5、幻の警視総監賞

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5、幻の警視総監賞

「今回の人命救助の件は、現在、まだ内偵中だが、子供まで使った保険金詐欺です」
「子供? 西山さんが救けたあの可愛らしい子供までが?」
小太郎が目を丸くして驚いている。
「子供の命も何とも思わない凶悪で悪辣な新手の詐欺集団が、いま、捜査線上に浮かんでいるんです」
「新手の詐欺ですか?」
「狡猾で惨忍、こいつらは絶対に許すわけにはいかんのです」
一息おいて荒巻刑事が告げた。
「しかも、彼らは、大橋、西山さん、お二人の命を狙って刺客を放ったのです」
「シカクって?」
小太郎が不審な顔をすると、少し青ざめた顔の西山部長が落ち着いた口調で言った。
「ヒットマンだよ。荒巻刑事、わしら二人を消しに殺し屋が綾部に来るってことですな?」
「確かな情報では、今日明日中にはこの地に入り込むはずです」
「相手は一人ですか? 来るのは電車ですか?」
「多分、複数が別行動で来るから外見では見破れんでしょうな」
中上専務理事が、二人を安心させるように普段通りの口調で口を挟んだ。
「警察が守ってくれるさ。安心して今まで通り、仕事をしてればいいのさ」
そこで、小太郎が疑問を呈した。
「ところで、なんでおれを殺さなきゃならんのです?」
荒巻刑事が苦い顔で声をひそめた。
「いいですか? ここだけの話です、絶対に秘密は守ってくださいよ」
この手の言い廻しは昔から、短時間に世間に噂を広めたい場合に使う手法と決まっている。
「子供の命も何とも思わない凶悪で悪辣な新手の詐欺集団が、いま、捜査線上に浮かんでいるんです」
「新手の詐欺ですか?」
「狡猾で惨忍、こいつらは絶対に許すわけにはいかんのです」
中上専務理事が口を挟んだ。
「その人命救助って、冗談じゃなかたんですか?」
「このお二人が、幼児と身障者を救助したのは確かです」
西山隆夫がおずおずと用心深く荒巻刑事に聞いた。
「それが事件に?」
「それでは西山さんに聞くが、なぜ、すぐ警察に届けなかった? なにか事情でもあったのかね?」
「事情なんかありませんよ。届け出は駅員の仕事でしょうが?」
「一般人の通報で駆け付けた時は、救った人も救われた人も誰ひとり居なかった。不自然だと思わんかね?」
「駅員が来る前に、飲みに行く話がまとまったからですよ」
「目撃者の証言で当事者の人相や事件のあらましは判明したが、分からんのはこれからだ」
「何が?」
「何がって、普通ならまず救われた側が名乗り出て、新聞に感謝の気持ちを載せ、テレビで感動の涙のご対面だろ?」
「三歳のガキと涙のご対面なんて、まっぴらご免ですよ」
「その母親は美人だったそうだな? しかも未亡人だったら?」
「うーん、その場合は考え直してもいいかな」
長谷川刑事が西山部長をたしなめた。
「隆夫、おまえ、かーちゃんが怖くないのか?」
「いかん。今のは取り消しだ」
呆れた小太郎が口をはさむ。
「おれはワイドショーはお断りだな。第一、相手は視覚障害者だからおれの顔を知らんですよ」
小太郎と西山の顔を交互に見ながら荒巻刑事が続けた。
「北千住駅長から人命救助の届けが出て、千住署が署長賞、警視庁からは警視総監賞を二人に出すことが決まった」
「本当ですか!」
「ところが、救出した側もされた側もどこの誰か分からず表彰も出来ない。逆に事件として扱われることになったんだ」
「事件ですか?」
「そうだ! こんなトップ記事になる美談なのに当時者が一人も名乗り出ないのは、何か裏があるに決まってる」
「とんでもない濡れ衣ですよ」
「悪人二人組が偶然人助けをして、顔を見られたため、相手を殺してどこかに埋め、高跳びする可能性も考えられる」
「北千住から綾部に高跳びしたってことですか?」
「ひとまず綾部に身を隠して、それから海外に逃亡する手があるだろ?」
「脅さないで下さいよ。気が小さいんだから」
「ま、可能性を言ったまでだ。二人に会って考えは変わった」
「どう変わったんですか?」
「二人には、頭を使う仕事は無理だと気付いたのだ」
「なるほど」
西山が小太郎の頭をど突いた。
「感心する奴があるか! バカにされてるんだぞ」
「ここからは加賀刑事が説明します」
加賀刑事が声を下げた。これで、またイヤな話題になるのは避けられない。
「実は、千住署に妙なタレコミがあったんです」
「なんです?」
千住と聞けば小太郎がすぐ反応するのは仕方がない。
「飲み屋のオヤジが言うには、二人が飲んでいる時に入って来た客が、さり気なく携帯で写真を撮ったそうだ」
「それが何か?」
「店内のデザインやメニュー短冊の撮影なら営業妨害だが、店に関係ない写真だからと注意しなかったそうだ」
「いかがわしい写真ですか?」
「キャバクラじゃあるまいし・・・あんた達の写真だよ」
「バカバカしい。おれと西川部長の写真なんて一文にもなりませんよ」
「しかも、大橋さんが店を出ると{釣りはいい}と過分に置いて、店主に黒い手帳をチラと見せ、{あの若者の名は?}と横柄に聞くから、てっきり警察だと思って、大橋さんの名を言ってしまったそうだ」
「誰ですか? そいつは」
「一味にきまってますよ。そいつは常磐線のホームから大橋さんの帰宅まで跡を追けたと思われます」
「何のために?」
「女の顔も見られてるし警察への通報を恐れて、二人を消すつもりだろうな」
「そういえば・・・」
綾部市出身の長谷川刑事が思い出したように西山部長を見た。