといっしょにするな! 本堂内天井の秋田杉九十六面様々の花の絵も有名だが、四季夫々のカラスの襖絵を鑑賞するには予約しなければならんのだぞ」
「まさか?」
「春はな。つがいの親ガラスが巣に餌を運んで三羽の雛を育てている姿が描かれていて微笑ましいぞ」
「なるほど・・・」
「夏は老いた高野杉の枝に休むカラス、秋は湖畔で飛翔を準備中のカラス、冬は、成長して巣立ちした三羽のカラスが親カラスに恩返しする姿を描いているんだ」
「カラスの恩返し?」
「そうだ。そのカラスの絵もだが、この寺にはまだ観るべきものがある」
「何です?」
「綾部の古木名木百選に選ばれた樹齢約四百年のツバキ、約五百年の表参道入り口の菩提樹、石段を登りつめた本堂脇の樹齢約四百年のサルスベリ、いずれも他に類を見ない名木ばかりじゃ」
「でも、百選だからあと九十七本もあるじゃないですか?」
「後は知らん。ともかく弘法さまのお祭りは、この初弘法に續いて春の大師講、夏の施餓鬼会、秋の大師講。暮れの終い弘法と続くのだ」
「面白そうですね?」
「気が向いたら行ってみろ。国道二十七号線を味方交差点から東に丹波大橋を渡って府道八号・福知山綾部線を直進すると鳥ヶ坪交差点がある。そこを右折して府道九号線に入るとな、すぐ栗町交差点だ。そこを右折して直進し、豊里郵便局の手前の細い道を左折して北へ進むと古い寺がある。それが楞厳寺(りょうごんじ)だ。分かったか?」
「分かりません。ナビ任せにしますよ」
「勝手にしろ!」
西山とはここで別れた。
この西山の話にも触発されて楞厳寺に興味を深めた小太郎は、商工会議所応接室での朝会で中上専務理事にお伺いを立ててみた。
「丹波のカラス寺祭りに行ってみたいんですが・・・」
いつものように朝のコーヒータイムは、加納美紀、神山紗栄子両課長同席だから言葉には気をつけねばならない。専務理事が頷いた。
「楞厳寺(りょうごんじ)に参詣とはいい心がけだ。ものにはついでというものがある」
「いえ。ついでは結構です」
「遠慮するな。一月の第四日曜日は、田野町の愛宕山火祭り、坂本神社の火鎖祭、綾部天満宮の初天神・・・それに、大橋君にピッタリの祭りが続くぞ」
すかさず、加納、神山両課長が同時に口を挟んだ。
「あれですね?」
「向田町(むこたちょう)の?」
中上専務理事が慌てて手を挙げた。
「皆まで言うな。ま、これは後の楽しみだからな。ひとまず楞厳寺に行って来い」
それから延々と取材対象の祭りや行事が提示されたが、小太郎はあまり覚えていない。